WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 シンポジウム『THE SAGA OF CONTINUOUS ARCHITECTURE 連続的建築は、これからも連続するか?』

空間を生かすも殺すも窓次第

ヘルナン・ディアス・アロンソ(建築家)×小渕祐介(東京大学准教授)

11 Oct 2016

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Architecture
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南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)のディレクターであり建築家のヘルナン・ディアス・アロンソ氏。ガラスと窓の使い方を見れば、そこからさまざまな企業イメージを読み取ることができる――特徴的なサーフェスをもつ建築を数多く設計してきたアロンソ氏が独自に展開する、窓のもつ象徴的意味とは。

 

小渕祐介 (以下:小渕) 当然のことですが、デジタルテクノロジーは窓の技術的側面だけでなく、私たちの知覚的側面にも影響を及ぼしています。アロンソさんのプロジェクトは、ある意味で窓だけで構成されているともいえると思いますが、どう思いますか?

ヘルナン・ディアス・アロンソ (以下:ディアス・アロンソ) 私としては「窓」ではなく「孔」と言いたいところですが、そうですね、今日は「色付けられた窓」と考えてみましょう。

小渕 アロンソさんにとって、デザインにおける窓の役割とは何でしょう?

ディアス・アロンソ 窓を通して建築の形式言語の進化をたどることができます。ルネサンスから考えてみると、モダニズムにおいて初めて、窓は単なる孔ではなく、サーフェスをつくり出すものになりました。窓が、水平あるいは垂直のコンポジションの一部になったわけです。つまり、窓は非常に重要な要素になりました。1990年代以降、私たちは連続的サーフェスと形態のデジタル操作にこだわってきましたが、そこで気づいたことは、伝統的な窓では「中断」の概念が重要であったということです。しかし今や、窓は別のものになってきています。窓は、別の何かの流れのなかに埋め込まれるようになりました。

私は「泡」にとても興味を持っています。「泡」も一つの窓でしょう? 私のプロジェクトに多く見られる反射性の高いサーフェスでは、窓やガラスは平坦になっていくようです。

小渕 それも一つの窓の問題ですね。幾何学ではなく、それらが生み出す効果が気になる。

ディアス・アロンソ その通りです。私は窓の幾何学より、窓の効果に興味を持っています。

小渕 窓は、全体の幾何学の最小ユニットのように見えますが、集合すると、単なる寄せ集めではない何か別のものに変形しているように思われます。

ディアス・アロンソ そうですね。私は形の多泡性の理論に興味を持っているので、窓の変形は全体を統合する一つの言語だといえるでしょう。それは正しい見方だと思います。何か関係する論理がありますね。正直に言うと、ここ2年間くらい、ガラスと透明性が非常におもしろいと思っています。単に窓だけでなく、見えない形を生み出すようなガラスの「透明な容量」に興味があるのです。透明性と反射性によって、形は変化を始めます。たとえば、新しいカーテンウォールの可能性にも興味がありますが、カーテンウォールはもはやフラットである必要はないと思っています。窓の問題やガラスの問題を、どうやって一つの言語に統合できるか? 私はフラットな窓がほしいのではなく、窓をベールでカモフラージュしたいと思っています。たとえば、私はレイヤーが好きで、よく使います。

小渕 それはどこから現れるのでしょうか? その魅力は、元々の形自体とは異なるものでしょうか? 多重の視覚経験が生じるような形の物理的側面を探っているのでしょうか?

ディアス・アロンソ 内的な論理による場合もあれば、外的な力に対する反応のような場合もあると思います。多くの場合、人々はプロジェクトが形やアイコンなどのアイディアによって進められたと主張しますが、私が試みていることは、形を扱うもう一つの方法ではないかと思います。それは、ジョイントや外形によって分割される方法ではなく、球面上の効果によって分割される方法です。

  • TBA 2.0, 2011 ©XEFIROTARCH

もし、極度に正確で、定義された幾何学形態があったらどうなるか? もし、我々がそれを望まないとしたら? いろんな議論ができると思いますが、一つの考え方として、西洋世界の文化的実践としての建築はルネサンスに存在しているということができます。このことは日本やアジアの伝統とは根本的に異なっているかもしれませんが、私は西洋人なので、西洋世界について考えています。ここで言いたいのは、ルネサンス時代を通じた一つの欲望は、不完全さ、不完全なものの混合から、完全さに到達することだったということです。一方、現代にはコンピューターがあります。それは完全な方程式であり、完全な幾何学を扱えるわけです。つまり私が考えているのは、現代においては、完全さから不完全さを生み出す欲望も存在するのではないか、ということです。

小渕 なるほど。それはよく考えると、東洋的な見方のようでもありますね。

ディアス・アロンソ 何か教えのようなものがあるのでしょうか。たとえば「もっと不正確になろう」、「もっと曖昧にしよう」、「もっと不明瞭にしよう」とか。このような態度は、ある存在に対する反作用なのではないでしょうか?

