金野千恵(建築家)
「窓からみた健康へと向かう建築」
26 May 2023
- Keywords
- Architecture
- Health
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公益財団法人窓研究所は、当財団が関係した研究の成果を共有するため、2022年4月23日(土)に「WRI session 研究報告会2022」をオンラインで開催し、その第二部では「疫病と窓」をテーマにした4名の研究者・建築家による研究成果報告を配信しました。本記事は登壇者のひとりである金野千恵氏(建築家)の講演内容を再構成したものです。
コロナ禍以降、施設の利用中止や休館のお知らせが増えた時期がありました。そのなかで建築が自分たちの手を離れ、扱いづらい存在になっているという実感があり、だからこそ今まさに、建築を信頼してもらえる存在として再構築しなければいけないのだと感じています。一方で、公園や屋外空間のようなところに行くと人々が比較的安心して楽しんでいるという風景があって、屋外空間と室内のあいだにあるような中間領域のような場所や、窓辺で安心して健康に過ごせるということが、私たち建築家がこれから考えていくべき課題ではないかと感じています。
ここでご紹介したいのが、19世紀に活躍した看護師のナイチンゲールが書いている本です。これは『看護覚え書』という、看護に関する指南書なのですが、実はそのなかにはすごく建築的な課題や、いかに環境を整えるかというテーマに関する記述がたくさんあります。19世紀、感染症や飢餓の広がる社会において医療の環境改革を図ったナイチンゲールは、住居の健康を守るための5つの基本的な要点として「清浄な空気・清浄な水・効果的な排水、・清潔・陽光」を挙げ 、健康と空間の関係性に着目しました。
その後、科学技術の発展とともに規準や制度が整備され、健康を維持するための一定の住まいの水準がかたちづくられてきたと言えますが、“健康”とは時代や環境に即して変化するものです。現代を生きる私たち自身の健康のあり方について再考すべきときを迎えているのではないでしょうか。
これから健康と建築を考えていくにあたり、まず現代における健康について整理しました。現状、様々な機関が健康に関する指針を発表しています。今回はWHOや厚生労働省が示す健康の定義やその総合的指針、高齢者や子供の健康へ向けて設けられた指針、さらにコロナ以降、新たな健康問題として浮上した健康二次被害への対策をまとめた資料を参照しました。ここではそれぞれの資料から健康への指針を示す部分を抜粋し、特に重要なキーワードを抽出し、分類しています。
例えばWHOだと、健康とは病気でないとか弱っていないということではなく、体力的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあるとされています。ふたつ目の『健康日本21』にも、例えば適正体重を維持することや共食(共に食べること)、十分に運動すること、生活のリズムを身に付けることが書かれていたりします。コロナ以後の提言のなかでも、運動と正しい食事、睡眠、人との関わりをもつというようなことが健康の定義として挙げられています。
私たちはそこから現代における健康要素として、体を動かすこと(遊び・運動)、適切な量と質の食事(食・共食)、十分に心身を休めること(睡眠・休養)、身の回りを清潔に保つこと(清潔・排泄)、人と関わること(趣味・人との関わり)を見出しました。
現代の健康に関する定義では、食や睡眠などに関して習慣やリズム付けをしましょうという、時間の概念を含むような文言がすごく多く見られました。加えて「肉体的にも、精神的にも、社会的にも、満たされた状態」という定量化できない概念を健康の要素としてまとめることができました。
私たちの今ある、向き合っている暮らしを見つめ直し、どのようにすれば今後を考えていけるのかということで、朝から晩までの暮らしが営まれている場に着目し、そこで内外の境界である窓や中間的な領域に“健康的な環境”を見出してみようと考えました。実は私たち設計者は、設計した後にどのように使われているか、どのように生活が営まれているかということをなかなか確認できないので、これをいい機会だと考えました。また、使用することを諦めて休館する施設も多くある中で、日常的な生活を繰り返すことが必要不可欠なふたつの物件、保育園と高齢者施設に着目し、窓まわりに見られる健康的な活動『健康窓シーン』を捉えていくことにしました。
