03 Apr 2014
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ディテールを窓から読み解く
このホームページでは、今回から「我が国のアルミサッシの変遷」に関する連載を開始する。この内容は、筆者が長年在職した東京理科大学工学部建築学科真鍋研究室で、構法計画研究の一環としておこなって来た、近代から現代にかけてのさまざまな建築部品・構法の変遷研究の成果に基づくものである。連載を始める前に、構法計画研究に於ける部品・構法の変遷史研究の意義について述べておく。
なお、この連載は拙著「図説 近代から現代の金属製建築部品の変遷 第1巻 開口部関連部品」 (1996年、(株)建築技術刊) 、および真鍋研究室の修士論文(2005年度、齋藤大輔君、未発表)の内容をもとに加筆したものである。
変遷を記録することは「文化」である
われわれの身の回りにある諸々のものは常に変化しており、いつの間にかすっかり変っていることに気付く場合もある。建築の分野においても、各種の構法・建材・部品・設備機器などが技術の進歩などによって変化しつつある。しかし、それぞれの時代の主流であった構法・部品などは、特別なニュース性がないかぎり歴史に残ることは少ない。まして、それらの部品の開発の経緯とその背景、その後の変遷などについては、なおさら記録に残りにくい。こうしたことは、意識的に記録に残しておかないと、そのうち分からなくなってしまう。
さまざまなものの仕組みを、その結果だけではなく、その理由や背景をも含めて総合的に理解しておくことは、単に過去の事を知るということだけではなく、これからのものを考えて行く上でも、きわめて重要なことである。こうした過去のものの記緑をきちんと残しておくことは、先人たちへの礼儀であり、これこそが「文化」というものであろう。
なぜ変遷史を研究するに至ったか
ところで、構法計画という、いわば「設計の原理」を追及する分野を専門としてきた筆者が、建築部品・構法の変遷に関する研究を始めるに至った理由を述べておく必要があろう。それは、以前H社大百科事典の改訂でいくつかの建築部品の執筆を担当した際に、初めて使われた年代についても書くよう指示されたことに始まる。
しかし当時はまだ変遷史研究は行っておらず、まとまった資料も世に存在しなかった。仕方なく、恩師や先輩に話を聞いて何とか原稿をまとめた (結果としては間違った事を書かずに済んだ) のだが、その年代が正しい確信はなく、いつかは正確な調査をすることが研究者としての責務であろうと思っていた。
その後、研究室に構法変遷史の研究テーマを希望する者が現れ、若干の部品を対象として変遷の研究に手を付けたのが、一連の研究の始まりである。しかし構法計画という分野は、もともと建築全般を横断的・総合的に扱う分野であって、研究対象を限定する根拠は特になく、いざ研究を始めてしまうと、どんな物についてもその起源と変遷を知らないと気が済まなくなってしまう。とは言え、何から何まですべて調べるのは無理である。そこで「部品としてまとまったもの」が調べやすいだろうということになり、研究方法も手探り状態でいくつかの部品を対象に研究を開始した。
その後、たまたま某金屬製品メーカーのPR誌に連載記事を書く話が舞い込んだのだが、金属製建築部品は近代から現代の工業技術の発展の影響を最も強く受けていると思われ、研究対象としては申し分なかった。それを機に、卒業研究や修士研究で調査した成果を順次発表して行く形で研究が本格化した。その後、対象範囲を材料・構法・工法にまで拡大して、一連の研究の潮流を形作るに至った。
変遷史はどう調査すれば良いか
これまでに開発され、使われてきた、比較的歴史の浅い建築部品は、歴史研究の対象として取り上げられることは稀であり、前述のように詳しい記録が残っていないものが多い。まずは手がかりとして、一般の雑誌記事・業界紙・書籍・カタログなどの原資料から、それぞれの時代の部品・構法の状況を読み取ることから始める訳だが、雑誌の広告欄からもその時代の製品を知ることができる。こうした基礎的情報は、収集・整理に時間がかかる割に地道な努力を必要とする。
