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連載 葉祥栄 光をめぐる旅

「Light is Light and Light(光は、明るく、軽い)」

マルティン・デ・フレッター

04 Apr 2024

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Architecture
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Japan

2013年に催されたカナダ建築センター(CCA)での「Archaeology of the Digital」展は、その後葉祥栄のデジタルデザインの先進性が再評価されるきっかけのひとつとなった。その展覧会に関わったCCAコレクション部門アソシエート・ディレクターのマルティン・デ・フレッター氏がCCA所蔵の資料を紐解き、葉祥栄との対話を振り返る。

 

葉祥栄の作品を見たときにまず目にとまるのは、必ずしも窓や光ではない。《内住コミュニティセンター》(1994)は一見すると窓が全くない。この建物を訪れる者は皆、第一に、地面に投げかけられたハンカチのように見える屋根の形に興味をそそられるだろう。この屋根はコンクリート造で、窓はその下に隠れている(そして、屋根は日陰をつくりだす)。ここでは、屋根が建物を定義しているのだ。《グラスステーション》(1993)は、葉の作品にきわめて典型的な、彼独特の曲面屋根構造によって覆われており、周囲に対して完全に開かれている。《小国ドーム》(1988)もまた、屋根によって他のいかなる建築とも峻別される。《木下クリニック》(1979)は、窓と光という観点から見ても、非常に興味深い建築である。しかし、何よりもまず目を引くのは、独特な「宇宙的」な形だ。《小国町交通センター》(1986)のファサードは全面ガラス張りであり、究極的な窓の集合体である。これらすべてのデザインにおいて、葉祥栄はラディカルな設計上の判断を行っている。

葉祥栄は、第1回目の「Archaeology of the Digital(デジタルの考古学)」展(2013)のためにカナダ建築センター(CCA)を訪れ、その際に屋根への関心と効率的かつ経済的な設計哲学を強調した。そのため、彼のデザイン手法の前衛性に関する私の考えにはいくぶんバイアスがかかっている。CCAが葉の作品に興味を抱いたのは、彼がきわめて早い段階でデジタルテクノロジーを設計に取り入れたことに端を発している(ただし、葉本人はコンピューターを使ったことがないと主張している)。
図録『Archaeology of the Digital』の序文において、グレッグ・リンは次のように述べている。

葉は、デジタル解析ツールによって視覚化される自然の力と物理的な力に形を与えようと奮闘した。2つの体育館のプロジェクトでは、積雪荷重、風荷重、構造スパン、自然光といった物理現象を利用し、自然の力や形を呼び起こす構造フレームのパターンを生みだした。自然界に見られるような、最適化された複雑なパターンを表現したいという野心を抱き、デジタルテクノロジーに目を向けたのである。彼の建築的なレパートリーも構造とその表現に基づいている。マッスとヴォリュームに依拠した[フランク・]ゲーリーや[ピーター・]アイゼンマンとは異なっているのだ。

岩元真明氏が本連載の序文で述べているように、葉は現代的な木構造の先駆者でもあった。1980年代に小国町で木造立体トラス構造に取り組み、そこで得た学びを活かして、パラメトリックと言えるような方法を通じて《ギャラクシー富山》(1992)と《小田原市総合体育館プロポーザル案(以下、小田原案)》の複雑な形の屋根をデザインした。葉は、CCAが行ったインタビューにおいて、以下のように2つの建築の説明を行っている。

小田原とギャラクシー富山で私が設計した大スパン屋根では、重い積雪が最もクリティカルな荷重でした。そこで私はトラスの成を変化させ、慎重に記録しました。太陽工業の技術者にお願いして──彼は何度も検討を繰り返してくれました──、十分な排水勾配を得るまでトラス成と支柱の位置を調整しました。

