WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓からのぞく現代台湾

第9回  風の吹く県庁舎
象設計集団《宜蘭県庁舎》編

田熊隆樹

31 Oct 2023

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Taiwan

この連載では台湾の無名の建築の窓を主に紹介してきたが、やはりいくつか紹介したい近現代建築もある。僕の家のすぐ近くにある、象設計集団(以下、象)によって1997年につくられた《宜蘭県庁舎》はそのひとつだ。学生時代に本で写真は見たことがあったけれど、宜蘭に来てからその実態を知った。僕は事務所で宜蘭県の公共プロジェクトに多く携わっているため、自ずとこの建物の中で会議やプレゼンなどを行う機会も多い。そうやって6年くらい「使った」上で、この建築は名建築だと思う。

そもそも象設計集団が台湾、それも宜蘭という地方にやってきたのは、《冬山河親水公園》(1994)をきっかけにしている。吉阪隆正研究室出身のランドスケープ・アーキテクトである郭中端さんの紹介により、象がこの台湾で初めての親水公園を設計することになったらしい。その仕事と彼らの設計姿勢は多くの人に受け入れられたのだろう、後に象はまだ田舎だった宜蘭の新しい県庁舎を依頼されることになった。

26年経った今でも、この建物には朝から晩までたくさんの人が出入りしている。そして大事なことは、それがとても快適で、現代の台湾人の働き方、暮らし方にピッタリと合っているということである。

  • 象設計集団《宜蘭県庁舎》(1997)の緑化された屋上。自由に登って来ることができる。右上に見える建物も象によって作られた議場
  • 廊下のベンチで昼寝するおばさん

この建物にはこれといった外観がなく、捉えどころがない。写真を撮ろうとしても部分しか撮れないくらい大きいし、すべての面が違う表情をしていて、ほんの一部分しか見渡せないようになっている。それがここをひとつの完結した「建物」というより、開かれた「場所」のように感じる理由だろうか。

入口に入ると出迎えてくれる平面図。円弧状に伸びる廊下(その中心はこの県庁舎一帯の中庭になっている)も、すべてを見渡せないことによって奥行きを与えている。驚くのはこの建物、廊下を含め動線がほぼすべて半外部になっていることだ。そしてその廊下に、役人も市民も、数多くある出入口から一日中出入りが可能なのである。日差しを遮る屋根はしっかりとあり、それがつくり出す暗い(時に暗すぎるほどの)空間を、人と一緒に風も通り抜けていく。蛍光灯で白く明るく照らされたような空間は、ここにはほとんどない。具体的に言えば、この建物を使っていると、今何時かという検討が大体つくのだ。

廊下の端の方には大きな生態池があり、風はここを通ることで冷やされる。イスラム建築の知恵のようだが、これが相当に涼しい。僕はここで、真夏でも快適な廊下がつくれることに感動した。それは台湾でよく見るガジュマルの木の下のような暗さと風通し、あるいはチーロウにも似ている。

  • 平面図。入口がたくさんあり、円弧上の廊下が伸びる。真ん中がホールで、青い部分は生態池。

池だけではなく、なぜかこの建物にはイスラム建築のモチーフが多く使われている。廊下沿いには様々なアーチが並び、ピンク色の格子で円を切り取った窓は、強い日差しを受けて深い陰影をつくる、台湾版マシュラビーヤとでも言えよう。太陽光を和らげ目隠し効果もあるイスラム建築の工夫であるマシュラビーヤは、実は中華圏をはじめ世界各地で見られるものだ(日本の格子窓もそれと繋がっているのかもしれない)。台湾の伝統建築では木彫りの格子戸が多くつくられているが、これはよく見ると、ピンク色の研ぎ出し仕上げ(台湾では磨石子(モーシーズ)と言う)でつくられている。この左官技術は台湾建築を語る上では欠かせない技術で、特に道教の寺に使われるその仕上げは、とても美しいものだ。いずれこれについても書いてみたいと思っている。

格子窓は他に卍型のものもあり、どれも半外部空間だからこそできる光と風の楽しみ方である。沖縄の《名護市庁舎》(1981)で象が多用したコンクリートブロックによる影のつくり方が、ここでは造形的にも大きく進化しているように見える。

一方で廊下や外部に面していない部分は、天窓から光を取り入れている。ある天窓下の空間は真っ青に塗られ、この一角では世界は青く染まっている。そこに「労働行政科」という看板が掲げられていて、ここが庁舎の中だということを思い出す。天窓はガラスのない穴であり、熱気はここから抜け、雨も入ってくる。色のせいもあり、ひんやりとしたまた違う空間だ。

この場所ではたくさんの人やその活動を見ることができる。公務員の人たち、県民、郵便局に来た人、カフェに来た人、涼みに来たと思われる人、昼寝している人(ちなみに台湾人は小学校の頃から学校で昼寝を強制されるらしく、働く大人たちにとっても昼寝は欠かせない)。いったいいくつあるのかわからない出入口から自由に人が入って来られる県庁舎の姿は、台湾の行政と市民の近さを表しているようにも見える。多くの部屋は木製のガラス戸で中の様子がわかり、会議は文字通り透明に、風通し良く行われる。行こうと思えば県知事室のすぐ手前まで歩いていくことだってできてしまう。「建築的公園化/建築的親民化/建築的土着化」という元県知事・陳定南さんによる建設時のコンセプトは、驚くほど明快に物体として立ち上がっている。

僕の場合、家からすぐ近いこともあって、時々出勤前にこの建物のカフェに犬を連れて、朝ごはんを食べに行く。この県庁舎は人間だけでなく、動物にだって開かれているのだ。深い軒の下のテラス席で、早めに出勤してくる公務員の皆さんを眺めながら朝を楽しむのも気持ちがいい。カフェのお姉さんは仕事をテキパキこなしながら大声で楽しそうに話している。角の席ではスーツを着た人たちが仕事の話をしている。窓が様々な形をとるように、ここは人々もフラットに、同時に存在できるような場所になっている。そしてそういう人々の在り方が、僕は現代の台湾をよく表していると思う。

第10回へ続く)

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma

1992年東京生まれ。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。大学院休学中に中国からイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する(エッセイ「窓からのぞくアジアの旅」として窓研究所ウェブサイトで連載)。2017年より台湾・宜蘭(イーラン)の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。2018年ユニオン造形文化財団在外研修、2019年文化庁新進芸術家海外研修制度採用。一年の半分以上が雨の宜蘭を中心に、公園や文化施設、駐車場やバスターミナルなど様々な公共建築を設計する。

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