
13 May 2025
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パウロ・メンデス・ダ・ホッシャ(1928–2021)は、1970年の大阪万博ブラジル館を手掛け、2006年にプリツカー賞を受賞したブラジルの著名な建築家である。ホッシャの設計した《ガーバー邸》(1973)は豊かな自然に囲まれた敷地に建つ非常にシンプルな構成の住宅である。第3回では、《ガーバー邸》の屋根の平面形状が正方形であることを手掛かりに、異なるあらわれを持つ4面の開口部の組み立てられ方とその「遊び」を写真と図面から読み解く。
0. あまりにもシンプルであること
2024年の9月、わたしたちトロピカーリア建築研究会のメンバーはリオデジャネイロから車で3時間ほどかけて、アングラ・ドス・レイスにある、パウロ ・ メンデス ・ ダ ・ ホッシャ(Paulo Mendes da Rocha、1928–2021)が設計した《ガーバー邸(Casa Ignácio Gerber、Angra dos Reis)》(1973)に滞在した。
《ガーバー邸》は竣工後50年ほど経っており、もともとは基礎エンジニアのイグナシオ・ガーバーのための住宅であった。林のなかの小道をとおり、階段を下ると、自ずとコンクリートの屋根の下に到達していることになる。
このあまりにも豊かな自然に囲まれた場所で、あまりにもシンプルな操作で建築されているこの空間を簡潔に記述しておきたいと思った。というのも、この「あまりにもシンプルであること」は、わたしたちが注目しているブラジルモダニズム建築の特徴のひとつと言ってもよさそうだし、このシンプルさは「建築」とは何か、「住宅」とは何か、「窓」とは何かというように、当たり前に思われる要素や事柄に再度疑問符を投げかけてくるような力を持っているからである。この力を共有するための手立てとして、写真と図面とともに、その空間の組み立てられ方を叙述してみよう。
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<Y立面>左手に屋根に迫った岩肌、右手には屋根の端部から1.5mセットバックしたところにまとめられた収納のコアがみえる
1. 正方形の屋根
敷地は岬の先端であり、三方を海で囲まれているという条件を前にして、建築家は一辺16mの正方形の平面形状を持つフラット・ルーフを架けることを決めたようだ。
2. 4つの同じ大きさの立面
「1. 正方形の屋根」はまず周辺の自然環境から人工的な囲まれた空間を切り取る準備をする。自ずと屋根の下には4つの同じ大きさの立面があらわれるので、ここでは便宜的にX・Y・P・Qとそれぞれの立面を名付けておく。天井高が2.5mなので、室内からみると16m×2.5m×4面の矩形が、この建築の外周部として、柱を建てて屋根を支えたり、壁や窓をもうけてウチとソトを規定したりするポテンシャルを持っている。
建築家はここで正方形の屋根を支えることは一先ず置いておいて、この4つの立面に純粋な開口部を実現するためのバリエーションを与えていくことに注力しているように感じた。
3A. 純粋な開口部 ― 腰壁・垂れ壁・単板ガラスの組み合わせ
「2. 4つの同じ大きさの立面」は「壁」または「窓」として、インテリアとエクステリアを隔てたり繋げたりするインターフェース、すなわち開口部である。その開口部のあらわれかたは、周辺環境 ― 地形や風景 ― の微差のように、4面毎に微妙に異なっている。
XY方向の断面には、海に向かって下っていく地形の傾斜があらわれる。なのでフラットな床面を確保するために、Y側の立面には擁壁状の腰壁が屋根の端部にあらわれ、X側には人工地盤状のプラットフォームが屋根の向こうまでひろがっている。
またXY立面ともに、端部には45cmほどの垂れ壁があり、屋根の端部を強調している。Y立面においては85cmほどの腰壁と45cmの垂れ壁の間に、高さ1.2mほどの単板ガラスが嵌め込まれている一方、X立面においては単板ガラスの引戸が1.5mほど屋根の端部からセットバックして、床から天井までの高さで嵌め込まれている。
X. 単純さとミニマリズム
ところで筆者はかつて、建築とミニマリズムの関係の再考を試みたことがある。奇しくもホッシャと同い年であるドナルド・ジャッド(Donald Judd、1928–1994)の場合は、周辺環境に密接に関わるためのアプローチとして、消極的に、なるべく余計な意味が生じることを抑えながら空間や場所自体に介入していくこと、それから空間を明確化させるための手立てとして、床・壁・天井からなるべく余計なものを取り除きながら、各面の端部を丁寧に処理していることを紹介した。ホッシャの場合も、同じようなことが指摘できるだろう。すなわち、開口部が周辺環境を取り込みながら、巾木や廻り縁のように、床・壁・天井の境界を縁取っている。
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<X-Q交点>
3B. 開口部の変換 ― 「垂れ窓」