木材を利用するなかで生まれた彼の発見は、デジタルテクノロジーによって促進されたのである。

19 世紀から20 世紀にかけて、生産性を向上させ価格を下げるために、物を同一に──T型フォードのように──作る必要がありました。当時は大量生産の方が経済的だったのです。しかし、コンピューターが登場し、モデリングを通じてあらゆる種類の形状と長さ、角度で木材を扱うことができるようになりました。それでも生産コストは同じか、安くなるのです。場合によっては消費するエネルギーもCO2 排出量も削減することができます。

  • 《小国町交通センター》,構造解析図,出力紙の上にペンで書き込み,30 × 22 cm(葉祥栄アーカイブ所蔵)

CCAが保管するプロジェクト資料をもう少し詳しく見てみよう。葉祥栄は2012年に7件のプロジェクトの資料をCCAに寄贈した。そのうちの《ギャラクシー富山》とアンビルトの《小田原案》の資料は、「Archaeology of the Digital」展(2013)で展示された。

富山県射水市の体育館《ギャラクシー富山》の資料群は最も膨大であり、他の2つのプロジェクト《小田原案》および《太閤山ランド展望塔》(1992)と関係している。《ギャラクシー富山》に関する資料群は、屋根の設計に関するCADファイル、屋根のコンピューターシミュレーション結果を印刷した記録紙、設計図面、プレゼンテーション資料、建築および構造の施工図、模型、記録文書から構成される。これらの資料が示すデザインには《太閤山ランド展望塔》へのヒントを見出すことができる。《小田原案》と《ギャラクシー富山》は、ほぼ同時期に計画され、どちらのプロジェクトでもスペースフレームの屋根構造部材の寸法を算定するためにデジタルテクノロジーが活用された。双方ともに、屋根こそが実質的に建物である。《小田原案》は3階建ての複合的な運動施設であり、様々な空間利用と外部条件、外力に適応する屋根が必要とされた。このような適応性を実現するためにコンピューターシミュレーションが用いられ、三次元トラスのグリッド内における各部材の適切な寸法が決定された。《小田原案》を記録する資料群には図面、屋根のコンピューターシミュレーション結果を印刷した記録紙、提案書、現場の写真が含まれている。

  • 《ギャラクシー富山》,内観透視図,出力紙,30 × 22 cm.ARCH402201(CCA所蔵)

《ギャラクシー富山》と《太閤山ランド展望塔》はいずれも「第1回ジャパンエキスポ富山 ’92」の施設として設計された。各々のプロジェクトファイルには他方と関連する資料が含まれているが、こうしたデザインの互換性はデジタル時代においてますます一般的になってきた。設計プロセスのあらゆる段階を効率的かつ経済的にすることを望んだ葉は、デジタルテクノロジーのこのような点に魅了されたに違いない。1つのプロジェクトの資料の多くが、別のプロジェクトに関連していたり、コピーされていたりするため、CCAでは葉祥栄に関するアーカイブを 7 つの個別のプロジェクトの集合として定義するのではなく、期間(ピリオド)として定義する検討を行った。

他の実現したプロジェクト、《太閤山ランド展望塔》《グラスステーション》《内住コミュニティセンター》《筑穂町高齢者生活福祉センター+内野児童館 》(1995)の資料群は、図面と模型、写真資料から構成される。

  • 《内住コミュニティセンター》,ワイヤーフレームの透視図,出力紙,インクによる押印と鉛筆の書き込み有り,21 × 30 cm. ARCH402290(CCA所蔵)

《グラスステーション》は1990年から設計され、1993年に竣工したガソリンスタンドである。事務所、給油ポンプ、店舗および作業スペースが、曲面状に波打つキャノピーによって覆われている。非対称的なコンクリート造のアーチにプレテンション鋼棒の格子を架け渡し、そこにアルミチャンネルを取り付け、ガラスパネルをはめ込むことによって屋根は構成される。ガラスパネルにはステンレスのパンチングメタルとポリエステルフィルムが接着され、構造用シリコーンによってアルミのフレームに固定される。このプロジェクトでも、屋根こそが建物である。1993年に設計され1994年に完成した《内住コミュニティセンター》は、《グラスステーション》とは異なる方法で──しかし同じくらい大胆に──建てられた。このプロジェクトの資料群には配置図、敷地写真、実施設計図、模型、3Dモデルのビューを記録した写真、竣工写真が含まれている。一連の葉祥栄資料の最後のプロジェクトファイルは、台湾・台中における《台湾タワー国際コンペ案》(2010)に関するものであり、数枚のプレゼンテーション資料のみから成る。

