August 9, 2018

Liquid Light 流れ出す光

リカルド・フローレス/フローレス&プラッツ(建築家)

バルセロナを拠点に公共空間の設計から歴史的建造物の改装・改修まで幅広いプロジェクトを手がける建築家ユニット、フローレス&プラッツ(リカルド・フローレス、エヴァ・プラッツ)。第16回ヴェネチア建築展に出展中の「Liquid Light」では、劇場「サラ・ベケット」の改修プロジェクトを取り上げ、設計の過程で制作されたドローイングや模型、改修後の劇場を再現した原寸模型を展示するなど、劇場が生まれ変わるまでの全行程を紹介している。
フローレス氏へのインタビューでは、展示タイトルにも用いられている「光(light)」や窓の扱い方を切り口に、劇場の改修プロセスや空間作りへのこだわりについて話を伺った。

 

 

──まずはじめに、展示の題材となっている「サラ・ベケット(Sala Beckett)」について、簡単に紹介していただけますか。

リカルド・フローレス(以下:フローレス) 1989年の創業当時から話題を集め、バルセロナの演劇界に大きな影響を与え続けてきた劇場です。私たちはその移転、リニューアルに携わりました。移転先となったのは1924年建設の物件で、当初は木材の販売所として運営されていましたが、カフェや劇場、従業員のための託児所も併設しており、多くの低所得者にとっては生活の中心でもありました。

──2011年からサラ・ベケットの移転プロジェクトに着手されたそうですが、改修前の移転先はどのような状態だったのでしょうか。

フローレス 30年あまり放置された状態で、かつて賑わっていた時代があったとは思えないほど老朽化が進んでいました。修復前の物件の様子を記録した写真がいくつか残っています。

  • Photos © Adrià Goula

私たちがはじめて移転先を訪れ、窓から差す光を目にしたときの写真です。まさに劇的で、廃墟と化した物件にサラ・ベケットとしての新たな命を吹き込んでくれるような、希望に満ちた光でした。この光が今も変わらずバルセロナの劇場を照らしてくれています。

──「Liquid Light」という展示名にも「光(light)」という言葉が用いられていますが、今回の展示はどのようなコンセプトで制作されたのですか。今年の建築展で共通テーマとして掲げられている「FREESPACE(自由な空間)」や、窓にも通ずる部分があれば教えてください。

フローレス これまでの改修プロジェクトで光井(こうせい=屋根に一部開口部を設けてつくる採光のための空間)を扱うことが多かったので、建築展でも自然の光を利用して「FREESPACE」を作ろうと思いました。そこでまず会場の窓を開けて展示空間に外光を取り入み、窓際にサラ・ベケットの主要部分を再現した原寸模型を設置しました。会場の窓から模型の窓へ、模型の窓から模型内部へと光を移動させ、模型内部に明かりを取り入れるためです。さらにこの光が模型のエントランスから流れ出すと、外を歩いている人々を模型の中へと誘い込んでいきます。

  • 1/1スケールで再現されたサラ・ベケットのエントランス
    Photo © Adrià Goula

エントランスの奥へと足を踏み入れると、この光がどこから来ていて、どのように生まれているのかが、だんだんと分かってきます。模型に明かりを灯しているのは、実はたった2つの小さな窓から取り入れられた陽の光で、本物のサラ・ベケットでも、同じように光が取り込まれています。こうした光の流れを「Liquid Light」と名づけ、今回の展示名にしました。

──「Liquid Light」という名前の由来について教えていただけますか。

フローレス 重力に従って落ちていくだけでなく、水平にも広がりながら、どんな大きさの空間にも適応してくれる光という意味で、「Liquid Light」と名づけました。空間に合わせて自由自在に形を変えてくれる、水のような光です。

  • Image courtesy of Flores & Prats

──原寸模型の内側では、何を展示しているのですか。

フローレス 内側は劇場でいうところの「舞台裏」で、ここでは2011年から2016年に私たちが取り組んだサラ・ベケットの改修プロジェクトの制作プロセスを紹介しています。はじまりはコンペの選考から、終わりは今回の建築展への出展準備まで、プロジェクトの全行程を幅15メートルのスペースに凝縮して展示しています。

  • Photo © Adrià Goula
  • プロジェクトの過程で使用されたリサーチ資料とスタディ模型
    Photos © Judith Casas

──展示されている模型やドローイングについて詳しく教えていただけますか。

フローレス ほとんどが改修の過程で出てきたものです。プロジェクトを進めていくうえでまず課題となったのが、いかにして物件を増築するか、という点でした。移転先の建物をそのまま利用するだけでは、新しいサラ・ベケットに必要な環境を十分に整えることができなかったからです。なので、納得できる増築方法が見つかるまで、ひたすら物件の屋根や窓、床のスタディ模型を作り続けました。

その次にドローイングに取り組み、1ヶ月近くひたすら物件の様子を描きつづけました。とにかく改修に利用できそうなものはすべて把握したかったので、窓やドアもひとつ残らず記録しました。このときに重視したのが、特定のものを切り出すのではなく、その周辺にあるものも一緒に描くことでした。窓ひとつを例に取っても、窓そのものが独立して存在しているわけではなく、他の要素が組み合わさってはじめて、その「窓」が成り立っています。新しいサラ・ベケットのために環境を整えながらも、かつてこの物件で生活した人々の記憶を消さないようにする──その方法を見つけるために、こうやって模型やドローイングできるだけ多くのものを記録しようとしました。

