WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓からのぞくアジアの旅

第19回 インド・キナウル地方「張り出しの村」(中編)

田熊隆樹

19 Apr 2018

キナウル地方では、標高2~3,000mの谷沿いに集落の多くが営まれている。かつて秘境と呼ばれたであろう北インドの山の上のこんな場所でも、バスは毎日運行していた。バスの揺れさえ我慢できれば(それがひどいのだが)案外すんなりと移動できてしまう時代である。

  • 谷沿いにあるサングラの街

サラハンの隣を流れるサトレジ川から分岐するバスパ川沿いの道を進み、サングラ(Sangla)にたどり着いたのは夕方頃であった。比較的大きな街のようで、バスの通ってきたメインロード沿いには4、5階建ての鉄筋コンクリート造の建物が並んでいた。宿の主人によると、このコンクリートの建物はほとんど商業用で、人々は今も、石と木を交互に積んだ伝統工法の暖かい家を持っているのだそうだ。

「冬場のメインロードには犬しかいないよ」

そう話す彼もまた、雪で閉ざされる冬には故郷の村に帰るひとりだ。商業用のコンクリートの建物たちが空っぽの冬を越している間、人々は働かず、毎日食って、飲んで、踊って暮らしているのだそうだ。日本人は冬も変わらず働き続けるよと彼に言うと、「だから日本は豊かなんだよ」と笑っていた。

川に近い方の集落で廃屋を発見した。石とヒマラヤ杉を交互に積んだコアがあり、2階が張り出しているのはサラハンで見たものと共通である。しばらく人が住んでいないようでところどころ壊れているが、骨太で、張り出し部分を支えている柱はサラハンでは見られなかったものである。

  • サングラの廃屋

少しお邪魔して実測してみることにした。2階テラス部分はアーチと装飾のある窓や板壁によって囲われており、コアとの間が細長い部屋と化している。幅1mほどと少し狭いが、こういう緩衝空間は採光や生活の上でも便利だろう。外部から比較的明るい空間、さらにほとんど窓のない閉鎖的な空間へと、対照的な窓がつないでいる。ここから集落の景色を見てみるとなんだか懐かしく、落ち着く気がしたのだった。冬場は相当冷え込むのだろう、2階の壁には泥が塗りつけられている。

  • 張り出し部分の空間。2つの窓が入れ子になっている

平面スケッチを書いてみると、コアとその周りを囲む木造とのきれいな対比が見て取れる。2つの村を見て、キナウルの建築は宗教施設も家もほぼ同じ構成でできていることが理解できた。

  • サングラの廃屋 平面スケッチ

サングラからさらにバスに乗って、インド・中国国境に一番近いチットクル(Chitkul)という村に着いた。キナウル地方最奥の村で、山を越えればチベット自治区である。集落の家は密集しており、新しく葺いた金属板の屋根など、日本の集落を思わせる。

  • チットクルの集落

一泊500円ほどの宿を確保してから村を歩いてみた。コンクリートの建物はあまりなく、いまだ農業が主体の村のようだ。そこかしこに子供たちと家畜が歩きまわっていた。

  • 村で見かけたヤク

家々は前の2つの村と同じ構成のものがほとんどで、かなり古そうなものも多く見られた。伝統的なキナウル人たちは羊の毛を編んだズボンを履き、緑のフェルト帽をかぶっている。ここではとくにそういう格好をした村人が多い。

  • いかにも古そうな家々

実家でズボンを作っているという青年と出会った。朝夕2回水道が使えること、家族ごとに食料倉庫を持つこと、家畜は家の1階に住んでいることなど、村の生活のいろいろなことを教えてくれた。

標高3,500mでズボンをオーダーするのも悪くないと思い、そのついでに彼の家を見せてもらうことにした。(後編に続く)

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。

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