私はファッションに興味があるのですが、日本のファッションは、コンセプト的にも技術的にも、世界でももっとも洗練されたものだと思います。いつも慣習を用いながら、それをひねっていますよね。たとえばジャケットならジャケットに見えるし、リュックも普通のリュックに見える。でも、それは空のリュックとしてデザインされていて、中にたくさん入れることができない。つまり変形されていて、異様なものですよね。それが私には魅力的なんです。これは、慣習を非慣習的に用いることによって、不完全さから洗練に至ることができる、というアイディアです。

電話で妻に鞄と靴を買ったことを話したとき、「正直1000万円持ってたら、全部買っちゃうよ」と冗談を言いました。それらが人に合うかどうかはわかりませんが、物としては素晴らしいものです。とてもおもしろい。それはデザインなのか? もし、汚くて不完全で歪んだガラスをつくったら、それは洗練されているといえるのか? 私がやりたいと思っていることは、デザイナーがハイエンドのファッションでやろうとしていることに近いのかもしれません。

小渕 現代の日本のファッションが伝統的な着物に由来しているという話を読んだことがあります。着物はとてもシンプルで、基本的にすべて同じサイズです。着物を着るときにしなければならないことは、体に巻きつけることと、長さを調節するために折ることです。折ることによって体に合わせるのです。先ほど話されていたような「形を崩す」ということではなく、適応させるということです。一方、西洋の服の起源の一つは軍服ですね。それらは標準化されて、正確に仕立てられるので、たとえば私がHUGO BOSSで買っても身体に合わないんです。私の体はヨーロッパの標準ではないので。

ディアス・アロンソ 合わないよね。残念だけど、私に日本のファッションも合わない。ところで、窓について話すんですよね。

窓の可能性とは何だろう? 窓だけで建物をつくったら何が起こるだろう? ガラスの上に金属のカバーがいっぱいレイヤーになっていたらどうだろう? 全体的に、ガラスを微調整することの重要性に関係してきますね。ある意味で、建築が進化しない一つの要因は、標準品をつくっている企業にあります。彼らは標準に頼りすぎている。日本でそれがどれほど重視されているかはわかりませんが、ヨーロッパやアメリカより、イノベーションの感覚や、標準から外れたものに対する評価が日本にはあるように見えます。

私がYKK APのような企業と対話をしていること自体が、その証拠でしょう。もしYKK APと共同でプロジェクトをするとしたら、カスタムでつくることになるでしょうね。

私が他に興味を持っているのは、生産業の未来、サービスの未来、創造性のある生産業におけるビジネスです。それはどのように働くのか? それに未来はあるのか? 生産の新しいメカニズムをそこに統合することができるのか?

小渕 他に、消えたり現れたりする幾何学のアイディアを探ることができるところはありますか? 窓の要素やサーフェスを取り扱うなかで、何が一番効果的だと思いますか? あるいはそれは、個人的な問題でしょうか?

  • Helsinki Library, 2012 ©XEFIROTARCH

ディアス・アロンソ いろんな読み方がありえますね。物は見た目ほど単純ではありません。私は、好奇心と遊び心を持って物と遊び、何が起こるのかを見たい。実用性に取り組まなければならないことも事実です。プロジェクトを発展させるためには、クライアントと具体的なプロジェクトを獲得しなければならない。コンペなら、ある程度までプロジェクトを発展させて送り、負けても先に進まなければならない。

普通の状態をずらすこと、部分を動かすことの可能性を探りたい。それは、私が学んだことでもあります。あるエレメントを選択し、異なる場所に置き直すこと、あるいはスケールを変えてみること。そうすると、超現実的な効果が生まれます。建築のエレメントを使って、どうやってリズムを生み出し、また中断するか。私は形に挑戦したいと思っていますが、窓の概念化に挑戦したいわけではありません。窓は窓です。窓と光は必要なものです。それはあなたの実家の窓と似ている必要はありません。

