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連載 ジャン・プルーヴェの窓

ジャン・プルーヴェの窓 #3 ――《ヴィルジュイフの仮設小学校》の窓

横尾真(構造家)

28 Mar 2024

Keywords
Architecture
Design
Essays
History

プルーヴェはナンシーの工場「マクセヴィル」を追われた後、セルフビルドによって建設した自邸にて余生を過ごす予定でいた。しかし、とある友人との再会をきっかけに、プルーヴェは新たな窓のデザインを生みだしていくことになる。連載「ジャン・プルーヴェの窓」の第3回目では《ヴィルジュイフの仮設小学校》(1956)が有する窓のデザインについて言及する。

 

ジャン・プルーヴェ・コンストラクションズ

1954年、ステュダル社の親会社であるアルミニウム・フランセ社は、同社が所有するパリのクレベール大通りに面した事務所(Bureau dans L’Avenue Kléber: 仏)へ、プルーヴェを左遷する。制作の場であった工場を失い、これまでに取得してきた15のパテント(過去に考案したデザイン)の使用も禁止され、一人となったプルーヴェに何ができただろうか。事実、プルーヴェは当時のことをゲシュタポの要塞(そのオフィスから当時見えていたために)に閉じ込められていた、と回想している。この時、友人であったミシェル・バタイユ(Michel Bataille: 仏)と再会し励まされたことで、プルーヴェ自身も過去を清算し、未来に向けて自由になろうと決断する。《プルーヴェ自邸》(1954)の完成から2年後の1956 年1月、プルーヴェはアルミニウム・フランセ社にマクセヴィル工場の名称を変更すること、従業員や以前に取得したパテントのすべてを譲渡することなどを認める。その代わりに支払われた保証金を元手に、バタイユと共同で「ジャン・プルーヴェ・コンストラクションズ (Les constructions Jean Prouvé: 仏)」を設立するのである。それは1956 年5月のことで、パリのルヴォワ通りの小さなアパートから始まった新しい技術設計事務所であり、プルーヴェ第二の人生の始まりでもあった。

  • ジャン・プルーヴェ・コンストラクションズのメンバーとプルーヴェ(右から3番目)
    © ADAGP, Paris & JASPER, Tokyo, 2024 E5493

《ヴィルジュイフの仮設小学校》

事務所を開業してすぐに、ヴィルジュイフ市がプルーヴェへ仮設校舎(École Provisoire, Villejuif: 仏)の建設を発注する。それはパリから郊外へと人口が急速に拡大していた折に、これから移住してくると予想される1,500世帯の子どものための小学校であった。この発注に対する要望は、軽量で、経済的なモデュール・システムを内包し、早いスピードで建設可能なこと。そして、解体可能であり林間学校の施設として再建設できることであった。組立と解体を容易に可能とする建物の建設依頼は、再出発したプルーヴェにとって絶好のプロジェクトであったに違いない。

建物の設計は1956年の事務所開業時から始まり、1957 年春頃に竣工している。建設はパリにあった鉄骨施工を専門とするグゥミ社(Société Goumy: 仏)が受注し、全ての建設部品を工場で製作し、現場での組み立ても担当した。全部で三棟計画された仮設の校舎は、建物外形を75.25メートル×8.75メートル(約630平方メートル)とした二つの棟を連なるように配置し、平面計画は7つの教室と1つのギャラリー、片廊下が長手方向を貫通する構成であった。もうひとつの棟は、少し間を空けて上記二棟の南側中央に配置され、建物外形はやや短めで49.00メートル×8.75メートル(約430平方メートル)、4つの教室と1つのギャラリーを内包していた。フランス教育省の指導により、1.75メートルをモデュールとした正方形グリッドで設計されており、各教室の大きさは61.25平方メートル(5×4グリッド)、各ギャラリーの大きさは122.5平方メートル(8×5グリッド)となっている。廊下と教室の間に配置されているストラクチャーは、杖のような形をしていることから「ベッキーユ(Béquille: 仏)」と呼ばれており、プルーヴェのデザインした構造架構のひとつで、基本3.5メートル間隔(1.75メートルに対する2スパン)、教室への入口部のみ1.75メートル間隔で配置され、屋根を支えている。各建物へのアプローチは、17.5メートル間隔(1.75メートルに対する10スパン)で各校舎の北側に設けられており、二つの教室がひとつのエントランスを共有していた。

