Vol.4 住宅の窓の記憶
31 Jan 2020
大学生と高校生の約500人に「記憶に残る窓の風景」について課題を出し記述してもらう活動をおこなっている小林茂雄教授(東京都市大学)。
記憶にある窓の風景をひとつ選び、それがどこのどのような窓で、そのとき何を感じたのか──生徒にはテーマを教室のその場ではじめて伝え、何も見ずに、記憶だけを頼りに手書きで記述してもらった。
家の窓からは光だけでなく、電波や音が通りぬけることで、その場所らしさや環境の変化に改めて気づくことがある。第4回は「住宅の窓」の記憶を取り上げる。
実家は福岡の海にほど近いところにあり、加えて高台に建っているので、晴れた日には窓から青い日本海が望めます。高校三年の夜、自分の部屋で勉強していたのですが、少し休憩しようと思い、母に買ってもらったウォークマンで珍しくラジオを聞くことにしました。聞きたいラジオ番組があるわけではなかったので、適当に周波数を変えていたのですが、そこでなんと、韓国語のラジオが聞こえてきたのです。自室の窓からはもちろん韓国は見えないのですが、遠い海を越えて、ここまで電波がやってきたと思うと、見えないはずの韓国の方角を眺めながらしばらく聞き入ってしまいました。
・
私の実家は山に囲まれた自然豊かな土地にある。朝はホトトギスの鳴き声が聞こえ、夜は虫やカエルの鳴き声が騒がしいほどに聞こえる。ある日から台所のモザイクガラスの窓にヤモリが来るようになった。台所の光に集まる虫を食べに来ているようだが、張り付いたヤモリ以外はモザイクガラスのため確認できない。ただヤモリの薄い皮膚を通して鼓動を打つ体の裏側が弱々しく見えた。
・
私の祖父の家は、道を挟んで海に面している。その家の窓から見える海はとてもきれいだった。しかし東日本大震災後、津波対策でテトラポットが高く積まれてしまい、その窓からはもうきれいな景色を眺めることができなくなった。
・
福島から上京してきた日、「ど」がつく田舎からやってきた私は、都会の喧騒の中でかなり疲れていた。新しい家は八畳一間で、母と兄の三人だった。荷物を降ろして明日からどうしようかと遅くまで話して、11時くらいに寝ることになった。都会はなんだか怖くてうるさくて、カーテンを閉めていたのだが、母が「開けとこうか」といってカーテンを開けた。夜の中に光る東京タワーがあった。
────────────
窓の空間心理学について
通常、窓のこちら側と向こう側には、別の明るさや空気の状況があり、違った営みがなされている。そのギャップによって、ときには時間的な経過や距離の変化に気づき、ときには向こう側をうらやましく感じたり逆に自信をもったりするなど自身の心が反映することもある。従って、自分のいる場所から他の場所を感じるという窓にまつわる行為には、物語性が形成されやすいと思われる。(「窓の空間心理学 Vol.0 窓をめぐる記憶を収集する」より)
企画・監修 小林茂雄/Shigeo Kobayashi
東京都市大学教授。1993年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専攻修士課程修了。1998年、東京工業大学大学院 博士(工学)。「喫煙所における見知らぬ他者への声のかけやすさ」、「都市の街路に描かれる落書きの分布と特徴 : 渋谷駅周辺の建物シャッターに対する落書き被害から」などの論文を発表。
*ウェブサイト掲載にあたり一部テキストの編集を行いました