WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓の変遷史

第3章 アルミサッシの本格化と普及期へ

真鍋恒博

30 Oct 2014

ディテールを窓から読み解く

 

アルミサッシの本格化へ

○レディーメードサッシ
我が国で始めて発売されたレディーメードサッシは不二製作所の製品で、ビル用サッシFR (1959年) と、家庭用ノックダウン方式FK (1961年) である。FKは、フェントロン社の製品をそのまま導入したもので、片引き (室内側の戸が動く) 、上下対称の断面 (左右勝手が自由) 、工場組立・ガラス嵌め (精度の確保のため) という、現在のアルミサッシとはだいぶ異なる製品であった (図版8) 。

  • 図版8 初期の木造住宅用サッシ
    不ニサッシFK (1961年) は、室内側の戸が可動の片引きサッシで、嵌殺し部分も可動の戸と同断面である (1963年の社内図面より作図) 。

当時はまだスチールサッシの全盛期であったが、スチールサッシでは初めてのレディーメードサッシ・三機6S型が製品化されたのは、1956年のことである。スチールサッシの既製品の登場までにはかなり時間がかかった訳だが、それまでの歴史の蓄積や背景条件の熟成から、アルミサッシの既製品化は比較的スムーズであった。 1958年には日本建鉄がアルミサッシに参入し、翌年レディーメードサッシPA型 (PA70、85シリーズ等) を発売した (図版9) 。日本建鉄は1963年アメリカのハップ社と技術提携し、1964年には一貫製造体勢を完成している。

  • 図版9 日本建鉄のレディーメードサッシ
    日本建鉄も早々にアルミサッシに進出した。図はPA60ヒキチガイサッシ (1967年のカタログより作図) 。

○各社の参入と一貫生産体勢の確立
1959年に昭和鋼機がアルミサッシの生産を開始した。また1960年には近畿車輛が生産開始し、翌年に近畿工業を設立した。理研鋼機は1959年にサッシ部門を理研アルミとして独立させ、1969年には木造用ノックダウン引違サッシを住宅の改装用に発売し、以後はプレフアブ住宅用の製品が主力になって行った。この他にも、1959年の住友ウォールシステム、1961年の三協アルミ、1962年の北陸軽金属、日本アルミ、吉田工業 (YKK) 、1966年のトーヨーサッシ、1967年の立山アルミ、その他にも昭和コーニア、神鋼ノースロップ、アルナエ機 (ナニワ工機から1970年に改称) 、ダイケンサッシ、浪速建材工業などが続々とアルミサッシ業界に参入した。こうして見ると、富山県のメーカーが多いことが分かるが、富山県では、高岡銅器の伝統、豊富な水資源、安価な電力などを背景にアルミ建材産業が発展しており、2000年頃までは金属製品の出荷額が他分野を圧倒していた。

  • 図版10 性能が表示されたサッシ
    初めて性能を表示した不ニサッシ・FR-A型。熔接組立なのでタッピングスクリューを受けるための半円形断面は無い (1961年の社内図面より作図) 。

不二製作所は1960年に社名を「不ニサッシ工業」と改め、アメリカのローウェイハイドロプレス社製の1,250 t 油圧押出機と6063合金の鋳造設備を備えて、アルミサッシの一貫生産メーカーに成長した。1961年発売の不二FR-A型は、サッシ枠の組み立てにフラッシュバット熔接を採用し、ガラス嵌め込みに軟質塩ビガスケットを採用した画期的な製品であった (図版10) 。また、耐風圧強度、通気量、遮音性能、防火戸認定などの性能を初めて表示した規格サッシでもあった。イージーオーダーのFE-200も用意され、また FR-Aは改良されてFRA-200、FRB-200と発展した。

 

住宅用アルミサッシの時代

○プレファブ住宅への採用
1950年代後半からプレファブメーカーが相次いで誕生し、1960年には「新住宅建設5ヵ年計画」が策定される等、住宅生産の工業化への環境が整い始めた。1961年には積水ハウス産業㈱ (現:積水ハウス㈱) の軽量形鋼構造の住宅に、引違いのアルミサッシが採用された。また1962年には、日本プレスコンクリート㈱ (後の日本プレス建築㈱、現・レスコハウス㈱) のビル用サッシを打ち込んだリブ付薄肉コンクリート中空パネル (WPC工法) が、公営住宅に採用された。このようなプレファブ住宅への採用も、アルミサッシの住宅への普及を加速する要因となった。

○住宅用サッシの登場
一般の戸建住宅用では、不二サッシ工業㈱から発売されていた「片引きFK」があまり我が国に馴染まなかった等の理由から、1965年にはその改良版であるノックダウン方式の引違いサッシ「不二ホームサッシFK」が発売された。同製品はビル用サッシと同様の表面処理や、雨戸を使用可能にする等の技術的な特徴の他、ガラス施工店や木製建具屋等の販売経路を活用したことから、木造住宅用サッシの基礎となる製品として位置づけられた。ただし、画期的ではあったがまだわが国の住宅事情に合ったものとは言えず、話題を呼んだ割には普及しなかった、との記録もある。

しかしこれも以後の製品の改良につながり、ビル用主体から住宅用にもアルミサッシが普及するようになって、木製建具が大々的にアルミサッシに置き換えられて行く。YKK、トーヨーサッシなど、住宅用サッシのメーカー数も増えた。なお「ホームサッシ」という名称は、商標登録としては認められなかったが、不ニサッシ製品独自の名称であった。

1966年頃には、上記の各メーカーの参入で、それまで住宅用レディーメードサッシの市場を占めていた不二サッシと昭和コーニアのシェアも低下した。1966年には吉田工業の「ハイサッシ」、1967年には三協アルミの「3Kサッシ」等の住宅用サッシが発売された。住宅用サッシは発売当初から各社ともノックダウン方式を採用していたが、中間の組立業者が組み立てる方式であり、現場にはガラスが嵌った完成品として届けられるものであった。

○スチールサッシの衰退
住宅用サッシの需要の高まりに呼応して、1966年にはスチールサッシにも住宅用の製品が発売されている。しかしアルミサッシの生産量の急激な増加で、1968年と69年でスチールサッシとアルミサッシの生産量が逆転し、以後はアルミサッシが主流となった (図版11) 。1975年にはホットロールによるサッシバーの製造は中止となり、スチールサッシは冷間加工(コールドフォーミング)の製品だけになった。1976年にはKJ部品 (公共住宅用規格部品) からスチールサッシが廃止され、1983年にはレディーメードスチールサッシはカタログから消えた。

  • 図版11 サッシの生産量の変化
    アルミサッシの急速な伸びとスチールサッシの生産量の低下 (建材統計年報・建材統計月報より作図、1960年以前はデータなし) 。

──この連載は、拙著「図説 近代から現代の金属製建築部品の変遷 第1巻 開口部関連部品」 (1996、 (株) 建築技術刊) 、および研究室の修士論文 (2005年度、齋藤大輔君、未発表) の内容をもとに加筆したものである。

 

真鍋恒博/Tsunehiro Manabe

1945年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、1973年東京理科大学工学部建築学科専任講師、1975年同助教授、1993年同教授、2013年同名誉教授。工学博士。2000年日本建築学会賞 (論文)受賞。専門分野:建築構法計画、建築部品・構法の変遷史。主要著書:「図説 近代から現代の金属製建築部品の変遷 第1巻 開口部関連部品」 (1996年、建築技術) 、「建築ディテール 基本のき」 (2012年、彰国社) 、「図解建築構法計画講義」 (1999年、彰国社) 、「住宅部品を上手に使う」 (1992年、彰国社) 。

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