  • 《ヴィルジュイフの仮設小学校》仮設校舎平面図
  • 各仮設校舎配置図

周囲360度のガラス窓

南面は室内側へ約10度傾けたガラスのカーテンウォールで、北面は垂直ガラスのカーテンウォール、東西面はどちらも屋根のカーブに応答しながら、同様に垂直ガラスのカーテンウォールとなっている。グリッドに沿うかたちで1.75メートル毎に配置されているV字柱が、マリオンとして機能することで360度全面ガラスに囲まれた外観を実現している。

  • 仮設校舎立面図
  • Photo (C) Centre Pompidou, MNAM-CCI Bibliothèque Kandinsky, Dist. RMN-Grand Palais / Fonds Prouvé / distributed by AMF

各V字柱は薄鋼板(3ミリ厚)を折り曲げて製作し、その両端には、ガスケットを隠す外部押縁(アルミニウム押出成形材)が別部材として用意されており、室内側からボルトにて一体化することでガラスを固定する。装着されたガラスは上部を透明ガラス(FIX)、下部は網入りすりガラス(FIX)となっていた。両ガラス間は、《プルーヴェ自邸》のリビングルームのカーテンウォールで使われたディテールを流用し、水平方向にH型断面の横桟(アルミニウム押出成形材)でジョイントされている。これらのディテールは、いくつかの部品に分割されたファサード要素を任意の構成で取り付けることができるように考案されたもので、V字柱はH型断面の横桟同様、《自邸》のリビングルームで使われた柱/縦桟にも取り替え可能となっている。こうした単純なモノを多様に変化させる技術(ディテール)は、今後プルーヴェがデザインしていくことになるファサードデザインに繰り返し現れることとなる。

 

  • V字柱アクソメ図
  • ファサード要素アクソメ図

V字柱は外部に面して幅275ミリ開いており、奥の狭まった部分の幅を53ミリ、奥行きを141ミリのV型をした平面形状で、長辺方向と各隅部の部品は、端部の折り曲げ角度(70度と118度)を変えているだけで、北面と南面で長さの異なる同一部品である。短辺方向の部品は、屋根の曲率に応じて短く斜めに切断されただけで、こちらも長辺方向で使われている部品を加工して製作されている。これに軽量化も兼ねて200ミリ間隔で直径120ミリの円形穴が開けられたことで、換気用窓としての機能が付加されている。また、中央のくぼみとなる垂直に平らな部分には、蝶番機能付きプレート(アルミニウム押出成形材)が取り付けられており、リブ付きカバーパネル(アルミニウム押出成形材)がV字柱に開けられた穴をふさぐ開閉式の換気カバーとなる。端部には閉じた際に柱との隙間をなくすよう爪型断面のプラスチック製アタッチメントも取り付けられている。また、V字柱に取り付けられたアルミ型材の蝶番部材を固定するボルトを利用して、室内側に棚や、木板の目隠しパネルなどをアタッチメントできるようにもなっていた。可動する機構、そして、ひとつの部品に複数の機能を重ねること、これらはプルーヴェデザインの真骨頂である。

  • V字柱及びベッキーユ支柱詳細図

教室の天井には40ミリ厚の「ルソー木板(Panneaux “Rousseau”: 仏)」と呼ばれる規格化された長物積層圧着木板が使用されている。その上に木質繊維板(Isorel mou: 仏, Beaver board: 英)を被せることで遮音性と断熱性を確保し、屋根上端はアルミシートで覆われている。木板同士の接合部は目立たず、滑らかである。建物の日射要件を考慮し、南面に対しては庇として約1メートルの張出しを確保しており、教室に必要な日陰にも考慮している。教室の天井高さは約3メートル程度確保されており、東側端部の教室に限っては、三方向ガラスで囲まれた教室となるはずで、日中の室内照度に関しては照明器具が必要ないくらい、明るかったに違いない。

教室間の界壁は、薄い木板でサンドイッチされたパーティクルボード(Linex Panneaux: 仏, Flax chipboard: 英)を二重にして、防音性能を高めている。教室とギャラリーの界壁には、防火性能を確保するため屋根と同様に40ミリ厚のルソー木板が使用されている。どちらの壁パネルも、木板同士の接合であるため縦枠が省略されており、ボルトにて天井面と床面を固定するだけで自立する。両端部では構造フレームに設けられた隙間に面材を嵌み込む乾式ディテールが施されており、異なる素材の干渉部にも隙間が生じないように工夫されている。これに対して直交するかたちでベッキーユの間に配置された棚が教室と廊下の界壁となっており、棚下部には同様にルソー木板が、棚上部と天井の間にはパネル化されたスライド式ガラス窓がそれぞれ仕込まれている。

