WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載シンポジウム『THE SAGA OF CONTINUOUS ARCHITECTURE 連続的建築は、これからも連続するか?』

窓は哲学的な問題である

ジェフリー・キプニス(建築批評家) × 小渕祐介 (東京大学准教授)

02 Nov 2016

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Architecture
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Interviews

小渕祐介氏による連続インタビューの最終回は、ハーバード大学、クーパー・ユニオンの教授であり、世界的な建築批評家であるジェフリー・キプニス氏。窓は、絶えず変化、展開し、また作用するものである。刻々と更新されていく建築の歴史の中で、キプニス氏が描く、これからの窓のすがたとは。

小渕祐介 (以下:小渕)  プリンストン大学で、窓についての授業をされていましたよね。どんなことを問題にしていたのでしょうか。

ジェフリー・キプニス (以下:キプニス)  窓の建築的効果を考えることは、日常的な建物の効果を説明することとは別の問題です。世の中に様々な窓が存在するのは、建築的効果が、採光、換気、眺望といった機能性とはまったく別のものだからです。あらゆる建築家が、採光、換気、眺望などの機能的な利点以外の理由で窓をデザインしています。もちろん建築家は景色を取り込むこともしますが、映り込みを変化させるなどの様々な工夫を行い、建物の機能的なレベルではなく、実存的あるいは哲学的レベルで窓を作用させようとしています。ゴシックの聖堂に行ったことはありますか? なぜゴシック聖堂のドアはあんなに大きいのだと思いますか?

小渕 神聖さを表現するためでしょうか?

キプニス そうではありません。それは、あなたが解釈したような意味を表現するものではなく、フィーリングを生み出すものです。その巨大なドアを通るとき、あなたは日常世界から抜け出し、小さくなって神の世界へ入っていくと感じるでしょう。このような巨大なドアや窓、例えばパラディアン・ウィンドウなどの効果は、採光、換気、眺望、あるいは出入りといった機能性とは関係がないのです。

それらは、建築が深く作用する方法に関するものであり、だからこそ建築家は、そのように思考するために学ぶことを知らなければなりません。その学び方は、「窓とは何か」というように定義を考えることではありません。自分自身の心に戻り、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエ、アンドレア・パッラーディオなどの有名な窓について考えてみるといいでしょう。すると、それらの多様さについて考えることになるはずです。そうすると専門家になれるのです。

窓の建築的作用を、いつ、どこから見るべきかということも、決まっているわけではありません。外から見られるべきか、中からか、それとも両側からか。それは建築家によって違うでしょう。窓は、建築的に互いに異なるものとして作用し続けるというだけでなく、それ自体が変化するものでもあります。それは絶えず変化し、展開しています。同じ建物の同じ窓が、その作用によって、新たに建築が付け加えられたかのように変化します。

窓だけの問題ではありません。素材の魅惑的なパフォーマンスに関する専門知識を必要とするあらゆるデザイン領域について言えることです。

小渕 機能性を否定しているのではないわけですね。

キプニス 否定していません。それは重要なものです。

小渕 しかし、機能の話で終わっては困ると。

キプニス そうです。機能性は、マジックを可能にするものです。

小渕 デジタルテクノロジーは、窓をイメージすることにどんな影響を与えると思いますか?

キプニス デジタルテクノロジーは、複雑な形状を容易にしてくれますね。グレッグ・リンの《エンブリオロジカル・ハウス》(1997-2002)のように。このような複雑な形状に採光のための孔をどう開けるかは、大きなデザイン的問題でした。それを理解することにさえ15年はかかっているでしょう。何か新しい形を発見したとき、それに古い窓をうまく付けることは難しい問題になります。質問に戻ると、デジタルテクノロジーは、孔の開け方を見つけたけれど、ガラスの嵌め方をまだ見つけられていないので、窓の問題を解決できていないと言えますね。

  • Embryological House ©Greg Lynn FORM
  • Embryological House ©Greg Lynn FORM

建築は指示を書き出します。それは既に使われている道具に対しての指示でなければなりません。一方、作曲家は音楽を書き出せないし、楽器をいつも発明できるわけでもない。つまり、単に家を建てることと専門技能の間には大きな違いがあるのです。誰でも家を注文することができます。すると建築家は、スペックに応じて棚から材料を買うわけです。しかし、もし何でもかんでも注文をつけられたとしたら、それは建築にならないでしょう。ここに問題があります。つまり、今や建築は、専門家によって個性化されることを求められず、生産過程においてカスタマイズ可能であることが求められています。

小渕 エンブリオロジカル・ハウスでは、デジタルテクノロジーが重大な変化を引き起こしていたということでしょうか? 問題を拡大し、建築の困難を浮かび上がらせるような?

