WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓からのぞくアジアの旅

第23回 イラン・東ギーラーン編「家を“置く”」(前編)

田熊隆樹

14 Dec 2018

実際に訪れる前、イランは私にとって未知の国であった。抱いていたイメージといえば、荒涼とした砂漠の中に古代の遺跡が点在するといった漠然としたものだったから、イランにも日本のように温暖湿潤な気候をもち、米を生産できる地域があると知ったときは驚いた。今回訪れた、北部のカスピ海に沿った地域に位置するギーラーン州もそのひとつである。

この地域を訪れたのは、そこに家を“置く”人々がいるらしいと聞いたからだ。しかし事前情報として得ていたのはそういう変わった家がある、ということだけで、具体的にどの村に行けば見られるのかも分からなかった。そのためまずは州都ラシュトにある歴史博物館を訪ねてみることにした。いつものことだが、行き当たりばったりの旅である。

博物館で、移築された民家を見てあっと驚いた。茅葺屋根のとんがり帽子をかぶった二階建ての家が、土を盛り上げた基壇の上に“置かれて”いるのだ。こんな風にして建てられた家はそれまで見たことがなかった。

  • 博物館に移築された民家

そして何よりも奇妙なのはその基礎である。まるでキャンプファイヤーのように、交互に重ねられた木材のセットが5×2列で並んでいる。

なぜこのような奇妙な構造が用いられるようになったのか。それはこの地域で頻発する地震対策のためだと研究員の女性が教えてくれた。木材(その断面は末広がりの台形になっている)を交互に載せていくことによって揺れを吸収し、その上に床が“置かれる”ことで、地面に固定されず免震構造になっているという。実際に1990年にイラン北部で起きたマグニチュード7.4の大地震の際も、こうして“置かれた”民家は「no damage」だったそうだ。

  • 奇妙な構造をした基礎部分。基礎が地中に埋められず、置かれている

室内に入ってみると、部屋はログハウス状に木材を井桁に組んだ壁で囲われていた。壁は土で塗り込めてあり重厚である。イランは想像より寒かったことと(訪れた1月も、積もった雪が残っていた)、温暖湿潤で木材が豊富なことが関係しているのかもしれない。あるいは、基礎を“置く”関係から、上部構造が重い方が安定するといった解釈もできそうだ。こうしたログハウスのようなつくりのため開口部は設けづらいのか、出入り口の他に窓はない。一方で、張り出したテラス部分は非常に大きくつくられている。

ここでは窓をつくることで室内を快適にするのでなく、室内は室内として最小限につくっている。その分、明るく光が差し込むテラス部分を大きく確保するといった潔さがある。この考え方はインドで訪れた「張り出しの村」で見た住居に少し似ていた。

さらに、地面から一階のテラスの床まで高さが2m近くあることも、洪水対策のためだそうだ。実際に、東ギーラーン州の大きな川(セフィード川)の東側の地域に、このタイプの家が分布している。民家の上部が水に浮かんでプカプカと浮く様を想像してみたが、壁の重みを考えると実際には浮くことはないのだろう。

博物館を訪れたときには自分以外の客はほぼいなかったため、研究員の方は歩きながらこうした情報を丁寧に説明してくれた。現在では多くの人がコンクリートでできた新しい家に住んでおり、伝統的な家屋は倉庫として利用されていることが多いことも知った。今日もどこかでこうした伝統家屋が倉庫にされているのだろう。そのような状況でも、近隣のSeda Poshte村ではこれらの家屋が現役で住居として使われているとの情報を得ることができた。

翌日、かろうじて繋がるネット回線を使って場所を特定し、早速村へと向かった。集落に入って数分、あっけなく現役の住居を発見した。

  • 現役で使われている家。テラスを布で覆っている

この家は一階建てで規模は小さいが、床下の高床免震基礎は博物館のものと同じく立派である。屋根は茅葺でなく金属でできている。テラスのまわりに布を巡らして覆い、よりプライベートな半外部空間をつくっているようだ。

ほどなくして、かなり巨大な二階建ての一軒の住居を見つけた。向かって左右両側にテラスを増築しているため、金属屋根が二段になっている。それにしても巨大な屋根である。それに比べて、内部空間はやはり小さくおさえられている。この家にも窓は設えられているが、大部分が重い壁で構成されている。

  • 二階建ての家。左右にテラスを増築している

こちらは家主に許可をいただいて、テラス空間に立ち入ることができた。正面のテラスは幅が2m以上あり、絨毯が敷かれている。

  • 正面のテラス空間
  • 増築されたテラス部分

増築されたテラスはこの空間だけでちょっとしたカフェでも開けそうな広さだ。差し込む光も合わさって非常に居心地が良さそうである。奥に流しがあることから考えても、この空間がキッチンも兼ねたリビングとして使われているのが分かる。

日本の住居の多くは古くから木造軸組構法が用いられてきたため、隙間だらけで窓をつくりやすい。そんな住環境で育ってきた私には、窓のつくりづらさから生まれたこのような大胆な空間は、それまで抱いていた常識を覆されたようで、非常に魅力的に見えた。(後編に続く)

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。

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