
フランク・ロイド・ライト《旧山邑家住宅》の窓:
流れる空間の交響楽
16 Jul 2026
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近代建築の三大巨匠に数えられるフランク・ロイド・ライトとその日本人の弟子たちが設計した《旧山邑家住宅》(現・ヨドコウ迎賓館)。長年に渡ってライトの研究を実践してきた水上優氏が、実施設計を担った南信の「水のように流れる空間」をキーワードにこの住宅を解き明かし、窓の効果を考える。
芦屋川の流れを遡り、開森橋を渡るあたりで旧山邑家住宅(現ヨドコウ迎賓館)の外観を見上げる。ライト坂と名付けられた坂道を上り今は失われてしまった門の跡を過ぎると、尾根に沿って横たわる長大な建物の脇を通り、やがて車寄せに至る。
玄関から応接間へ ── Compression and Release
天井の低い車寄せの中央には、水盤を抱えた幾何学的構成の大谷石の造作が据えられている。その脇の玄関は間口120cmほど、扉幅は70cmほどしかない。延べ床面積500㎡を超える4階建ての大邸宅としては、驚くほど小さな入口である。内部のエントランスも狭く、天井も低い。階段踊り場に光を提供する窓に導かれながら2階に進めば、そこにある扉も幅約70cm。肩をすくめるようにして応接間へ入ることになる。最初に到達するこの部屋に至るまでに、天井高が低く、狭く、暗い空間を経験することで、相対的に応接間を明るく広く伸びやかな空間として感じさせる手法は、フランク・ロイド・ライトの常套手段であり、Compression and Release(圧縮と解放)として説明される。また、敷地入口の門を過ぎてから応接間に入るまでに実に6回の90度方向転換がある。めまぐるしい動線ののちに現れる応接間の落ち着きも、意図されたものである。
応接間の北側中央には、大谷石を組み合わせた左右対称の大きな暖炉がある。南側中央には緑青銅板飾りを施した対称の扉が配され、強い軸線が感じられる。初期の平面図では応接間のインテリアは完全な左右対称であったが、実施設計段階でその対称性が微妙に崩されている。ピクチャーウィンドウ前のソファの幅はよく見ると東西で変えられ、棚と一体化した開口部は東側だけになっている。竣工時の内観写真の家具レイアウトは対称的ではないから、具体的なインテリアの検討とともに設計変更されたのであろう。とはいえ初期平面の軸性が失われたわけではなく、巧妙にバランスが取られている。
和室から寝室へ ── 日本とライト
応接間前の階段ホールに戻り、3階へ向かう。T字形平面の階段は、進行方向の左右の選択を迫る。客動線は左で、右へ行くとプライベートエリアである。階段正面にある窓に促されて踊り場から右を見ると、数段上がって廊下が見通せる。この廊下は山邑邸で直線的に最も長い空間である。西側には腰壁のないフレンチウィンドウが並び、天井モールディングが軸性を強調する。向かい側の壁のモールディングは階段によって途切れていて、ほとんど気付かれないが手前と奥で少し高さが変えられており、パースペクティブ効果によって廊下の奥行きが強調されている。陽が西に傾くと、窓桟がつくる幾何学的な光と影が空間を劇的に彩る。
廊下に並列する3階の部屋は南側から客間、8・6・10畳の和室続き間であるが、初期の平面図には畳の表記はなく、広さは南から大・小・中の順であった。その後の平面図では客間に机と椅子が表記され、客間に続く8畳間の地袋天板の高さが10畳間のそれに比してかなり高くなっているから、南側の椅子座から10畳広間に向けて、視線の高さが低くなるよう導かれている。それにより10畳間はより広く、落ち着いた空間として感じられるであろう。
続き間の東側には腰壁のないフレンチウィンドウが並ぶ。南端には緑青銅板飾り2枚を組み入れた菱形窓が配され、リズミカルな窓列の始まりを告げている。菱形窓から外を覗くと正面に造り付けのプランターがあり、自然との繋がりに気付かされる。
続き間中央6畳間の西側は先述の廊下のフレンチウィンドウに正対し、ここからは東西の窓の違いがよくわかる。東側フレンチウィンドウは1枚に緑青銅板飾り1枚が組み込まれ、ガラス面が広く取られており、外側には露台(バルコニー)があるため、午前中ずっと光を内部に届けてくれる。一方西側フレンチウィンドウは1枚に緑青銅板飾り4枚が組み込まれ、枠のデザインは緻密である。その外側には敷地西側の崖から立ち上がる木々の梢が見えており、四季の彩りが絵のように展開している。
実現したライトの全住宅において、窓に金属部材を組み込む例はこの山邑邸が唯一であると考えられ、ライトの窓の変遷を考える上でも重要である。第1黄金時代のプレイリー・ハウスでは、建物固有にデザインされたアートガラス(ライト自身はlight screenと称していた)の窓を用いることが多かった。第2黄金時代のユーソニアン・ハウスの窓はプレーンガラスとなり、その上に固有の図像を打ち抜いた板を配する構成となる。山邑邸はこの2つの黄金時代の間にある。なぜ、どのようにして、この緑青銅板飾りが窓に組み込まれたのであろうか。