XY断面で展開された「3A. 純粋な開口部 ― 腰壁・垂れ壁・単板ガラスの組み合わせ」は、「壁」という形式のバリエーション ― 腰壁や垂れ壁 ― を展開させながら、壁以外の部分はガラスがおさまることで「窓」になるという建築の慣習的な操作を極限にまでシンプルに繰り返している。そしてPQ断面においてこの慣習的な操作が変奏されるところに設計の妙がある。
ここでは屋根の端部には垂れ壁の代わりに、屋根と並行に棚状の面がXY立面の垂れ壁と同じ高さに吊るされていて、この垂れ壁ならぬ「垂れ窓」の奥行きはX立面のガラス引戸のセットバックと同じ距離(1.5m)となっている。P立面においては屋根の端部から1.5mセットバックしたところに、床から天井までの高さでガラスが嵌め込まれている(X立面と同じ関係)一方、Q立面においては85cmほどの腰壁と垂れ窓の間に単板ガラスが嵌め込まれ(Y立面と同じ関係)、垂れ窓内のガラスは屋根の端部から75cmセットバックしたところに差し込まれている。
4. 屋根を支えるだけの柱
XY断面において、屋根と壁、それから地形や風景との対応関係はシンプルであった。一方のPQ断面においては垂れ壁という「隔てるもの」が90°回転し、棚状の奥行きがある「窓」へと変換されることで、今まで屋根だと思っていたもの、壁だと思っていたもの、床だと思っていたものが、本当にそうだったのかと、認識のなかで揺らぎ始める。
また上記のとおり、このあまりにも豊かな風景のなか、正方形の屋根を架け、外周部を純粋な開口部とすることは、その空間の組み立てられ方において、余計なものや意味を取り除こうとする意志を感じる。
ところで、これまで確認してきた4面の外皮には屋根を支えるための壁や柱は一切ない。この屋根を4本の柱で支えようと考えるところまでは自然なのだが、建築家はどうしたことかこの4本の柱を立面にあらわすことを避け、中央に束ねて配置してしまった。空間の中央に2m間隔で鎮座する、直径50cmの円柱4本で、7m分の屋根スラブをキャンチレバーで支えることにしたのだった。
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<柱間の空間>
この不思議な、しかし明快な判断によって、外皮は純粋な開口部として残り続けている。そして、正方形の屋根 ― 4面の開口部 ― フラットな床 ― 4本の柱はそれぞれ自律した要素となっている。
5. 残されたそれ以外のもの ― あそび
さて、この空間の組み立てられ方はあまりにもシンプルなものだが、この空間をなんとか住宅せしめるために、機能は後からやってきたようにも感じられる。Q立面側に配された大きな天板を持つテーブルはキッチンとダイニングを兼ねていて、P立面側には寝室(3部屋)・水回り(2部屋)といった個室群が配置されている。こうして諸機能をひとつ屋根の下に包含していった結果、この中央の4本の柱の間の空間は機能がないままなぜか取り残されてしまっていて、異様な存在感を放っている。
「垂れ窓」、そして「柱間の空間」といった、いわば未定義の空間 ― あそび ― は、この空間全体を異化し、慣習化された要素をずらし、揺らぎを与えることで、建築らしさ、住宅らしさ、窓らしさを消失させる。しかしこの「あそび」は決して無駄な空間ではなく、建築をシンプルに組み立てるために必要なものだった。そして対象を自律させたり純粋化させたりすることはモダニズムの範疇にあるが、シンプルであることやあそびをもうけることはブラジルらしさにも寄与していると、感じる。
こんなことを考えながら、再度よく空間を観察してみると、このような「あそび」はX立面上に露出している岩肌や、岬から張り出して構成された床スラブによって海との間に生み出された細長い地下空間としても確かにこの空間のなかに残されているのであった。
寺田慎平/Shimpei Terada
1990年 東京都生まれ。2015年 スイス連邦工科大学チューリッヒ校 留学。2016年 クリスト&ガンテンバイン インターンシップ。2018年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修了。2018-2023年ムトカ建築事務所 勤務。2018年からメニー・カンファレンスを共同主宰。建築とその周辺領域を横断するためのプラットフォームを目指してメディアプロジェクトを展開させながら、2023年に建築レーベルw/(100-1-1000)を杉崎広空と設立、建築にまつわる思索と実践に取り組んでいる。http://www.wlllines.net/
辻優史/Masafumi Tsuji
写真家。1993年神奈川県横浜市生まれ。ドイツ在住。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科を卒業後、映像の習作として始めた写真を主軸に、本や空間を使った実験的なプレゼンテーション、建築家やデザイナーとのコラボレーション、展覧会やポップアップスペースのデザインなど、作家としてさまざまな活動を行う。おもな出版物に『Language: The documentation of WOTA office project / mtka』(mtka、2023)、『Everything is Repeating』(杉崎広空、2023)、『SM (smoke)』(w/、2024)などがある。
https://www.masafumitsuji.jp/