窓─「開口部」から「装置」へ
12 Dec 2018
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スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)で建築理論の研究者を務めるロラン・シュトルダー教授。2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館「建築の民族誌」キュレーターのひとりでもある。
氏はル・コルビュジエやマリオ・ボッタなどのアイコニックな建築作品の窓を考察する一方、実用化される機会をもたなかった窓にまつわる「特許」を紐解くことで、その新たな側面が見えてきたと語る──窓研究所がヴェネチア・ビエンナーレ日本館で話を伺った。
マリオ・ボッタによる「カメラとしての家」
───シュトルダー教授は、窓研究所の主宰する「窓学」の一環として、2016年から窓や開口部について研究をされています。研究についてお伺いできますか。
はい。意外なことに思われるかもしれませんが、現代の建築理論において窓は中心的な位置を占めてはいません。窓は実用書上の技術的な問題として、あるいは美術史研究のなかで純粋に形式の問題として取り扱われるかのどちらかなのです。
でも、私たちが普段窓について使っている用語は、もっと豊かで細分化されています──たとえば、ベイ・ウィンドウ(出窓)、ボウ・ウィンドウ(弓形出窓)、上げ下げ窓、格子窓、エアフロー・ウィンドウ(二重のガラスのあいだに空気層をもつ窓)、スマート・ウィンドウ(液晶を組み込むことで自動で透明度を変えられる窓)、コントロール・ウィンドウ(自動制御窓)、コックピット・ウィンドウ(操縦席の窓)というように。建物の構成要素の一つという定義を拡張すると、ペリスコープ(潜望鏡)だって、のぞき穴だって窓に含めることができます。
ですから、私たちが「窓学」で窓を研究するときに大切にしたのは、窓を単なる住まいに穿(うが)たれた「穴」としてだけでなく、私たちと外部の関係を浮き彫りにする、多様な機能をもつ「装置」(デバイス)として理解することでした。窓(window)の語源は「風の目」(wind eye)ですが、窓は視界をフレーミングしたり、風を遮断したりするだけではありません。窓は光の強さや、あるいは要求されるプライバシーの度合いなど、実に様々な要求に対応しているのです。
───「装置」としての窓とは一体どのようなものでしょうか。
具体例をあげましょう。これはスイス人建築家のマリオ・ボッタによる住宅《カッチャ・ハウス》です。郊外化によって人口が急激に増えた、スイスのカデナッツォという小さな村にあります。ボッタは、この建物に四つの大きな円や半円の窓を開けました。
これらの開口部は、郊外化が進む近隣の無個性な建築物の群れではなく、その先に広がる壮大なアルプスの風景をフレーミングしたのです。つまりこの住宅そのものを、谷の向こう側のアルプスの山並みにフォーカスするカメラのような装置として機能させているのです。
それから、ル・コルビュジエもまた窓のもつ「フレーミング」という問題に特に敏感だったことが、研究者たちによって明らかにされています──ブルーノ・ライシュリン(建築家、ジュネーヴ大学教授)による「水平連窓の是非をめぐるペレとル・コルビュジエ論争(The Pros and Cons of the Horizontal Window. The Perret – Le Corbusier Controversy)」(1984)でもそのことが示されています。
ル・コルビュジエのフレーミングへの意識
たとえばコルビュジエによるジュネーヴの湖に面した《小さな家》は、彼が母親のためにつくったものです。この建物には目の前の景色を縁取るために、パノラマの窓が選ばれたという逸話があります。それが本当かは分かりませんが、この横長の水平連窓こそ、家の中心的な要素といえるでしょう。
この窓は湖やアルプスの山々など周辺の風景を一枚のパノラマへと変えます。前景と後景を排除した厳密なフレーミングがなされることで、リビング・ダイニングからは、水平に延びる中景をまるで絵画のように眼前に臨むことができるのです。
《小さな家》では従来の窓を使用していますが、コルビュジエが、1929年からパリで取り組んだ《ベイステギ邸》では、いくつかの窓に関する装置を活用しています。これはシャルル・ド・ベイステギという風変りな億万長者のために設計されたアパルトマンで、シャンゼリゼ通りにある既存の建物の屋上ペントハウスを改修したものでした。