小渕 また技術的な質問ですが、窓からどうやって光を入れるかということについて、よく話していますよね。

ディアス・アロンソ 生かすも殺すも窓次第なんです。よい空間と悪い空間の違いは、窓によって決まるのです。高いホテルに泊まっても、窓が小さければ囚人のように感じるでしょう。いま泊まっているホテルの窓は素晴らしいですよ。高いところでは怖いので、床から天井までの窓はいらないでしょう。床から立ち上がる窓に白いフェンスのようなものが付いていれば、安心して外を見られます。窓は驚くべきものです。分割や反復をどうするかも重要です。美術館では窓はあまり重要ではありませんが、ホテルや住宅、タワーでは、極めて重要なものです。

ガラスをたくさん使えば、モダニズムの慣例では、明解さと透明さが表現されます。ガラスにも象徴性がありますね。それもおもしろい問題だと思いますが、私にとって魅力的なのは、窓とガラスの関係、それから反射の方式ですね。

小渕 コンピューターを使って現実的な反射性をどの程度正確に計算していますか? それとも、むしろ予期しない反射性が生まれることを期待していますか?

ディアス・アロンソ あまり重視していませんね。全体的なこと、形と反射の関係を気にしています。

小渕 反射は、まったく別の意味を生み出している?

ディアス・アロンソ そうです。コンピューターでは多くのことがコントロールできます。私は、コンピューターは現実とは違うものを生み出すという感覚を持っています。それも凄いことですね。あと、時間を経たガラスの劣化と透明性もおもしろい。歪みと突出をどうつくり出すかにも興味があります。カスタマイズが必要です。本物の窓もそうです。

窓には文化的にさまざまな濃淡と色がありますが、それらをどうミックスするかもおもしろいところだと思います。今や、私たちはグローバル化した文化にいます。東京のオフィスビルもサンパブロのオフィスビルとそんなに違いはないですが、少し古いプロジェクトでは窓のあり方とその意味は文化ごとに全く違っていました。

形だけでなく、深さの問題もあります。できることはいっぱいありますね。フランク・O・ゲーリーのような建築家にとっては標準が例外になりますが、私の場合はすべてが例外です。私は異様なものを生み出すために標準品を使うのです。

もう一つ窓のことで重要だと思うのは、どうやってプライベートとパブリックの空間を定義するかということですね。それらは私たちを分けると同時に、つなげるものでもある。現代では、パブリックとプライベートの間、その境界にずっと微妙で複雑な関係性が求められています。ある意味でiPhoneも窓だということもできるわけです。

  • PS1, 2005 ©XEFIROTARCH

考えてみると、テクノロジーの概念は、Windowsと、それに対するAppleの態度によって決められたわけです。文字通りMicrosoftによって。Microsoftがソフトウェアを持って現れたとき、彼らはそれをWindowsと名付けました。Windowsもコミュニケーションのメカニズムですね。ディスプレイ・ウィンドウのように。

私には、このようなことが魅力的です。実は、今日ここに来るまでは、窓についてどんな話ができるか心配だったんです。でも話し始めると、いろいろおもしろい可能性が思い浮かんできました。

小渕 確かに、伝統的には文化ごとに窓に表れるプライバシーの程度は異なりますね。反射性は、たとえば社会的階層性においても、おもしろい役目を果たすかもしれません。たとえば、輝きは富を表徴しているように思える。透明性、反射性、それから不透明性は、すべて同じガラスによる効果なわけです。

ディアス・アロンソ そうですね。透明から不透明に変わる眼鏡も参考になりますね。また新しい可能性がありそうだ。

小渕 たとえば、ある方向からは透明だけど、別の方向からは反射によって不透明になるようなものとか。

ディアス・アロンソ 窓のサーフェスも大切だと思っています。床に使う可能性もあります。サーフェスを少し湾曲させると、反射が変わる。透明性も変わる。そして歪みが発生する。カーブをもっとつけてガラスを二重にすると、万華鏡のようになる。透明なサーフェスとフレームの関係も問題ですね。私にとってフレームはいつも問題なんです。フレームは規定しすぎるんです。私は窓が大好きですが、フレームを予め決めなければならないということが大問題なんです。

小渕 おもしろいですね。それは建物を生き生きとさせる素晴らしい方法だと思います。カーブをつくると、特にその前を歩いたとき、異なる視覚効果が生まれる。まるでサーフェス自体が動いているかのように。