山邑邸固有のこの部材は、窓だけではなく、そこかしこに用いられている。扉、間仕切り、床の間、暖炉の一部、竣工時の写真を見れば屋内の衝立、外構門扉にも用いられている。このうち特に和室の欄間には違和感がない。欄間は、建具を閉めても光や風を通し、装飾性も担う日本建築特有の要素である。上部に並べられた換気通風用の小窓の列と相まって、山邑邸の和室の欄間もその機能や特徴を有している。しかしライトはそこにさらに深い意味を見ていたのではないか。プレイリー・ハウスでは、バートン邸(1903年)やチェニー邸(1903年)等の飛び長押や、ロビー邸(1909年)の暖炉上の空隙に見られるように、「天井を連続させつつその下の領域を半ば区別する空間構成」が追求されてきた。日本の欄間もまた同様な空間構成を可能にするものであることを、ライトは理解していただろう。各部分がそれぞれ独立しつつ同時に連続的であるそのあり方は、部分と全体の緊密な相関関係を志向する有機的建築の本質であると言ってよい。そしてそれはまた、日本建築の本質であると言ってよいだろう。ライトは欄間に、自身の有機的建築に通底する日本建築の本質的なあり方を見ていたのである。建築家・西澤文隆は日本建築の本質を「透けた空間」と捉えたが、日本建築にある「透け」の根底にあるものは、日本における自然観、すなわち人間と対峙する自然といった西洋的対立構図ではなく、自然を迎え入れ、自然に従い、自然と一体化しようとするパッシブな自然観である。欄間を構成する緑青銅板飾りが窓に組み込まれるとき、この「透ける」という質も窓に入り込む。アートガラスの窓から「透ける」窓への変容が、ここで起こっているように思われる。ライトと日本文化の出会いが、新たなデザインを生み出したのである。
続き間は北端の10畳間で終わるが、その建具の上部にはぽっかりと空けられた欄間がある。その奥は家族の寝室が続く。廊下から歩みを進めれば、続き間の奥で進路はジグザグに3段の階段を3度上りながら続き、特異な意匠の天井を潜り、最後は60度の角度で屈折して終わる。ライト建築で空間軸の60度屈折が現れたのは山邑邸が最初であり、第1黄金時代には90度と45度屈折しかなかった。屈折の理由は、敷地である尾根の形状に沿ったためである。ここにも、自然に逆らわず受け入れる姿勢が新たなデザインとして表れている。
食堂から露台へ ── 風景
4階への階段は、それまでと異なり踊り場が目線より上にある。これまで「前へ導かれる」感覚だった動線が、ここで初めて「上へ上がる」体験へと変わる。そして最上階4階は、四角錐状に迫り上がった天井を持つ食堂である。ライトの住宅で食堂が居間の上階にある例は山邑邸のみだ。帝国ホテル・ライト館の構成、すなわち最上階に大饗宴場、孔雀の間が配された構成が想起される。
しかし、食堂がクライマックスではない。四角錐状の天井や暖炉は強い中心性を生み出しているが、暖炉に正対する南側の3つのフレンチウィンドウは中心軸から外れている。そこから露台(バルコニー)へ出ると、六甲山系の尾根と山邑邸の構成が呼応しているように感じられる。露台は2段構成で、南の海へ向かって下っていく。山と海のあいだに建つこの邸宅が、風景全体の中に位置づけられていることが実感される。私が今どこにいるのかが、わかる。
再び食堂からこれまでのルートを逆に辿っていくと、まさに流れる水のように、空間が繋がりながら、同時にそれぞれの場所はそれぞれに独自性を持って響き合う。緑青銅板飾り、窓、モールディング、階段、天井──それらは交響曲のように統合されている。
ライトの帰国後に実施設計を担った南信は、老子の「上善如水」を引用し、この建築を水のように流れる空間だと表現した。応接間の暖炉上部のニッチやその直下の玄関の水盤には、流れ下る水を想起させるデザインを見ることができる。近年の発掘で東側敷地に滝と池があったことも判明した。ライト坂を下り、開森橋を渡り、山邑邸の横を流れる芦屋川が海へと流れてゆくのに想いを馳せるとき、その流れに、この山邑邸での体験が重なるように思われる。
本記事は、窓研究所2022年度研究助成に関連していますが、研究成果とは内容・主旨が異なります。
⽔上優/Yutaka Mizukami
九州大学工学部建築学科卒業。京都大学博士(工学)。福山大学工学部建築学科教授を経て現在、兵庫県立大学環境人間学部教授。専門は建築論、建築史、建築設計。とりわけ近代建築三大巨匠の1人フランク・ロイド・ライトにおける思索と制作の関係を研究している。
日本建築学会近畿支部建築論部会副主査。DOCOMOMO Japan理事。
著書に『フランク・ロイド・ライト──世界を結ぶ建築』(鹿島出版会、2023)、『フランク・ロイド・ライトの建築思想』(中央公論美術出版、2013)、『花美術館Vol.59フランク・ロイド・ライト』(蒼海出版、2018)、『建築制作論の研究』(中央公論美術出版、2016)、『建築論事典』(彰国社、2008)など。翻訳書に『建築ガイドブックフランク・ロイド・ライト』(丸善、2008)など。