  • © Photo : Lucien Hervé, Paris

プルーヴェの窓と共存するストラクチャー:ベッキーユの構造システム その1

屋根を支える「ベッキーユ」は支柱部材と梁部材で構成される。ベッキーユの支柱部材は、芯材として向かい合う二つの溝型鋼(2C-100×50)に対して、U字形に折り曲げられた二枚の薄鋼板(3ミリ厚)でサンドイッチするように柱形を形成する。水平部材となる梁部材も同様に、U字形に折り曲げられた薄鋼板(3ミリ厚)が柱部材を挟み込むようにして交差部の各隅4点でボルト固定され一体化される。一見するとピンジョイントのようであるが、これはボルト間距離を考慮した柱と梁の接合部を半剛接とするデザインである。これにより運搬性が向上し、現場での溶接も省略されたベッキーユが、両方向にキャンティレバーの梁を有することになる。全ての部材、部品を工場生産し、現場で組み立てることがデザインの基本にあった、プルーヴェらしい乾式工法のディテールである。

  • Photo (C) Centre Pompidou, MNAM-CCI Bibliothèque Kandinsky, Dist. RMN-Grand Palais / Fonds Prouvé / distributed by AMF

ベッキーユの構造システムで最も特徴的なポイントは、ベッキーユそれ自体が非対称でありながら、1本のボルトによって固定されたピン柱脚であること。言い換えれば、ベッキーユ単体では自立しないのである。ベッキーユを力学的に考察すれば、その意図は非対称(アンバランス)な断面形態とすることで、ベッキーユの後方(北面)に置かれたV字柱に引張り力を発生させて、ヤジロベエのごとく、バランスしながら自立させることである。つまり、後方(北面)V字柱は屋根の荷重を支えているのではなく、ベッキーユのみを支えていることになるのである。この構造システムを正しく理解するならば、ベッキーユとは杖型の架構単体では成立しておらず、その後方に配置されたテンション材と「対」の構造架構であると言わなければならない。

屋根は《プルーヴェ自邸》と類似した仕様で、40ミリ厚のルソー木板が長さ9,500ミリ、幅875ミリでユニット化されている。《自邸》では木板上部に角材を這わせ、ボルトにて連結していたが、ここでは長手方向木板側面にサネ加工を施すのみで、木板同士を隙間なく連結させている。短辺方向にみられる凸状の屋根形状は、ベッキーユの中央部でルソー木板を面外へ押し出すように「接する」だけで形成される。ベッキーユの中心から前方(南面)のV字柱までのスパンは約6.6メートルであるが、ベッキーユから長く伸びたキャンティレバーの梁により、そのスパンが短く分割されている。通常、ルソー木板のみで屋根を支えているスパン3.5メートルの間には、耐風要素となる繋ぎ梁を必要とするが、そのスパンは《プルーヴェ自邸》とほぼ同じであったために、《自邸》同様、短手方向に繋げる構造部品は省略され、ルソー木板の面外応力により風圧力をベッキーユへ伝達する設計となっている。長辺方向に対しては両端のV字柱(1C-100×50)と、ベッキーユ(1C-80×45)を溝型鋼により連ねていくことで、ラーメン架構のような剛性を保つよう設計されている。

  • Photo (C) Centre Pompidou, MNAM-CCI Bibliothèque Kandinsky, Dist. RMN-Grand Palais / Fonds Prouvé / distributed by AMF

設計当初ベッキーユは、《自邸》で採用されたストラクチャーのひとつ、収納棚の中にある壁フレームに近似していた。幅600ミリ程度の箱型断面はそれ自体で自立する架構であり、上端を斜めにすることで凸状の屋根形状も実現可能である。前方(南面)の斜めに傾いたV字柱は、垂直な柱として設計されており、当然ながら全てのV字柱は屋根荷重を支えるため、圧縮方向の軸力を負担することになっていた。これであれば建て方も幾分楽であったに違いない。事実、斜めに傾けたことにより、建設時にはフレームが不安定になり、さらにルソー木板の自重もあることから、施工には移動式のリフティングビームが使われている。このため、各部品の重さを人力で運搬、組み立てできるように配慮してきたプルーヴェの思想とは異なり、完全な人力のみでの施工とはなっていない。そうまでしてV字柱を斜めに傾けたのは、なぜか。これもまた力学的理由であると考えられる。庇として約1メートルのハネ出しを必須とすれば、V字柱を垂直に建てた場合は、斜めに傾けた場合に比べてルソー木板の最高スパンが約500ミリ程度長くなる。同時に、ルソー木板の長さも9.5メートルから約10メートルへ微増するわけで、これにより屋根の変形は増大する。結果、ベッキーユが南面に、より倒れ込んでいくこととなり自重による短辺方向の層間変位が増大するのである。前方(南面)V字柱を1/4スパン分だけ室内側に傾けているのは、床面積を変えずに建物の安全性を向上させる力学的アプローチによるデザインである。こうしたことを踏まえて再度断面図を見比べれば、重力に対して遊び心のあるストラクチャーへの試みは、土地に痕跡を残さない建築を好むプルーヴェらしい、構築的なデザインアプローチであると言えるだろう。

