February 7, 2019

第24回 イラン・東ギーラーン編「家を“置く”」(後編)

東ギーラーンの村、Kachalamでは、ある男性が初対面にもかかわらず車で村を案内してくれた。途中、ひときわ古さの目立つ一軒の家を発見した。「ここを見たい」と言うと車を停め、ありがたいことに住人の老夫婦を連れて来てくれた。建物の一階に夫婦二人で住んでいるという。片方の屋根がなくなり半壊状態にあるこの家は、今回見た中では最も古いものであったと思う。彼らとの意思疎通があまりできない中で得た情報を信じるなら、築140年とのことである。

  • Kachalam村で最も古そうな家

案内人の男性が老夫婦に私を紹介してくれたおかげで(「ジャーポン」(日本)から来た青年で家を見たいそうだ、とでも言ってくれたのだろう)、室内も少し覗かせてもらうことができた。イランは中国と異なり漢字が使えず、インドのように英語ができる人も少ない。ましてイスラム教の国を訪れるのは私にとってはじめてで、そう簡単に家の中に入れてくれとも言いづらかったから、こうして村を案内してもらえたのは非常に幸運であった。

室内は薄暗かった。のぞいてみると、小さな窓から入るわずかな光に照らされ、壁に窓のような「くぼみ」が丁寧に彫り込まれているのが見えた。くぼみはそれぞれ4、50cm四方で白い壁に塗り込められ、3面の壁に8つずつ合計で24箇所並んでいた。

  • 暗い室内に並ぶ壁のくぼみ

このようなくぼみは外壁にも随所にあり、実は前回の博物館に移築された家でも多く見られた。木材を井桁状に組んで泥を塗った壁に窓をあけるのは簡単なことではない。その代わりとは言えないだろうが、壁の一部を凹ませて窓のようなくぼみをたくさんつくっているのだ。機能としては写真を飾ったり、小物を置いたりできる棚として使われていたようである。くぼみの下の、これまた窓のような縁取られた模様と合わせて、この地方の民俗となにか関係があるものなのかもしれない。イスラム教のモスクに設けられる「ミフラーブ」というくぼみを想起させないでもないが、詳しいことはわからずじまいであった。

  • 外壁に彫り込まれた装飾的なくぼみ(Kachalam村)

前回、博物館の学芸員が言っていたように、この地域の伝統的な家はコンクリート造り(正確にはほとんどがレンガにモルタルを塗っている)に取って代わられつつある。かといってまったく新しいタイプの家が突然建つわけではなく、伝統的な家からゆっくりと推移していっているようだ。集落を歩いている中にも、その「変化過程」ともいえそうな奇妙な家々に多く出くわした。

  • 基礎がレンガの柱に変化した家

例えば東ギーラーンの高床住居を特徴づけるキャンプファイヤーのような基礎の多くは、ここではレンガの柱に取って代わられていた。上部構造は柱の上に置かれているようにも見える。しかし基礎が地面に固定されているぶん、この独特の構造の元々の目的のひとつであった地震に対する強さは低減しているだろう。地面を盛り上げてつくられていた基壇の姿もすでになく、床下空間は倉庫や犬小屋として使われていた。

  • 地階をもった家

同時に、木材を交互に載せる構造に比べ、レンガの柱を基礎にすることで地面から床への高さを容易にかせぐことができるため、現在は地階にも部屋を持つ家が多く見られた。家畜用として使われているものもあれば、居住空間とみられるものもあった。基礎部分に高さをもたせているのは地域で頻発する洪水対策が理由のひとつだったが、現在では川の整備が進んで洪水の被害そのものが少なくなってきているのだろう。

結果的にレンガとコンクリートでつくられた家は、伝統的な家に比べてより大きく、たくさんの窓が設えられるようになった。木材を井桁に組んで泥を塗っていた頃よりも明らかに窓がつくりやすくなったのだ。こうして生活しやすく便利になった明るい室内には、暗がりの中に浮かんでいたあのくぼみの姿はもうなかった。

  • 明るさを手に入れた室内

 

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。