たとえば、この屋上と階下をつなぐペリスコープ(潜望鏡)からは、フランスの首都を覗き見ることができます。こちらの姿を見られることなく、街を観察できるのです。
ここには、ボタンを押すと電気仕掛けで上下に動く生け垣もありました。これもまた、エッフェル塔や凱旋門などパリの様々なモニュメントを好きなときにフレームに収めていくものです。
───これらの研究は特に19世紀から21世紀に焦点をあてたものですね。
はい。19世紀は産業革命が起き、少なくともヨーロッパにおいては、建築という分野が深く変わりはじめた時期といえます。水道やガス、電気が家庭に導入されはじめ、トイレや、エレベーター、温水暖房といった装置や機械が、建物のつくりを変えていく。同様に、鉄や、のちにコンクリートなどの新しい素材が建築産業を様変わりさせます。ですから、このようなことを考えたとき、現代建築の起点を19世紀に置くことは妥当であるといえるでしょう。
私たちは数年前に「閾(しきい)のアトラス」(英:Threshold Atlas)というタイトルの研究プロジェクトを発表しました。この研究では、ドアオープナー(自動で扉を開閉する装置)や回転ドア、エアカーテン(埃などを遮断するための気流の膜をつくる装置)など、ここ150年内に導入されてきた建築の「閾(=境界部分)」にかかわる様々な装置に注目しました。この研究のときに設定した150年内という時間的枠組みがとても有益だったのです。ですから、窓研究所からプロジェクトへの参加を依頼されたとき、同じく研究の対象時期を19世紀半ばからに設定するのはとても自然なことでした。
───窓についてもこの時期が同じように重要なのでしょうか。
窓に関しても、この頃こうした新しい建築技術のおかげでより大きな開口部がつくられはじめ、従来の窓に対抗するようになっていきます。さらに、ガラス技術は物理的あるいは化学的な面での改善を経て革新を遂げ、窓の新しい使い道や活用法が生みだされます。こうして19世紀と20世紀には、窓のつくり方や構造に無数の変革がもたらされました。窓は単なるガラスをはめた開口部から、高度に専門化された機能的な「装置」へと変わっていくのです。
また、現代の窓は光のフィルターとして機能することもあれば、エネルギーを集めたり、熱を吸収したりする役割をもつこともあります。従って、私たちの研究では建築家のみだけでなく、技術者たちのような他の関係者たちにも焦点をあてました。こうした理由から、私たちはアイコニックな有名建築よりも、19世紀と20世紀の実験室や、工場、工房から生まれた新たな叡智を理解することに関心を向けました。そうして私たちが最初に注目したのが、「特許」でした。
「特許」から窓を読み解く
調べてみると、窓に関する特許は予期せぬほど多様でたくさんありました。これは窓の開発に多大なるエネルギーが注がれていた証といえるでしょう。たとえば、この1897年の「窓用調節反射鏡」という特許を見てください。視線の向きを90度変えられる装置です。
───なんのためにこうした反射鏡が発明されたのでしょうか。
ひとえに、この時期のヨーロッパの都市の中心地の多くの場所で、住宅が密集していたためだと思われます。中庭が狭いという問題を技術の点から解決するため、これらが生まれたのではないでしょうか。もちろん、こうした装置で都市の過密問題は解決されませんが。しかし、どちらの発明も眺望や採光の装置としては完璧に機能していました。これらの特許の多くは実用化されるものではありません。それでも、これらは開発者の優れた創造性や想像力を物語っているといえるでしょう。そうしたアイデアを調査するだけでも価値がありました。
このような経験から、「産業化が窓の完全なる標準化をもたらした」という一般的な仮説に対して特に疑問をもつようになったのです。たしかに建築業においてはそうかもしれません。しかし、技術者たちの想像のなかの窓は標準化などしていないのです。
あるいは、この窓を見てください。これは内と外、二つのガラスに仕切られた密閉空間の温度差を利用し、窓を水槽とする試みです。この発明も、成功したとはいえませんが、窓の特徴のひとつを表現しています。
これは刑務所の窓の格子に内蔵された防犯システムです。この特許も窓の主要な特性を表現しています。つまり、内と外をはっきり区別するということです。
───初めて見るものばかりですが、どうやってこうした特許を見つけたのですか。
