05 Dec 2014
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この窓に関するコラムをどう展開していくべきか、少し戸惑っている。というのも柱、床、階段、屋根などなど数ある建築を構成する要素の中で、僕はこれまであまり「窓」というものについて注意を払ってこなかった。なので、ありたいていの手法かもしれないが、まずは言葉の起源から探ってみることにする。
僕が今暮らしているチリは公用語はスペイン語。スペイン語で窓は「Ventana=ヴェンタナ」。これはラテン語の「Ventus(風)」から来ているとされている。それに付随したスペイン語の単語だとViento(風)、Ventilacion(換気)なども挙げられる。なので、やはりスペインでは窓は風や空気にまつわる言葉なのだ。とりわけ、アラビアの影響を強く受けた歴史深いスペイン南西部アンダルシア地方の強烈な日差しと、砂埃の舞う強風が吹く痩せた土地においては。この辺りは、ペドロ・アルモドバルの映画 “Volver” などを見ると、その窓の語源についても、イメージが喚起される。
しかし幾ら語源を探求してみたところで、ラテンアメリカ諸国の多くは既にオリジナルの言語を放棄し、16世紀の大航海時代に押し寄せた外来のスペイン語に上書きされてしまった。ここ500年ほどの文化的歴史を紐解いてみても、あまり深みのある含蓄は得られそうにない。だから、もっと自分がこのチリと言う国で暮らしてみて、旅してみて感じたことからこのコラムを積み立てていこうと思う。つまり、3年弱この国で過ごして窓について感じたこと。それは窓のごく基本的な作用のひとつ、風景を切り取るということへの執念だ。
まず僕の中で「窓」と聞いてまず思い浮かべる建築的対象が2つある。ひとつは京都の北山にある圓通寺、そしてもうひとつはスイスのレマン湖のほとりにあるル・コルビジェの「小さな家」だ。共に背後にそびえる雄大な山並みを水平的に収めたもので、窓の基本的機能のひとつ「風景を切り取る」という作用を、非常に明快に表現している。北から南まで多様な自然風景が混在するチリにおいて、この「風景を切り取る」という窓の基本的な機能はとても重要である。例えばここサンチアゴにおいて、アンデス山脈を抜きにして窓について語ることは難しい。
まずは、今暮らしているチリという国について、少し話したいと思う。チリは南米大陸の南西に位置し、南北4,630km、東西170kmと極端に細長い国土を持つ。これはそのまま南米大陸を縦断するアンデス山脈によって、生まれた形となっている。そして北から南にかけて大きく気候が変化し、大まかに言えば北は大砂漠、中央は大都市、南には大自然が広がっている。そしてそれに伴い建築様式も変化してゆく。北はアドべ・組積造、南は木造、中央はコンクリート・鉄・石・木など何でもありだ。
またチリにはメキシコのマヤ文明やペルーのインカ文明などといった、古代文明は存在しない。もちろんマプーチェ族と呼ばれる原住民は存在したのだが、彼らは上記の様な高度な文明を持ち合わせてはいなかった。チリがいわゆる歴史の表舞台に登場するのは、1492年のコロンブスのアメリカ大陸発見以降、あるいは16世紀のスペインによる入植以降なのであり、西洋的な視点からするとその歴史はおよそ500年と比較的浅いものと言える。歴史的建築様式も、そのほとんどがヨーロッパから輸入されたものである。そして現代的なチリの建築の面白い所は、それらの外来のモダニズム文化が土地土地の気候と融合し、独自に発展していったところである。
僕が現在住んでいるここ首都サンチアゴは、細長い国土のほぼ中央の山間に位置しており、旧市街地にはコロニアル(植民地)時代からの荘厳な歴史建造物が建ちならび、新市街地には高層のオフィスビルやタワーマンションがそびえ立つ。そうした歴史の新旧が混在するサンチアゴの街を歩いていると、建物の多くが互いにくっついて繋がっていることに気がつく。旧市街に向かうにつれその傾向は顕著に表れ、色鮮やかに塗り込められた家々が連続する様は、如何にも南米的である。