その方法として、保育園と高齢者施設を研究の対象として、まず、カメラを定点で設置させていただきました。5~6個のカメラで、秋・冬でそれぞれ1週間ずつ、7時から22時の間で5秒ごとに撮影するというオートの設定で撮影をしました。さらに、何をやっているのか分からない部分や不思議な光景に関しては施設利用者や職員へのヒアリングを行い、撮影とヒアリングで認められた健康窓シーンを抽出、分析しました。
研究対象は我々が設計した高齢者施設と保育園で、千葉県八街市の小規模多機能型居宅介護施設「なっつらぼ」と、神奈川県厚木市の認可保育園と放課後等デイサービス施設「カミヤト凸凹保育園」です。なっつらぼは周囲を畑で囲まれた木造平屋で、通い18名、宿泊9名、登録定員29名です。カミヤト凸凹保育園は住宅地に立つ鉄骨平屋で、認可保育園は90名、放課後等デイサービスは10名の定員です。
それぞれの物件についてもう少しご説明します。なっつらぼは前面道路側に三角形の土間広場を持ち、その奥に居間食堂と宿泊室、水回りなどがあります。居間食堂は天井が高くなっており、四周に開いた高窓から建物全体の換気と採光を確保しています。
この建物では、宿泊室の掃き出し窓と居間食堂の高窓、土間の掃出し連窓を観察します。
カミヤト凸凹保育園は園庭を囲む廊を幹とし、保育室棟や事務等が隙間を開けて風車状に並びます。この建物から、遊戯室の掃出し連窓、ほふく室の掃出し連窓、2歳室の掃出し連窓、調理室の腰窓、5歳室の掃出し連窓を観察します。
これら8つの窓から、32の健康窓シーンを抽出しました。私たち設計者も普段じっと見ていられるわけではないので、こうやって観察することで、改めて使われ方やシーンを発見する機会になりました。例としていくつかご紹介します。
まずは、やはり窓の基本性能が生かされている使い方です。これは布団を取り換える際、利用者さんがいない時間に窓を開放することで空気を入れ替え、埃を屋外へ逃し、眠りのため環境整備を行っているシーンです。
街路に面するなっつらぼの土間は、柱と窓サッシによって、日時計のように影が動いていくような場所になっています。
凸凹保育園のほふく室は、1歳以下の子供が過ごす場所なので、ほとんど自分で窓を開けられません。ですので先生によって開閉がなされていますが、ガラス窓があることで、守られた状況でお兄ちゃんたちの活動をずっと見ているというような子がほぼ毎日いるような窓になっています。
これらに加えて、生活の営みが分かりやすく出ている窓がありました。これは保育園の5歳児さんの窓ですが、みんなで安心してご飯を食べられるよう、窓を開け放ち換気しています。さらに廊では、直射光とポリカーボネートの屋根で拡散した光が明暗のムラをつくり、こどもたちはお気に入りの場所を見つけ、距離をとりながらご飯を食べます。こういった複数の窓による異なる光環境の中で、安心できるからこそ共にご飯を食べられるという環境がつくられていると思います。
これは、なっつらぼのシルバーの天井が夕日の時間にオレンジ色に染まっているシーンです。スタッフさんのお話だと、このように天井が時間を知らせるので、利用者さんが「おなかが空いた」と言うようになってきたそうです。やはりそうやってリズムを感じさせるということはすごく重要になっているとお聞きしました。
これは「遊び・運動の窓」というふうにタイトルを付けていますが、扉を1枚だけ開けることで、子どもたちが通路的な場所を見いだしています。走り回る時間はわざとこのような開け方をして遊びをつくっています。
これは2歳児さんの保育園ですが、除菌のために家具を外に出したりします。窓のすぐ先に家具を出しますが、それと部屋の室内を使って伸びをしている子がいます。このような、家具と部屋の間で遊具的な遊びを見いだす、発見するというようなことも見受けられました。
