第25回 イラン・タブリーズ編「都市はバザール」
08 May 2019
バスの窓からは、初めて見る景色が続いていた。赤と白の縞模様でなめらかな山、削られたばかりの鋭い真っ赤な山、連続する紫色の大地。ここは確かに地球なのに、行ったこともない月や火星が頭をよぎる。人の手がまったく入っていない自然は、おそろしいものに見える。
1月のイランは寒い。北西部の都市・タブリーズにやってきたころには雪も降りはじめ、気温は0度を下回っていた。
3世紀ごろにまでその歴史を遡ることができる古代都市であるタブリーズには、アゼルバイジャン人が多く住んでいる。この街のバザールは世界最古といわれ、全体が把握できないほど複雑な成り立ちをしている。連日降る雪から避難する意味もあり、バザールのなかを歩きまわることにした。
バザールには衣服から宝石、食物や雑貨などあらゆるものが売られていて、商品によってエリア分けされている。特に日用品のエリアは人で溢れ返っている。店員も客もほとんどが男性で、イスラム社会が男性社会であることを肌で感じる。通りを歩いていると頻繁に声をかけられ、さらにお茶をご馳走してくれる人もいた。男たちは働いているのだろうが、紅茶を飲みながら談笑して、楽しそうに過ごしている。
バザールを構成する一つひとつのドームには穴が開けられていて、通路上にポツポツと光を落としている。パラパラと雪が入ってくる状態は、厳しい外部環境と人間の空間を調停しているような美しさがある。電気のなかった時代には、この穴から注ぐ光だけの薄暗い空間が、この街の主役だったはずだ。こうした人工的環境をつくり出すところから、「都市」ははじまるのだろう。
特に気に入ったのはペルシャ絨毯の店が軒を連ねるエリアである。帽子をかぶった店主のおじさんが真っ赤な絨毯に埋もれていると表現すれば、その雰囲気が伝わるかもしれない。なかでも、絨毯屋を営むサイードという中年の男性と仲良くなった。英語の話せる彼は仕事中にもかかわらず付近を案内してくれた。
絨毯は頻繁に買うものでもないのでこのエリアは人通りも少なく、バザールの空間を落ち着いて観察することができる。基本的に店は幅3mくらいと狭く、2階建てで、付近はほぼ同じスケールで統一されている。何mもの大きい絨毯は店には入らないため、広めの通路が絨毯倉庫兼店舗の延長としてもつかわれているようだった。
サイードによれば、 1階を店舗、2階を倉庫としてひとつの店がつかっていて、そこに設えられた古い木製の窓を「ウルシー」と呼ぶらしい。倉庫にも大きな窓や扉がついているのは、狭さゆえに外からハシゴをかけてものを出し入れする必要があるためだろう。
同じ形態の反復によるバザールの構造体が厳しい外部環境からの影響を和らげる働きをしているため、この開口部は非常に自由に開けられている。さらに店によって建具の色やデザインが違い、看板のような役割も果たしているようだ。
サイードは午後2時すぎに早々に店を切り上げ、車で少し離れた自宅に招いてくれた。あくまでバザールは仕事場で、彼らはみな郊外に住んでおり、毎朝9時に出勤、夕方5時まで働いているのだそうだ。周辺からものや人が毎日集まってくる、あのポツポツと光の差し込む薄暗い「都市」で。
彼の家は清潔でかなり広々としており、絨毯屋らしく何枚もの絨毯が敷かれていた。二人の娘と遅い昼飯をご馳走になっている間、色々な話を聞かせてくれた。
「日本では、職場は大きく家は小さい。イランではその逆で、職場は小さくても家は大きいんだ。」
彼にとってあの「都市」は働く場所であって住む場所ではないのである。
なるほど、古代からの都市・タブリーズの住民は、都市とうまく付き合う方法を心得ているのかもしれない。
田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。