こうした低層の建物が壁を共有しながら連結してゆく様は日本の町家などの古い町にも見受けられる。さらにここサンチアゴで面白いなと思ったのは高さ10階くらいになろうかと思われるマンションも、同じように壁を共有しながら連結しているという事だ。そしてそれらの多くは屋上にペントハウスを頂き、いかにも心地よさそうなテラスが軒を連ねている。
この建物間の共有壁は南米スペイン語で”medianeras(=メディアネラス)”と呼ばれ、南米の多くの国で採用されている。例えば隣国アルゼンチンでは、このメディアネラスをテーマとした、その名も『medianeras』(邦題『ブエノスアイレス恋愛事情』)という洒落た映画作品などが見受けられる。彼らにとってこうした高層の建物が連なってゆく様は、ごくありふれた日常的な光景というわけだ。以前ブエノスアイレスを訪れた時にも、同じような高層マンションが連結する風景を目にすることが出来た。
上の写真がブエノスアイレス。下の写真がサンチアゴ。ビルが連結しているという形式は同じであるが、窓の形式にその地理学的特徴がよく表れているのではないかと思う。前者では一戸につき一つの窓、あるいはベランダというスタンダードな形式である。後者のそれは横へ横へと窓が連なり、水平方向への意識が強調されていることに気がつく。一方で、ブエノスアイレスの1階部分にアーケードが設けられているのは、きっと雨が多いせいだろう。
これは僕が住んでいるアパートメントの引き戸である。こちらでは比較的一般的なマンションなどでも、木やスチールのサッシが積極的に用いられ、街並みも幾分温かみを持っていたり、シャープさを兼ね備えている。先日訪れた日本からの知人もこんな事を口にしていた。この引き戸、この立ち上がりではまず日本だと検査に通らない、と。これはきっと、地中海性気候に属するサンチアゴ(降水量350mmは東京の約1/4)が成し得るしつらえであろう。台風やハリケーンといった自然災害もなく(ただし地震はある)、日常においても風が強く吹いていると感じることはほとんどない。そういう意味でもやはり「窓=Ventana」のオリジナルの語源「Ventus(風)」は、適応されてるとは言い難い。
先日、あるペントハウスに住む知人の家に招待される機会があった。そこには水平方向に連なる窓があり、スプロールしてゆくサンチアゴの街と背後のアンデスの山並みが垣間見えた。そして下の写真は普段働いているオフィスからの写真であるが、こちらも同じように街並みの背後にアンデスが横たわっている。冬になればその頂は白く染まり、夕暮れ時には大きな一枚岩のように赤く染められる。この街に暮らすようになって3年近くなるが、きっとこの街に漂う水平感覚は、太古から雄大に存在するアンデスによって人々に刻まれているのでは、と感じることがある。
そうした水平感覚は、実際にチリの現代的な建築の中にも息づいている。例えば僕のチリの師であるスミルハン・ラディックは、引き戸をしばしば作品に取り入れる。分かりやすい例で言うと、海辺の週末住宅「ピテ・ハウス」や、サンチアゴの「レストラン・メスチソ」だ。ピテ・ハウスは太平洋の美しい水平線を抱き、レストラン・メスチソはその先に広がる穏やかな公園の景色を眺めながら、チリのワインや海鮮の美食に舌鼓を打つことができる。
以前スミルハンが京都に来た時に、冒頭で紹介した圓通寺を案内し、本人もいたくそれを気に入ったことをよく覚えている。彼がその縁側から見える比叡山の借景に、故郷のアンデスを写し取ったかどうかは定かではないが、きっと遠く地球の裏側からやって来たチリ人の水平感覚に共鳴する何かがあったには違いない。意外に思われるかもしれないが、先ほどの引き戸をはじめ、チリの建築要素には意外と日本と通じるところがある。特にチリ南部では、木造建築技術が発達しているので類似点も多く見受けられる。今後はそうした都市部とは異なるローカルなチリの建築についても、お伝えできればと思う。
原田雄次/Yuji Harada
建築家。1986年神戸市生まれ。2008年横浜国立大学工学部卒業、2011年横浜国立大学大学院工学府卒業。2012年- Smiljan Radic(チリ、サンチアゴ)に師事