WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓からのぞく現代台湾

第11回 どこかでつながり、どこまでも抜けていく
陳其寬《東海大学衛理会館》編

田熊隆樹

04 Mar 2024

Keywords
Architecture
Columns
Taiwan

台湾中西部の都市・台中郊外に、台湾最初の私立大学である東海大学のキャンパスが広がっている。東海大学は中国と台湾の国共内戦後、ニューヨークに本部を置く「中国キリスト教大学聯合董事会」によって台湾に初めて設立されたキリスト教系の大学である。
1952年に行われたキャンパス計画のコンペを勝ち取ったのは、日本の吉阪隆正と台湾の林慶豐(Lin Ching-Feng)によるチームであった。その後何があったかはよくわからないが、実際にはそのコンペの審査員を務めたイオ・ミン・ペイがキャンパス計画を任されることになった。なかでも、ペイによる《ルース・チャペル》(1963)は特に有名で、台湾近代建築史に輝く名作である。
キャンパスの実施設計者としてペイに協力するかたちで、グロピウスの推薦によって陳其寬(Chen Chi-kwan)・張肇康(Chang Chao-Kang)という中国出身の建築家が選ばれ(実際にはほとんど彼らが設計したと思われる)、オリジナルのキャンパスは1960年に完成した。都市の中心からすこし離れた台地の傾斜をそのまま取り込み、「文理大道」という並木道を中心としながらも非対称に計画されたキャンパス。台湾の有名な大学をいくつか訪れたことがあるが、このキャンパスは特に素晴らしい。僕は訪れる度に、この並木道を同級生と歩く、あったかもしれない学生時代を想像してしまう。

 

  • キャンパスの中心となる文理大道
  • 背の低い建物に囲まれた中庭。日陰で寝る犬

キャンパスは現在に至るまで拡大を続け、新しい建物も多く建てられているが、オリジナルの建物は文化財となりながらも現役で使われている。建物は主にRCによる簡素な構造で、装飾は控えめだが、木造屋根・煉瓦壁・高床・中庭形式など、中国や台湾の要素が近代建築と織り交ぜになっている。廊下はほとんど半外部で、そこを歩く学生たちの姿はとても生き生きとしている。犬たちも自由に寝そべっている。

 

  • 外廊下と中庭。廊下の先はオープンになっている
  • 簡素なRC梁、軒桁とそれにかかる木屋根

キャンパスはとてもオープンで、誰でも入って来ることができる。実際外から来た僕も、法学部やら文学部やらの外廊下をウロウロして、窓越しに授業を覗くことができてしまった。各学部でひとつの中庭を囲う「四合院」のような形式になっているが、入口はピロティになっている。中庭を取り囲む4棟の建物の隅は切り離され、廊下の先は抜けている。もしくは壁があってもそれは、素焼きの筒を埋め込んだ穴だらけの壁であり、こうした「抜け感」がこの重厚な形式に軽さや流動性を与えていることに気づく。
東海大学の建築群を語るときは、しばしば中国、台湾、そして近代建築の要素の組み合わせによるデザインと評価されるのが常だ。ただ実際に歩いてみてより強く感じられたのは、この「どこまでも抜けていく」感じで、それは台湾の高温多湿な気候を考えても極めて重要だ。そういう使いやすさが、修復を重ねながらも現役で使われている理由なのだろう。

  • 素焼きの筒が埋め込まれた壁。動線を遮りつつ空気を抜く
  • 素焼きの筒は建物上部の空気抜きにも採用されている

さて、その日宿泊した《衛理会館》という建物を紹介したい。
ここはキャンパスの主要建物からすこし遅れて1962年に陳其寬の設計によって完成した。元々女性職員の宿舎だったらしいが、現在ではゲスト用の宿泊施設として使われている。陳其寬はその後東海大学の建築学科主任になり、台湾で多くの建物を設計したが、むしろ後年は画家として名が知られていたようだ。
この建物は全体が白くまとめられ、他の建物よりもモダニズム寄りに見えるが、その中国的モチーフや、空気、光の抜けていく設計は、小さいながらも密度の高い建築で気に入った。

宿泊したのは庭に面して並ぶ小さな個室のひとつで、庭側の全面窓は大きく三段に分かれている。下は開閉可能な内倒し窓で、上は同じく外倒し窓。中央の大きいFIX窓からは庭の微地形へと視線が抜けるようになっている。入口のある廊下側を振り返ると、同じくこの三段ルールが適用されていた。FIX窓に当たる部分が収納棚になり、同じく上下に窓。こうして部屋の両側の上下に配された窓を利用して、十分風を通せる計画になっている。さらに造り付けの木と籐でできたベッドも四つ足で浮かび、机も壁から片持ちで張り出し、風の道を妨げることがない。また廊下に出ると、廊下からもう一方の中庭側の上下にも窓が開いており、一貫した窓計画となっていることがわかる。僕も夜な夜な開けたり閉めたりしてみたが、自分の好みに風通しを調整できるのは快適だった。

この《衛理会館》の共用部分を見てみると、入口を入ってすぐに開放的なリビングルームがある。その窓際を見ると、開閉できる部分は日差しを遮るガラリ窓が一番外にあり、さらに網戸とガラス引き戸という三重の窓になっている。そのガラリ窓は外に開いて90度で固定することができ、ファサードの重要な要素となっている。さらに窓下の棚は床から浮き、その下に通風のための無双窓(台湾の民家でもみられる窓だ)が設けられている。リビング中心のコの字型ソファも、RC造の壁から張り出したキャンチレバーで足元を浮かせるなど、宿泊部屋と同じく徹底して足元に空気を通す意図が感じられる。それはこの建物を非常に軽く、清潔な印象にしていた。

リビングルームの後ろには半階下がった食堂があり、中国建築を思わせる大きな丸窓の向こうに、キャンパスの木々が見えた。近づいてみるとガラスは上下に分割され、前後にずらしたスキマを水平に網戸が走り、常時換気ができる機構になっていた。冬でも寒くない台中だからこそ可能な窓かもしれない。

  • 外の景色が見える食堂の丸窓
  • 丸窓の中央には換気のための網戸

《衛理会館》は、たしかに中国的要素やモダニズムとの混淆を感じて面白い。しかしそれと同時に、空気が流れ、視線が通ることを考慮した細部の工夫に溢れた建築であった。すべての空間はどこかでつながり、どこまでも抜けていく。流動的なキャンパスの全体性を煮詰めて、建築レベルで結晶化したような作品だと思った。

田熊隆樹/Ryuki Taguma

建築家。1992年東京生まれ。 2017年早稲田大学大学院修士課程卒業。 大学院休学中に中国からイスラエルまで、アジア・ 中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017- 2023年まで台湾・宜蘭イーランの田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて、公園や美術館、 駐車場やバスターミナルなど大小の公共建築を設計する。 2018年ユニオン造形文化財団在外研修、 2019年文化庁新進芸術家海外研修制度採用。

MORE FROM THE SERIES

RELATED ARTICLES

NEW ARTICLES