  • 仮設校舎初期案および実施案断面図
  • 仮設校舎屋根及び建物変形図

《ヴィルジュイフの仮説小学校》、その後

《ヴィルジュイフの仮設小学校》は建設されてから3年後の1959年に解体され、しばらく学校敷地内にて保管されていた。しかし、ヴィルジュイフ市が再利用計画を中止したため、1967 年に1教室当たり2,500フランで売りに出されることとなる。プルーヴェの元で《ピエール神父の生活向上住宅(Maison des Jours Meilleurs: 仏)》の設計に携わっていたモーリス・シルヴィ(Maurice Silvy: 仏)は、そのことを知り、自身の建築事務所を建設するためにパリ近郊のマッシィ、パストゥール通り(Rue du Pasteur, Massy: 仏)の土地に、3つのモジュール(教室3部屋分)、 約230平方メートルの部品を購入し、再建している。また、ベッキーユのみ追加で別途購入し、パリにある装飾美術館(Musée des Arts Décoratifs: 仏)に寄付したことで、翌年プルーヴェの展覧会が開催された。残った教室群は、ブルターニュ地方のキブロン(Quiberon: 仏)へ売却されており、そのうち2つのモジュール(教室2部屋分)は私立学校に譲渡され、3つのモジュール(教室3部屋分)は仮説の礼拝堂として再建された。残念ながら歴史的建造物として認定されることはなかったが、それらの一部は現在、パリ市近代美術館(Musée d’art Moderne de Paris: 仏)のコレクションとして、ポンピドゥー・センターにも保管されている。

 

 

 

 

参考文献
Ecole A Villejuif Près De Paris, L’Architecture d’Aujourd’hui, No.72, 1957
Peter Sulzer, Jean Prouvé: Complete Works: Volume 4: 1954–1984, Birkhäuser, 2008
Laurence and Patrick Seguin(eds.), Jean Prouvé vol.10: École Provisoire Villejuif Temporary School, Galerie Patrick Seguin, 2016
ブルーノ・ライシュリン他監修『ジャン・プルーヴェ』TOTO出版、2004
『構築の人、ジャン・プルーヴェ』みすず出版、早間玲子訳、2020
「アクソメで見るジャン・プルーヴェ」『ディテール』no.162、彰国社、2004
横尾真、小林俊雅、石田潤、岩岡竜夫「ジャン・プルーヴェ研究 その1 特許(パテント)と建築作品の関係」『日本建築学会大会(東海)学術講演梗概集F-2:建築歴史・意匠』日本建築学会、2001、pp.609-610

Top image: © Photo : Lucien Hervé, Paris

横尾真/Shin Yokoo

構造家、1975年生まれ。東海大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了後、池田昌弘建築研究所を経て2004年にOUVI設立。2016年東京理科大学大学院理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。2017-2019年、ベオグラード大学特別講師(2017年度文化庁在外研修制度1年研修生)。2020年よりシンガポール国立大学客員上級研究員、2022年より上級講師。2022年より東京理科大学客員准教授。おもな構造設計作品に、アトリエ・アンド・アイ岩岡竜夫研究室+MORIIS ATELIER設計の「松本三の丸スクエア」(2023)、ICU設計の「MNH」(2023)、SNARKとの協働「中郷の家」(2021)、atelier nishikata設計の「4 episodes」(2014)、POINTとの協働「ジュッカイエ」(2009)など。おもな論文に、「E.ボーデュアン、M.ロッズ、J.プルーヴェによる「クリシー人民の家」の意匠的特徴について」(『日本建築学会技術報告集』2015年6月)、「「ビュックの飛行クラブハウス」にみられる建物の特徴と構成部品の関係」(『日本建築学会計画系論文集』2015年6月)、「「ヴァカンス用住宅 B.L.P.S. 」にみられる建物の特徴と構成部品の関係」(『日本建築学会計画系論文集』2017年9月)など。

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