キプニス あなたの世代はラッキーな世代です。伝統的なトレーニングを受けてからデジタルに進んでいるので、デジタルもアナログもどちらも使うことができます。現状が間違っているというわけではありません。昔に戻れと言いたいのではないのですが、あなたが今と違う昔の方法を知っていて、あなたの競争者がそれを知らないとしたら、あなたは圧倒的優位を得ているはずだということです。というのは、あなたは立ち止まってこう言うことができるわけです。「いいですか? 私はこのプランを単に分離しようとしているのではありません。それぞれの部分を考慮した後、それらが統合的に働くようにプランを描こうとしているのです」。

繰り返しますが、今起こっていることが間違っているということではありません。それに文句を言いたいわけでもありません。私が言いたいことは、完全に異質な知性、完全に異質な建築的思考が生まれつつあるということです。今の人たちは、新旧の両方を知っているという利点を持っていますが、その状態がいつまでも続くわけではないでしょう。

すぐに、世界中の誰もが、オブジェクトベースでデザインを行うようになり、そのような世界に住むようになり、それが建築の歴史になるでしょう。それが建築の未来です。デジタルテクノロジー、進化した素材、そして有限要素法によって、建築の環境はすっかり変わっています。研究領域としての建築は、まだ始まってから30年しか経っていないということです。5000年でも500年でもありません。たったの30年です。それが、建築がとてもエキサイティングな理由です。

小渕 新旧両方の方法を知っている私たちの世代には、それを伝える使命があるとも言えますね。

キプニス 建築がとても保守的である理由は、それが心理的に働くものだからです。もし窓をたくさん売ろうというなら、建築的に保守的である方がいいでしょうが、だからと言って、進化した窓の効果を考えてはいけないということではないですね。現段階でとりあえず言えることは、たとえば「キッチンの窓」を考えるとき、それを「単なる窓」と言うことはできなくなる、ということです。既に行われていることですが、ある目的を持った部屋という一般的な考え方にしたがって、その部屋に特化した窓がつくられます。しかし、そのような窓もフレキシビリティを持っていてほしいわけです。そのとき、それが様々に使えるということは、開発者によってではなく、建築家によって示されるはずだと思います。

 

ジェフリー・キプニス/Jeffrey Kipnis
教育者、建築理論家、評論家。オハイオ州立大学建築学部教授、ウェクスナー芸術センターの建築/デザインキュレーター。ハーバード大学、クーパー・ユニオン、コロンビア大学で教鞭を執る。AAスクール大学院デザインプログラムを設立、初代ディレクターを務める。オハイオ州コロンバスのウォーターガーデンプロジェクト、国立国会図書館関西館で、建築家ユニットのライザー+ウメモトと協働。2009年、アメリカ文学芸術アカデミーより建築アカデミー賞受賞。著作が『El Croquis』、『Architectural Design』、『Log』、『Harvard Design Magazine』の各誌で取り上げられる。

小渕祐介/Yusuke Obuchi
1969年 千葉県生まれ/1989~91年 トロント大学建築学科/1991~95年 Roto Architects/1997年 南カリフォルニア建築大学卒業/2002年 プリンストン大学大学院修士課程修了/2002~03年 RUR Architecture/2003~05年 AAスクールコースマスター/2005~11年 同スクールデザインリサーチラボディレクター/2013年 ハーバード大学Graduate School of Design講師/2012~13年プリンストン大学大学院客員准教授/2010~14年東京大学特任准教授/2015年~東京大学准教授
http://t-ads.org/
http://obuchi-lab.blogspot.jp/

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