  • バルセロナにあるフローレス&プラッツのスタジオ
  • ドアと窓のトレーシング作業
  • 移転先に残されていたドアと窓を模った紙モデル
  • 新しいサラ・ベケットのための窓とドアの配置図
    Photos © Judith Casas

──こうした模型やドローイングを見ていると、やはり今回の展示のテーマでもある光の扱い方がサラ・ベケットの設計の軸になっていることが感じられます。

フローレス そうですね。もともと移転先の建物は、主要部全域に外光が差すように設計されていました。今回の改修では、既存の窓からどのように光が入ってくるのかを入念に観察し、新しいサラ・ベケットに適した窓の配置を考え直しました。

物件の歴史を消さないこと、新しいサラ・ベケットの存在を尊重すること、自分たちの建築家としての経験を活かすこと。この3つを頭に入れながら、プロジェクトを進めました。建築家が存在を誇張すれば、物件自体の魅力が失われてしまいます。だけど同時に、建築家が一歩前に踏み出す勇気をもたなくてはならない場面もあります。それを頭に入れて取り組めば、窓が、ドアが、全てのものが建築家の見方についてくれるはずです。

新しいサラ・ベケットを説得力のある場所にできたのは、劇場の歴史や周辺環境をきちんと把握し、作品に取り込むことができたからだと思っています。現代の人々が、昔この場所を訪れた人々の魂に触れられるような空間を実現することができました。

  • 新しいサラ・ベケットの内装
    Photos © Adrià Goula

──ドローイングと模型の他には、どのようなものを展示しているのですか。

フローレス 改修に関するドキュメンタリー映像を展示しています。空間や備品の修復に携わったデザイナーやアーティストのインタビューを収録したものです。

また、サラ・ベケットが再オープンした時の様子を紹介している模型もあります。この模型を見ると、ロビーから楽屋まで、劇場のいたるところに人々が集まっているのが分かって、サラ・ベケットが再び賑わいを取り戻した当時の雰囲気を感じられると思います。それにサラ・ベケット全体を一望できるので、おもしろいかもしれません。

それからサラ・ベケットの共有スペースを描きだしたドローイングも展示しています。共有スペースには上を見上げる人がいたり、挨拶をする人がいたり、待ち合わせをする人がいたりと、どこか演劇的な雰囲気が漂っていて、まるで舞台だけでなくサラ・ベケット全体で劇が起こっているかのような気分にさせてくれます。

他にも、昨年の8月にビエンナーレに提出した今回の展示の提案書まで、サラ・ベケットの修復に関する全ての資料を展示しています。というのも、これだけのものを持って来れば若手の建築家や学生に刺激を与えられるのではないか、と思いがありました。また、サラ・ベケットのように一見シンプルな作品でも、納得のいく空間をつくるためには、想像を絶するほどの時間を費やす必要があるということを伝えたい、という考えもありました。

  • Photo © Adrià Goula
  • © Judith Casas

──最後に、あなたにとっての「FREESPACE」とは何ですか?

フローレス 建築家が、誰に頼まれたわけでもなく人々に贈ることのできるギフトこそが「FREESPACE」だと思います。たとえば、建築家が住宅の庭に照明を設置して誰かを喜ばせることができたとしたら、その人を喜ばせているのは、照明が設置された庭そのものではなく照明が生み出す輝きだ、という考え方です。必ずしも生産性を高めてくれるものでなくても、人々の心を豊かにしてくれるもの。それこそが、私にとっての「FREESPACE」だと思います。

 

フローレス&プラッツ/Flores & Prats

バルセロナの建築事務所。リカルド・フローレスとエヴァ・プラッツが、エンリック・ミラージェス事務所を経て共同設立。作品論考に比重を置いた学際的な設計・建築アプローチで幅広い作品を手がける。これまでに数々のオープンコンペに参加し、公営住宅、公共空間の設計から地域活性化プロジェクト、改修プロジェクトに携わっている。映像や展覧会の制作にも取り組み、バルセロナやコペンハーゲンの事例を紹介している。
2017年「Emerging Offices Wallpaper Directory」、2009年ミュゼオ・デ・ロス・モリーノ(スペイン、マヨルカ島)の改修プロジェクトで「Best Architectural Work of the Royal Academy of Arts in London 2009」大賞、2011年マイクロソフト・イタリア本社で「 International Prize Dedalo Minosse in Vicenza 2011」を受賞。近年にはサラ・ベケットで「City of Barcelona Prize of Architecture」に選出されたほか、「Spanish National Architecture Awards」特別賞、カサル・バラゲ文化センターによって「City of Palma Prize of Architecture」を受賞している。2012年から2018年にかけてヴェネチア・ビエンナーレ建築展に5度出展。2005年、2015年、2016年、2017年に「Mies van der Rohe Prize」、2018年にAD Awards 「Architects of the Year」にノミネートされている。