WINDOW RESEARCH INSTITUTE

イベント 過去のイベント

トークイベント「Swiss Window Journeys – スイスの窓と建築」レポート
登壇:貝島桃代 × 金野千恵 × 髙濱史子 × 常山未央

柴田直美(編集者)

22 JUN, 2024

Keywords
Architecture
Switzerland
Talk Events

2024年6月22日(土) 、建築会館ホールにてトークイベント「Swiss Window Journeys – スイスの窓と建築」が開催された。同イベントはスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)の貝島桃代教授のスタジオが調査したスイスの窓についての書籍『Swiss Window Journeys Architectural Field Notes』の出版を記念して、公益財団法人 窓研究所と一般社団法人 日瑞建築文化協会によって開催されたものである。

スイスの窓と建築について、現地調査から収集した窓のドローイングと解説、スイスの建築家へのインタビューなど、6年間にわたる活動の成果をまとめた『Swiss Window Journeys Architectural Field Notes』が特別に会場で販売された。また、託児サービスを備えたイベントとして開催されたのも特筆すべき点である。

 

建築のふるまい学から考える地域資源との距離

まず、貝島氏の講演から始まった。自身が共同主宰するアトリエ・ワンとして、以前から「建築のふるまい学」をコンセプトに活動を進めてきた貝島氏は、2017年に着任したETHZで「建築のふるまい学」(Architectural Behaviorology)の講座を立ち上げた。

東日本大震災後に石巻市牡鹿半島の復興支援に関わった頃に前後して、農村や漁村などに通うことが増え、地域資源や産業を取り入れながら、建築を超えた幅広い視点を持つようになったという。そして、それをどう写実するかと考えた時に、手描きのドローイングは見たものを身体化すること、すなわち情報を身体化し、アウトプットすることが、深い理解に有効だと実感している。

  • 貝島桃代氏

「近代化によって地域資源が身の回りから遠くなっていること、情報化社会によって現実が持っている資源のキャパシティを超えてしまっているなか、それらをどう修正するかに興味を持っていて、建築を通して何ができるかを考えていこうと学生たちに投げかけています。」

窓といった文化的表現・技術、知恵も資源・共有財産であり、社会がそれらをどうアーカイブし、運用できるかを考えて、「建築のふるまい学」に関する本をつくってきたという。どのように資源に近づき、分け合い、蓄えることができるのかと、資源との距離感について考えつつ、建築を地面に建てるという逃げられない現実性についても同時に考えていく、というのが、貝島氏が続けていることである。

 

スイスの窓

続いて、ヨーロッパの窓と日本の窓の違いについて、これまでアトリエ・ワンとして設計してきた例を挙げつつ、スイスでの実地調査からの考察を述べた。貝島氏は、綴りの中にWind(風)があるヨーロッパの窓については、壁に穿たれた穴(開口部)であり、風景を切り取るものとして設計されるものとし、いっぽう日本の窓は、窓・間戸といったいろいろな漢字が使われ、柱の間の開け閉めを指すこともあるなど、スイスと日本における窓の感覚が大きく異なっていることを指摘する。

スイスは国土の中央に位置するアルプス山脈によって、地理的にも文化的に分割されており、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリアに挟まれている。極度に乾燥していて、夏は日差しが強い山岳気候での暮らしを支えるには、強い建築が必要になる。岩盤でできている山は地上1,500m以上には木が育たないので、簡単に木材を使えないエリアがあり、また山からの疎水で水力発電と連動している産業があり、交通網が付随しているという特徴がある。

最後に、環境問題に積極的に取り組んでいるスイスでは古い窓が使われなくなってきており、それに伴う文化が失われていくことへの懸念について、この後のディスカッションで話せたら、と締めくくられた。

 

窓の設計とローカリティ

後半は、金野千恵氏をモデレーターに、パネリストに髙濱史子氏と常山未央氏を加えて、貝島氏を含めた、スイスで暮らした経験を持つ4人の建築家によって議論が進んだ。

ディスカッションに先立ち、高濱氏がスイスでの経験と自身の設計について、プレゼンテーションをした。チューリッヒでのインターンシップ、留学、その後、バーゼルで就職したあと、帰国して設計事務所を設立した高濱氏が、バーゼルで住んでいた家の窓の写真を紹介しながら、二重サッシであることが当たり前だったスイスの窓について回想した。

また、ヘルツォーク&ド・ムーロン(H&deM)に勤務していた時に採用していたスイスのスカイフレーム社の電動サッシ等を取り扱う開口部ブランドNODEAのショールーム(NODEA Gallery)など近作を紹介した。

  • 髙濱史子氏

続いて、常山氏が二度にわたる渡瑞から得た窓にまつわる見識を発表した。スイスには、窓からの眺めを維持するために、建物のオーナーが眺望の確保を要望できる法律があるという。