部品・建材等のメーカーの社史や各時代のカタログは貴重な情報源だが、カタログや製品のサンプルを体系的に保存しているメーカーは稀であり、社内で特に意識を持って個人的に過去の資料を保存している人 (探せば案外おられるものだが) に行き当たれば幸運、と言う状況である。
社史や業界史を編纂している企業や業界団体は限られており、内容にはそのまま資料として採用できないものもある。記録が残されていないのは、目先の製造販売に手一杯で過去を振り返っている余裕がないと言うだけでなく、そもそも変遷を将来のために記録しておくという気運がないという、いわば過去の物に対する価値観に関わる問題かもしれない。
このように、比較的最近の建築部品・構法の変遷を探ろうとしても、情報源は豊富とは言えない。むしろ、業界でその構法や部品の開発に携わってきてその分野に詳しい人の、記憶や個人所有の資料に頼ることが早道である。そこで、まずは各企業に、製品の開発と変遷の概要、保存資料の概要、誰に聞けば経緯が分かるか、等を問い合せ、そこで得た糸口をもとに、いわば「芋蔓」式に人を探すことになる。生き字引のような人物を探り当てれば幸運だが、こうした人たちはかなり高齢で、既に現役を退いておられる場合が少なくない。
失礼な言い方だが、亡くなる前に聞いておかねばならず、調査には急を要するのである。ただしヒアリング調査には、時には記億違いがあるなど、正確さを欠くおそれもある。当然ながら、聞いたことを鵜飲みにするのではなく、文献資料の収集・分析による裏付けが必要である。そのために、研究室独自の資料整理システムを何度も改善し、研究方法も次第に充実し、定着して来た。こうして、定年で研究室が消滅するまでの29年間に亘って、建築部品・構法の変遷史研究を続けてきたのである。
年代表記も単純には行かない
歴史には年代が必須だが、我が国では元号年と西暦年の二通りが使われているので、話がちょっと複雑である。研究遂行上はどちらかに換算統一すれば良いように思えるが、実際はそうは行かない。正確な年が分かっていれば問題はないが、例えば「昭和30年頃」と「1955年頃」とでは、10年単位(四捨五入)と5年単位(二捨三入)の関係にあって、精度のニュアンスが違う。「昭和50年代」のことを西暦で「1975~1984年」などと言換えたのでは、ひどく精度の高い記述となってしまう。昭和ならば5年ずれるだけだからまだしも、他の元号では中途半端にずれて始末か悪い (さらに、「年」と「年度」の誤差もある) 。
西暦よりも元号表記を正式とする、時代錯誤的・国粋主義的ともいうべき愚行が実施されたが、こうした変遷史の研究をしている立場からは、西暦表記と元号表記を勝手に換算されては困る。研究室では西暦と元号を必ず併記し (さまざまなパターンの換算表記がワープロ辞書に登録してあるので換算ミスは無い) 、「*年頃」や「*年代」という表現については、元の資料やヒアリング調査の記述をそのままの表記で書く (ついでに言えば、「近年」「最近では」「この頃」「昨今」などについても、そのまま表記して取材時点を注記する) ことをルール化している。
このようにして建築部品・構法の変遷史研究を行ってきた訳だが、次回からは我が国のアルミサッシの変遷の具体的な内容に入る。連載回数は未定だが、最大10回程度を予定している。
真鍋恒博/Tsunehiro Manabe
1945年生まれ。1968年東京大学工学部建築学科卒業、同大学院を経て1973年東京理科大学工学部建築学科専任講師、1975年同助教授、1993年同教授、2000年日本建築学会賞 (論文) 受賞。専門分野建築構法計画、建築部品・構法の変遷史。2011年同嘱託教授、2013年同名誉教授。工学博士。主要著書「図説・近代から現代の金属製建築部品の変遷-第1巻・開口部関連部品」 (1996年建築技術) 、「建築ディテール 基本のき」 (2012年彰国社) 、「図解建築構法計画講義」 (1999年彰国社) 、「住宅部品を上手に使う」 (1992年彰国社) 。