July 23, 2019

Vol.0
窓をめぐる記憶を収集する

小林茂雄(東京都市大学教授)

各々の「記憶に残る窓の風景」を述べ500人以上の高校生・大学生に記述してもらう活動をおこなっている小林茂雄教授(東京都市大学)。
それは決して特別ではない窓をめぐる小さな物語を取り出し、膨大な出来事に埋もれた記憶を探り出そうとする試みでもある。
なぜ「窓をめぐる記憶」を収集するのか。初回は小林教授による論考を掲載する。

窓は地上にあるほぼすべての建物に設けられている。窓はいたるところにあり、屋外から屋内へと光や熱を取り入れ、換気や通風をもたらし、外部への眺望を提供する。一方で窓は通常、空間の背景としてその存在が意識され、窓そのものが関心の対象となる機会は多くない。

ただし日常生活の様々な場面において、窓は眺める風景に変化が生じたり意識が変わったりすることと関係している。窓の外を眺める、光が差し込む、遠くの声が聞こえる、あるいは外部から内部の様子を感じる──こうしたことは、定まった視線や心のもち方を少しずらすきっかけになる。

このように窓は機能的要求を満たすためだけではなく、閉鎖された内部空間と開放的な外部空間とを、心理的につなぐという役割をもち、外界と接触したいという要求のためにつくられることもある。実際に心理学的な実験によって、窓から外界の情報をなくした場合に人は単調感や閉塞感などの感情を抱きやすいことが示されている(Collin, 1976)

こうした無窓空間は特に、学校やオフィスなど長時間同じ場所で仕事や勉強を続けたり、作業の内容が単調で姿勢や行動が拘束されたりするような場合に悪影響が大きいといわれ(Boyce, 2003)、逆にショッピングセンターなど、多様な視覚情報があり動き回るような空間ではその影響は小さいといわれる。このように窓を通して得られる自然光や眺望の心理的な価値は、それを一旦遮断することによって測られる。

また、森林などの自然の風景を内部から眺められるということもストレスの緩和に寄与しているといわれている。窓から樹木が眺められる病室の患者は、壁面しか見えない病室の患者に比べて、手術からより迅速に回復したという調査結果もある(Ulrich, 1984, 1991)。

別の調査によると、自宅のアパートの窓から自然の風景が眺められる場合は、居住の満足感と幸福度が高くなったという(Kaplan, 2001)。窓は閉鎖された空間に開放感を与え、心理的なストレスを和らげる働きをもっている。このように窓は健全な心を支えると同時に、日々の感情の起伏とも関係しているのではないだろうか。

その一方で、これまで日常の中にある窓がもたらす心理的な機微について触れられる機会は意外と多くなかった。そこで2016年から2018年にかけて、大学生と高校生の約500人に「記憶に残る窓の風景」というテーマの課題を出した。記憶にある窓の風景をひとつ選んで、それがどこにあるどのような窓で、どういった状況で何を感じたのかということを綴ってもらうものである。

学生たちへの課題では、できるだけその情景を見た人の個人的な体験を扱うように促した。生徒にはテーマを教室のその場ではじめて伝え、何も見ずに、記憶だけを頼りに手書きで記載してもらった。もち帰る課題であれば、より多くの記憶が収集できるが、他の資料を参照したり、文章を練って推敲したりすることが起こりやすい。ここでは十分に推敲できていなくても、断片的で短い文章でも、その場で思い出したばかりの新鮮な窓の記憶を集めようとした。

記憶とは自身の経験したことが後になって意識や行為の中に再現される現象である。人間の記憶には大きく分けて2種類の記憶がある。数十秒から数十分程度しか持続しない短期記憶と、数時間から一生にわたって持続する長期記憶だ。目で見た光景や耳で聞いた音はすべて一旦短期記憶として保持されるが、そのほとんどは時間が経つにつれ忘却され、一部だけが長期記憶として残っていく。

その長期記憶の中にも持続されやすいものがあり、そのひとつに「エピソード記憶」と呼ばれるものがある(Tulving, 1972, 2001)。エピソード記憶は物語にたとえられる。すなわち、何を経験したかという出来事の内容と、そのときの場所や時間、周囲の環境や人の様子、そしてそのときの自分自身の心理的状態などが関連づけられるものである。それらが前後につながり物語のようになることで、記憶が持続しやすくなるのだ(Mayes, 2001, Fujii, 2009)。