また、ファサード図面を描く時に窓に影をつけ、断熱・遮熱の位置などで奥行き感を出すことが当然のことになっており、驚いたという。2022〜2023年はスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)でスタジオを担当し、食と住宅のタイポロジーのケーススタディを調査した。レマン湖の南側の斜面は白ワインのためのブドウの生産地であり、都市型の高密度な集落が点在している。日当たりと生産量を増やすため、ランドスケープに背を向けるように道側に開口をもち、ワイン発酵時にでるガスの換気用の小さい窓が1階にあるなど特徴的な家が残っていることがわかった。

常山氏がスイスから帰国した2012年頃は、ポツ窓が主流でそれをいかに乗り越えるか、という時期で、今は断熱の強弱でゾーニングをしていくことでファサードができるという時期に変わったように感じていると窓の設計の変化を指摘した。

  • 常山未央氏

これまで発表を受けて、金野氏は、スイスでは窓の奥行きを表現するなかに、マテリアルや可動の機構など複雑な要素が含まれているが、日本ではコストや職人技術、制度により、思い描いた窓をつくることが難しいように感じるといい、スイスにおける窓をつくる産業と設計者との関係性について、質問が投げかけられた。

貝島氏は「既製品の窓がほぼないので、全部つくることになります。工事現場にファサードのモックアップをつくって検討してから、大きな建築をつくります。例えば、建物を改修する場合は、(現在の法規に合わせて)二重ガラスに変えないとならないことが多くなり、窓の重量が変わってしまうことには個別に対応しないとならないです。(既製品はないですが)会社がそれぞれに持っている技術や仕組みについての特許権はあって、建築家との仕事は新しい窓の開発にもなるので、リスクはあるけれど、展望もあると思っていると感じます。」と返答した。

高濱氏は「図面を描いて窓がつくられていたスイスから帰国したとき、建築家として、既製品の窓のサイズを諳んじているのが当然という日本でカルチャーショックを受けました。設計の一部に窓もあるのが当然というスイスで、HdeMの大きなプロジェクトではファサードだけを検討するチームがいたし、国内での制作にも縛られておらず、(彼らが手がけた)東京のmiumiuでは素材だけでなく職人を来日させたとも聞きました。」と窓を含むファサードの設計に対する違いを指摘した。

常山氏は「スイスで、細いフレームで安価なデンマークの既製品を使っていたことが多かったのですが、改修プロジェクトが多いスイスでは、規格寸法があると流通しないのでは。」と推察する。

  • 金野千恵氏

そして「制度・法規をクリアするのは日本ではすごく大変に思えるが」という金野氏に、「各地域によって法律がずいぶん違うスイスだが、まず地域の役所や住民に建てる建築について説明をし、どこに窓を開けて良いのか、というのが第一の課題で、セットバックも含め、近隣の人から反対を受けないというのが最も大事です。次に法律については、スイスは木造家屋が主でないので、防火の基準が違うのかもしれないです。」という貝島氏。また、「今、スイスは(アニマルウェルフェアの考え方が浸透し)家畜のために高度化した納屋が必要になったことで、従来からの納屋が余っています。それらを住宅などにできればよいのですが、スイスでは用途変更がとても難しいです。その納屋があることで、一帯が農業地区になっていることなどもあるので、納屋に窓をつけて住宅にするにはハードルが多いです。」と続ける。

金野氏は「まず地域の人の許可、そこの文化をどう保つのかが難しいというのは、日本ではあまりないことだが、スイスの風景を維持している要因なのだなと思いました。」と納得した。

 

都市の特色

もうひとつ、金野氏から、タイポロジーとローカリティの関係性について質問が投げかけられ、それぞれパネリストが体験に基づく見解を述べた。

「文化圏が違う4つのエリアがあるスイスでは、エリアごとに街の見た目も全く違うし、教育のベースもいろいろです。今、戸建住宅の調査をしているのですが、設計者を辿るとどの文化圏で学んだかが影響している気がします。」(貝島)

「現代建築も伝統建築もあるスイスの多様性を思い返していました。住んでいるときはついつい現代建築ばかりを参照していたのですが、この本を見ていると、自然と一体化して見えていた納屋などが前景化してきて、おもしろい点だと思いました。」(高濱)

「ローザンヌは砂岩でできている建築が多いので角が取れやすく、丸みがある街だなと思いますし、ベルンは硬い石でできた街だなといったように、地質的な違いが街の表情に繋がっていると思いました。」(常山)

  • ディスカッションの様子

ディスカッションの後、会場から、この20年近くで断熱材が厚くなったことに伴う壁の厚み=窓の奥行きを活かした設計について質問があった。

「分厚い壁をつくると貸せる面積が減ってしまうので、ディベロッパーは壁をつくりたがらず、ガラス張りにしがち、とアネット・ギゴン氏が言っていました。スイス全体で、どうすれば化石燃料をできるだけ使わないで済むか、という議論が高まっているのですが、ある賞の審査をした際に、木の複層パネルを40cmくらいにして、断熱なしという壁を初めて見ました。壁厚の問題は材料が変わると変わるかもしれないですし、焼成しない(CO2を排出しない)で成形するものも増えています。壁と窓を比べると壁のほうがコスト高という感覚がスイスにあるのが日本と違う点ですね。窓のつくり方の自由度が高いので、壁を簡単にセットしておいて、窓に有機性を持たせるなど、壁の新しいつくり方が増えていき、それに伴い窓の柔軟な使い方も増えてくるのではと思っています。」(貝島)

