October 15, 2018

第22回 インド・キッバル「かくれた穴」(後編)

高地の朝は寒かった。
しかし、宿の3階にあるテラスに出てみると驚くほどあたたかい。たしかに気温は低いのに、太陽の下は暑いぐらいである。むしろ、痛いほどの日差しが降り注ぐ。思えばチベット人は皆、鼻や頬の上が真っ黒に日焼けしている。彼らの顔は、高地に住む人間ゆえの太陽との近さを物語る。タルチョ(チベット仏教の五色の旗)がはためくテラスを見渡すと、キッバル村での様々な生活風景を覗くことができる。

  • 宿の3階テラス

まず、太陽光を利用した温水器がある。太陽光で温められた水をタンクに溜めておき、浴室で使う。けっこう熱く、ガス代もかからない。刺すような日差しを快適な温水に変えてしまうテクノロジーは、この村にはすでに浸透しているようだ。

また、屋根の上にはたくさんの草が載せられている。家畜の餌である干し草になるのだろう。牛や羊などの家畜の放牧が広くおこなわれているこの村では、テラスの縁に積まれた草は、どこの家でもみられる少し変わった風景である。これは人がテラスから落ちたり、雨が降った場合に土や泥が壁を伝って流れたりすることを防ぐ機能もあるのだろう。おまけに草の上に洗濯物を干すこともできる。強い日差しであっという間に乾いてしまう優れた物干し場だ。冬に備えて溜め込まれた干し草は溢れんばかりの状態で、その一部は建物に詰め込まれていた。

  • 詰め込まれた干し草

さらに、階下のリビングで使うストーブ(家畜の糞を乾かして燃やす)が屋根を突き抜けてにょきっと顔を出している。こう見てみると、太陽光をはじめとする「エネルギー」を集めたり、吐き出したりする空間として、このテラスが家の中でとても重要な存在であることが分かる。3階には室内空間もある。これは、仏壇や多くの仏像が置いてある、祈りのための部屋であった。

  • 仏壇のある部屋

中国のチベット地域で訪れた家々も、2階建ての場合はすべて上の階に仏壇のある一部屋を持っていた。同様に、この家でも仏壇は家の一番高い部分に設置されている。太陽に最も近いことを考えれば、宗教的な意味でも「エネルギー」が関係している、というのは考えすぎだろうか。

主人夫婦が不在だったため、気ままに時々熱いお茶を飲みながら、家の中をゆっくり観察することができた。主な生活空間である2階と、テラスのある3階の図面を描いていると、2階に奇妙な空白があることに気づいた。

  • 2階平面図(外階段から直接アクセスする)

2階平面図上の左下、階段やトイレのある部屋の横に、4m×1mくらいの広さの空間があるらしいことは、実測をして初めて分かった。外から確認してみても窓はないし、内側からも入れるつくりになっていない。しかし、たしかにそこに「穴」があるはずなのだ。

3階を確認してみると、どうやら草の詰め込まれた空間の先に、2階の「穴」と同じくらいのサイズの空間があるらしい。しかし、草がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、部屋の中を確認することはできなかった。

  • 3階平面図

その夜、帰って来た主人に「穴」のことを聞いた。いわく、そこには草が詰まっているらしい。それも、1階から3階まで。3階に詰め込まれていた草は、「穴」を通じて、家畜小屋のある1階にまで達しているのだという。

明朝、まだ実測していなかった1階を見てみることにした。寒い冬場の生活空間と家畜小屋として使われているらしい。2階から階段を降りていくと、壁は土がむき出しで、薄暗い倉庫のような雰囲気である。家畜たちは日中外に放牧されていて留守であった。家畜の部屋を覗いて、昨夜教えられたことをやっと理解することができた。

  • 3階から続く穴の出口

つまり、3階から詰め込まれた草は穴を通って1階まで落ちてきて、3層の高さまで蓄えられる。そしてその出口は扉で閉ざされており、この扉を開けば直接家畜に干し草を与えることができるのである。毎日干し草を運んでこなくて済む上、しっかり保管できる倉庫にもなっている。

  • 1階平面図(「ワラの倉庫」と書いてあるところが「かくれた穴」)

この集落にある建物の最上部では、太陽の巨大なエネルギーによって、温水を生みだしたり、洗濯物を乾かしたりしている。はたまた太陽から最も近いその場所には、宗教的に重要な意味をもつ部屋が置かれている。同じく太陽のエネルギーによって育てられ、人間によってそこに運び込まれた植物は、「穴」に詰め込まれて1階の家畜のもとに届けられる。家畜たちは人々の生活の糧となり、家畜たちの糞は火力エネルギーとして燃やされ、テラスに飛び出た煙突から排出されていく……。まるで建物が人間や動物たちと共に、ダイナミックに呼吸をしているようだ。

  • 呼吸するようなキッバルの家の模式図

外観からは想像もできなかった太陽、住居、人、家畜の密接な関係を発見し、この集落の生活風景の真実に少しだけ触れられた気がした。白くて四角い窓の開いた一見シンプルなチベット人の家は、この「かくれた穴」をはじめ、明らかに、その密接な関係の中でしっかりと計画されたものである。
この村では、夕方になると家畜の羊たちは各々の家に帰ってくる。彼らは自分たちが、生活のサイクルの一部であることをちゃんと知っている。

  • 夕方に帰宅後、主人を待つ羊たち  

 

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。