通常、窓のこちら側と向こう側には、別の明るさや空気の状況があり、違った営みがなされている。そのギャップによって、ときには時間的な経過や距離の変化に気づきときには向こう側をうらやましく感じたり逆に自信をもったりするなど自身の心が反映することもある。従って、自分のいる場所から他の場所を感じるという窓にまつわる行為には、物語性が形成されやすいと思われる。さらに同じような状況にあっても一人ひとり心の状態は違うため、その物語は個々で少しずつ異なるだろう。

そこで誰もが感動したり美しいと感じたりするような窓ではなく、特別性はなくともそれぞれの心を少しでも動かした窓の記憶を集めることとした。馴染みのある場所の、決して特別ではない窓をめぐる小さな物語を取り出し、膨大な出来事に埋もれた窓についての記憶を探り出そうとするのである。

こうして実際に収集された窓の記憶は、予想以上に多彩なもので、それぞれ個別の物語性を帯びていた。課題では、教室や体育館など校舎の窓、自宅や祖父母の家の窓、電車や飛行機の窓などが記憶の対象とされ、自分の行動や成長、家族との関係、友人や後輩への思い、建物や街への愛着、新しい環境への不安などが、窓を通して記憶されている。これらをつぶさに見ていくと、窓が人の心にどのような影響を与えているかを改めて考えさせられる。

これらのエピソードからは、窓がストレスを和らげるというだけではなく、やる気を高めたり、安心したり、不安を感じたり、他者の心を想像したり、時間の経過を感じたりすることに寄与していることが分かる。決して意図してつくられた窓の働きではない。こうした中から、新しい窓の働きを見つけることもできるだろう。そして、状況や場面に応じた窓をつくったり、窓やそこから見える風景を維持したり、古くなった窓を壊すべきか残すべきかを決めたりする場合に、役立つことがあるかもしれない。

興味深いのは、収集されたこれらの記憶の多くがほんの数年前、数カ月前のものであったことだ。十年以上前の幼少の頃のものもあったが、そのほとんどが大学生なら高校時代や大学に入ってから、高校生なら中学時代のものであった。中には強烈で鮮やかな体験もあったが、どちらかというと体験自体は地味なものである。おそらくその時点だから憶えていることであり、数年もしたら忘れてしまうようなものも多いのではないだろうか。

成長し大人になるにつれて幼い頃の小さな出来事の記憶は薄れていく。人生のどの段階でも記憶に残る風景は、新鮮で生き生きしていると同時にはかないものかもしれない。高校生でも大学生でも社会人でも、ある時点で収集した窓の記憶は、その時にしか抽出できないかけがえのないもので満たされている。

 

参考文献
Collins, B. L. Review of the psychological reaction to windows. Lighting Research and Technology, 8(2), pp.80-88, 1976.
Boyce, P. R. Human factors in lighting (2nd ed.). London: Taylor & Francis, 2003.
Ulrich, R. S. View through a window may influence recovery from surgery. Science, 224(4647), pp.420-421, 1984.
Ulrich, R. S., Simons, R. F., Losito, B. D., Fiorito, E. Stress recovery during exposure to natural and urban environments. Journal of Environmental Psychology, 11(3), pp.201-230, 1991.
Kaplan, R. The nature of the view from home: Psychological benefits. Environment & Behavior, 33(4), pp.507-542, 2001.
Tulving, E. Episodic and semantic memory. In: Tulving E, Donaldson W.(eds.), Organization of memory. New York: Academic Press, pp.381-403, 1972.
Tulving, E. Elements of Episodic Memory. New York: Oxford University Press, 1983.
Mayes, A. R., Roberts, N. Theories of episodic memory. Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. 356(1413), pp.1395-1408, 2001.
Fujii, T., Suzuki, M. Episodic memory. In: Binder, M. C., Hirokawa, N., Windhorst, U.(eds.), The Encyclopedia of Neuroscience, vol 1. Springer, New York, pp.1139-1142, 2009.

小林茂雄/Shigeo Kobayashi
東京都市大学教授。1993年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専攻修士課程修了。1998年、東京工業大学大学院 博士(工学)。「喫煙所における見知らぬ他者への声のかけやすさ」、「都市の街路に描かれる落書きの分布と特徴 : 渋谷駅周辺の建物シャッターに対する落書き被害から」などの論文を発表。