本イベントに協力した、一般社団法人 日瑞建築文化協会(JSAA)代表理事の石田建太朗氏や、日本建築学会ヴォイス・オブ・アース デザイン小委員会の能作文徳氏から、スイスの設計教育や温暖化と窓の設計について質問が続き、国力を上げるためにETHを設立したスイスは、人口1千万人突破を睨んだ高密化をする必要が出てきており、1人当たり平均46平方メートルというスイスの居住スペースや生活スタイル、制度を変えていかないと実現できないだろうという、日本で設計とスイスでの教鞭を取っているハイブリッドな経験からくる指摘で会が締めくくられた。

 

 

貝島桃代/Momoyo Kaijima
2017年よりスイス連邦工科大学チューリッヒ校教授として「建築のふるまい学」研究室を主宰。日本女子大学卒業後、1992年に塚本由晴とアトリエ・ワンを設立し、2000年に東京工業大学大学院博士課程満期退学。2001年より筑波大学講師、2009年から2022年まで筑波大学准教授。ハーバード大学デザイン大学院(2003、2016)、ライス大学(2014–15)、デルフト工科大学(2015–16)、コロンビア大学(2017)、イエール大学院(2023年)にて教鞭を執る。住宅、公共建築、駅前広場の設計に携わるかたわら、精力的に都市、郊外、農山村漁村調査を進め、著書『メイド・イン・トーキョー』、『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』、『コモナリティーズ』にまとめる。第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館キュレーター。2022年、ウルフ賞(芸術部門)受賞。

 

金野千恵/Chie Konno
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業、2005-06年スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。2011年KONNO設立、2015年より t e c o主宰。2021年より京都工芸繊維大学特任准教授。住宅や福祉施設、公共施設などの建築設計とともにまちづくり、アートインスタレーションまでを手がけ、仕組みや制度を横断する空間づくりを試みている。主な作品に住宅「向陽ロッジアハウス」(平成24年東京建築士会住宅建築賞 金賞、2014年日本建築学会作品選奨 新人賞ほか)、高齢者幼児複合施設「幼・老・食の堂」(SDレビュー2016 鹿島賞)、ヴェネチアビエンナーレ2016日本館(審査員特別表彰)、地域共生文化拠点「春日台センターセンター」(2023年日本建築学会賞(作品)ほか)など。主な著書に『WindowScape窓のふるまい学』(2010、フィルムアート社、共著)。

 

髙濱史子/Fumiko Takahama
1979年生まれ。2003年京都大学卒業。東京大学大学院に進学、スイス連邦工科大学チューリヒ校留学、Christian Kerez、HHF Architectsでのインターンシップを経て2007年同大学院修士課程修了。2007年より2012年までHerzog & de Meuron勤務。2012年 +ft+/髙濱史子建築設計事務所設立、神戸大学学術推進研究員。2013年-2015年東京大学特任研究員。2017年工学院大学非常勤講師、2023年芝浦工業大学非常勤講師。主な作品に「Giant House in Oiso」、「Maebashi Brick Warehouse」、「ジンズホールディングス東京本社」ほか。著書に『海外で建築を仕事にする』(共著、学術出版社)。

 

常山未央/Tsuneyama Mio
1983年神奈川県生まれ。2005年東京理科大学卒業。2005~06年Bonhôte Zapata Architectes(スイス)研修。2006~08年スイス連邦政府給費生。2008年スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)修了。2008~12年HHF Architects(スイス)。2012年mnm設立。2015〜20年東京理科大学助教。2020〜21年同校特別講師。2022~23年EPFL客員教授。2023年コロンビア大学特任准教授。主な作品に「西大井のあな」、「不動前ハウス」(東京都)、「杭とトンガリ」(東京都)、「氷見移住ヴィレッジ」(富山県)、「秋谷の木組(秋谷スマートハウスE 棟)(神奈川県)など。主な受賞に、2015年東京建築士会住宅建築賞、2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示 特別表彰など。著書に『アーバン・ワイルド・エコロジー』(2024、TOTO出版、能作文徳との共著)。

 

「Swiss Window Journeys – スイスの窓と建築」開催概要

日時:2024年6月22日(土) 15:00-16:30(開場:14:30)
場所:建築会館ホール(〒108-8414 東京都港区芝5丁目26番20号)
スピーカー:貝島桃代(建築家/スイス連邦工科大学チューリッヒ校教授)
ゲスト:金野千恵(建築家)、髙濱史子(建築家)、常山未央(建築家)
主催:公益財団法人 窓研究所、一般社団法人 日瑞建築文化協会
後援:在日スイス大使館
協力:日本建築学会 ヴォイス・オブ・アース デザイン小委員会、新建築書店 株式会社

RELATED ARTICLES

NEW ARTICLES