「睡眠・休養」はどちらの施設にもとても重要です。これは凸凹保育園の2つのシーンで、眠りに入るときの環境のつくり方です。カーテンを少し閉めて、カーテンの光と、少しドアを開けた鋭い光を入れて、なるべく暗くして入眠させようとしています。それに比して右側は起こそうとしている時間です。カーテンを開けて、扉を開けて思い切り風を入れ、保育士さんたちは時間と日差しと風の調整をしながら睡眠のリズムをつくっています。絞った光や抜ける空気で子どもたちを入眠させて、逆に、時間が来ると、広がった光や、より多く抜ける空気、響く音のようなことを感じさせて目覚めを感じさせるということです。
これは人と関わるとか一緒に共同作業をするというシーンですが、高窓から見える空が綺麗な青で、このような日はみんなで洗濯物を干しているそうです。逆に、青空が見えないとスタッフさんが干してしまうそうですが。そうやって、このような日には清潔な行為をしようということを共有していく窓に包まれた空間になっています。
こうした健康窓シーンを抽出して比較をしながら、今日は私たちのなかで結論を4つにまとめています。
1つ目が、『太陽と重なるリズムのなかで、暮らしの営みと紐づく環境をつくる窓シーン』です。2番の居間食堂の高窓は多方向に向いており、空の移ろいを介して1日のリズムを伝えます。3番の街路に面した土間の掃出し連窓は最初にご紹介した日時計の窓なので、分かりやすくリズムをつくっている環境になっているかと思います。ここでは、外のリズムに呼応した健康窓シーンが展開しています。窓がつくる環境が、暮らしの営みと紐づく、規則正しい暮らしのリズムを助けています。
2つ目が、『環境を微調整するスキルを養う窓シーン』です。このような人の手による調整のスキルは、同じ窓で展開される異なる健康窓シーンを比較することで見えてきます。凸凹保育園では先生が窓を開閉したりカーテンや網戸といった設えを活用することで子供達のために細やかに環境を調整しています。
3つ目が、『環境の変化を楽しみながら、あそびを発見する窓シーン』です。遊びや運動を見いだすという環境をいかにつくるかということはとても大切で、日なたぼっこの中でお着替えをしたりとか、運動のきっかけをつかんでいくというようなシーンがここでは見られました。
そして最後が、『愉しみを共有する窓シーン』です。必ずしも一緒に何かするということだけではなくて、そこに安心して一緒にいられるような空間をつくる、共にそれぞれが自立しながらも愉しめる空間を共有するというシーンがあったと思います。「ただ一緒に安心していられる」という環境が今、とても重要だと感じています。こうした愉しみを共有するという特徴は、どうすればつくっていけるのか、今後も考えたいと思っています。
以上、健康窓シーンを抽出し、それらがどのように健康に寄与しているかを見てきました。
今回の研究では、こうしたパンデミックの最中にも、切実に、建築の使用を必要としている人たちである保育園、高齢者施設において、その環境を如何に実践しているかを窓周りに着目し、健康的な窓シーンとして読み取りました。これからの健康へ向かう窓には、換気・採光・眺望の基本的な性能だけでなく、先に挙げたような4つの特徴をその可能性として念頭におき、設計していくことが重要だと考えています。
金野千恵/Chie Konno
神奈川県生まれ。2005年、東京工業大学工学部建築学科卒業。2005-06年、スイス連邦工科大学奨学生。2011年、東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。2011年より神戸芸術工科大学助手。2015年、一級建築士事務所tecoを設立。2018年より東京藝術大学非常勤講師、2021年より京都工芸繊維大学 特任准教授に就任。住宅や福祉施設の設計、まちづくり、アートインスタレーションを手がけるなかで、仕組みや制度を横断する空間づくりを試みている。主な作品に住宅『向陽ロッジアハウス』(平成24年東京建築士会住宅建築賞金賞、2014年日本建築学会作品選奨 新人賞ほか)、高齢者幼児複合施設『幼・老・食の堂』(SDレビュー2016 鹿島賞)、ヴェネチア ビエンナーレ建築展2016 日本館 会場デザイン(特別表彰 受賞)、『カミヤト凸凹保育園』など。主な著書に『WindowScape窓のふるまい学』(2010、フィルムアート社、共著)。