ディアス・アロンソ 社会と建築において、窓が示唆する意味があります。私は単純な理論を持っています。たぶん間違っていると思いますが、窓の意味は銀行から発生したと考えています。19世紀から1930年代までの銀行、あるいは寺院や教会のエントランスを見ると、それらは重たい石やレンガでつくられています。そこから読み取れるメッセージは「私たちは堅実です」というものでしょう。その後、銀行がガラス張りで透明になると、「私たちは透明で、ダイナミックで、近代的です」というメッセージになりました。今ではもう関係ありません。というのはATMになっていますから。

すべてがオンラインになって銀行が建物にお金を使わなくなると、もはやシンボリックな建物は建てられなくなりますね。私は、お金とオフィスは同じ論理に入っているような気がします。それはオフィスの有効な見方ではないでしょうか。角地のオフィス、ガラスのオフィス、窓のオフィスといった見方がありますね。

ガラスとカーテンウォールがどうやってお金のシンボルになったかということもおもしろい問題ですね。それは政治力のシンボルにはなりませんでした。あくまで経済力のシンボルです。政治力は、依然として重い石で表されている。ほとんどの政府の建物は重いですね。おもしろい考え方じゃないですか?

ガラスは透明性とお金とダイナミズムを表している。Apple Storeのように。スティーブ・ジョブズは、シームレスのガラスで店をつくることを望みました。なぜなら、それはシンプルでクリーンなイメージだからです。Apple StoreはAppleを象徴しているのです。彼らは巨大なガラスをメッセージとして使っているということです。歴史的に、窓は建築のシンボルになっています。それはアルファベットのように、社会、文化、建築家のサインを表しています。

小渕 企業のイメージがガラスと窓の使い方にどのように表れているかは、おもしろい研究になりそうですね。

ディアス・アロンソ 企業はみんなやっていますよ。ガラスは、洗練と物柔らかさを象徴しますから。

小渕 窓は、企業にとっても生と死を表す?

ディアス・アロンソ そう。空間を生かすも殺すも窓次第です。間違えれば空間を殺してしまうし、うまく使えば命を与えることができます。

小渕 今日は、窓についてとてもおもしろい話ができました。窓についてこんなに知的な議論ができるなんて、予想していませんでした。

ディアス・アロンソ そうですね。「靴について話しましょう」というのと似ていましたね。「靴について何を話せるだろう」と思うかもしれないけれど、話し始めてみたら、自分がずっと靴を買っていたことに気づいたという感じですね。

 

ヘルナン・ディアス・アロンソ/Hernan Diaz Alonso
南カリフォルニア建築大学 (SCI-Arc) のディレクターであり、ロサンゼルスを拠点とする建築事務所、Xefirotarch代表。2005年にMoMA PS1の若手建築家プログラム (YAP) のコンペティションで最優秀賞、2012年、アメリカ建築家協会 (AIA) よりエデュケーター・オブ・ザ・イヤー。Thyssen Bornamiza Pavilion/Museum (アルゼンチン) の設計で、2013年、AR+D Award for Emerging ArchitectureおよびProgressive Architecture Award受賞。建築デザインが、ロンドン建築ビエンナーレ、ヴェネチア建築ビエンナーレ、フランスのArchiLabで取り上げられる。また、作品がニューヨーク近代美術館 (MoMA)、サンフランシスコ近代美術館 (SFMOMA)、およびシカゴ美術館にて展示される。教育者として、イエール大学でのルイス・I・カーン客員助教授、コロンビア大学建築都市計画歴史保存学部 (GSAPP)デザインスタジオ教授、ウィーン応用芸術大学で建築デザインの教授を務める。
http://www.xefirotarch.com/

小渕祐介/Yusuke Obuchi
1969年 千葉県生まれ/1989~91年 トロント大学建築学科/1991~95年 Roto Architects/1997年 南カリフォルニア建築大学卒業/2002年 プリンストン大学大学院修士課程修了/2002~03年 RUR Architecture/2003~05年 AAスクールコースマスター/2005~11年 同スクールデザインリサーチラボディレクター/2013年 ハーバード大学 Graduate School of Design講師/2012~13年 プリンストン大学大学院客員准教授/2010~14年 東京大学特任准教授/2015年~ 東京大学准教授http://t-ads.org/
http://obuchi-lab.blogspot.jp/

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