  • 《グラスステーション》,立面とディテール,出力紙の上に鉛筆と色鉛筆の書き込み,42 × 60 cm. ARCH402254(CCA所蔵)

CCAが所蔵する葉祥栄の図面には、手描き図面と、デジタル設計ソフトを使用して作成されたイメージの出力紙やコピーが入り交じっている。デジタルデータに関していえば、先述した《ギャラクシー富山》の屋根設計に関するCADファイルに加え、《小田原案》と《ギャラクシー富山》に関連した.jpg形式の静止画がある。この.jpg 形式のデータのいくつかは同シリーズ内の紙文書の複製である。

窓と開口部、光に関していえば、全面ガラス張りのファサードを持つ《小国町交通センター》が最も大胆であるように思われる。しかし、木造トラスが生みだす重厚感のある空間と、暗色のガラスによる量塊的な造形からは、軽い構造体という印象は受けない。インテリアに表れる木構造は《ギャラクシー富山》における鉄骨材を用いたパラメトリック・デザインを予告しているようにも見える。この対極にあるのが《内住コミュニティセンター》であり、窓は全くない。そして、これらの中間のどこかに《木下クリニック》が位置づけられる。その窓と開口部はファサードの要素としてきわめて明快にデザインされているが、建物の丸みを強調するために設けられたと言うこともできるかもしれない。

葉は述べている。

小国のような、巨大な体育館にも自然光が欲しいとずっと思っていました。昼間には光は必要ありません。日中に人工光は必要ないのです。私たちはいつも、パンテオンのように陽光を利用します。
(……)
私は「Light is Light and Light(光は、明るく、軽い)」というエッセイを書きました。光には重さがありません。明るさだけが存在するのです。

葉の作品は、「明るい(light)」、「軽い(light)」という2つの意味で「ライト(light)」であり、両者は効率的かつ経済的な建築を実現したいという彼の願望とも合致している。事実、同時代の建築家たちの作品と比べると、葉の作品には特有の「ライトネス(lightness)」があり、これは福岡の《天神南駅》(2005)といった後年の作品に至るまで一貫して見受けられる性質である。私が葉氏と行った対話からは、ライトネスに対する関心が、いかなる思想にも、スタイルにも起因しないことは明白だった。むしろ、彼は手段の経済化を追求することに突き動かされていた。「効率性(efficiency)」と「適正感(affordability)」という言葉を彼は何度も口にしたが、これらについても独自の定義を持っていた。この2つの概念は持続可能性とエコロジカルデザインをめぐる今日の議論と大いに関係している。そして、そこから、私がこれまで日本で見た中でも最も過激で面白い建築が生みだされたのである。

マルティン・デ・フレッター

カナダ建築センター(CCA)のコレクション部門アソシエート・ディレクター。収集方針の立案およびコレクションの記述・閲覧・管理を担当。アムステルダムで建築史を学んだ後、オランダ建築協会(NAi)のチーフ・キュレーター、SUN Architectureの発行人を務め、2012 年より現職。以来、コレクションの記述が歴史的資料とその文脈に与える影響について焦点を当てながら活動を行っている。
現職就任直後からCCAの新しいアーカイブ分野である「ボーンデジタル・アーカイブ」の構築に尽力。古いファイル形式で作成されたボーンデジタル資料(生まれながらのデジタル資料)を取得・保存・閲覧する方針をチームとともに策定した。その成果をまとめた論文に「Don’t be afraid of the Digital」(2018)がある。また、2014 年以降、アルヴァロ・シザおよびセラルヴェス財団、カルースト・グルベンキアン財団と協力し、アルヴァロ・シザ・アーカイブの共同管理モデルの構築にも取り組んでいる。

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