研究の初期段階で、システマチックにアメリカの特許にあたりました。アメリカの特許はコンピュータを通じてアクセスが容易なのです。その中から、最適なものを選ぶために、カテゴリーを分けたり、似たものをまとめたりしました。
───今後の研究のプランはありますか。
もちろん。この調査は最初のステップにすぎません。私たちが見た特許やハンドブックは、19世紀終盤から20世紀前半のものだけです。研究はいくつかの方向に拡大できるし、そうするべきと考えています。まず、この特許を中心とした調査は、時系列順に現在までたどることができます。あるいは、これまでの研究では窓のフレームや空間、窓のまわりの装置に焦点を置いていましたが、たとえばガラス技術について掘り下げるなど、研究テーマを広げることもできるでしょう。
さらには基準や法律、訴訟事例からさえも、窓やそのテクノロジーの活用や誤用、そして失敗を学ぶことができると考えています。最終的に、有名建築であれ、無名建築であれ、具体的な活用例を調査することで、この研究を拡張していくことができる。そうできるし、そうするべきだと思っています。しかし、こうした案はどれも、ひとつの目的にもとづくものです。つまり、窓の設計をおこなう上で基礎となる条件、そしてそこに潜む可能性を理解するということです。
ヴェネチア・ビエンナーレ日本館 「建築の民族誌」
───シュトルダー教授はヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館「建築の民族誌」のキュレーターのひとりとしても活躍されています。日本館では40人以上の出展作家によるドローイング作品が展示されていますが、今回のテーマにはどのようにアプローチされたのでしょうか。
今回の日本館のテーマ「建築の民族誌」は、建築という手段を用いて、あるいは建築というツールを通して、たとえば建築テクノロジーの活用から、環境的条件、そして法規範や慣習にいたるまで、建築家がいかに現代の暮らしを分析できるかを探るものです。今回の展示は建築という領域および「構造物」という狭義の定義を拡張させるものですが、一方でこうした定義の拡張はこの分野とツール、中でもドローイングのもつ特殊性ともいえるものによって可能になる。出展者による文章や写真はありません。あるのはドローイングだけです。ドローイングは建築家が取り組む最も身近なツールなのです。
───キュレーションはチームでおこなわれたそうですね。シュトルダー教授はどのような役割を担われたのでしょうか。
日本館は貝島桃代教授(建築家/アトリエ・ワン、ETHZ)を筆頭にして、キュレーターの井関悠氏、貝島教授のチーム、そして私の協力者であるアンドレアス・カルパクチ(建築史学者、ETHZ)との協働で取り組みました。トピックを具体化し、表現の手段を決めていくこと、そして建築家やアーティストを選定するにあたって特に力を合わせました。展示のトピックそのものは貝島教授のこれまでの研究と深く結びついたものでしたが、ドローイングのみを提示するという選択には、建築的な表現形式やその可能性を考えたとき、チーム全員が魅力を感じましたね。
最終的に、事前に選んでいた120近くの研究をもとに、議論を重ねて出展者の選定をおこないました。私とカルパクチは主にカタログの方を手掛けたので、展示のキュレーションそのもののテクニカルな部分にはあまり関与していません。とはいっても、カタログも展示も一点一点すべてチーム全体で確認はしましたが。貝島教授の仕事の仕方はとてもオープンだったので、プロジェクト全体の助けになりました。
───もし窓に関連するものがあれば、いくつか展示作品を紹介して頂けますか。
窓は建物の環境、つまり気候や地形、慣習といった条件が最も反映される要素ともいえます。ですから、窓は中心的な研究テーマではありませんでしたが、展示のいたるところに登場しています。
たとえば、イギリスの建築グループ「アセンブル」によるリバプールの保存・再生プロジェクト「グランビー・フォー・ストリーツ」や、ベナンのアーティスト、オズワルド・アデンデによる政治へのメッセージが込められた都市風景のミニチュア「Revendications」(「暮らしを取り戻すために」)、あるいは日本のトミトアーキテクチャによる建物の改修過程にまつわる出来事を記録したマップ「CASACO 出来事の地図」にも窓が登場します。
アセンブルのドローイングの左側にあるボウ・ウィンドウ(弓形出窓)は、イギリスのテラスハウスを典型的なモチーフとしていて、その窓は光を取り入れると同時に街並を眺めることができるものです。そしてアデンデの描く都市風景の特徴のない窓は、ローカルな慣習を飲み込んでいく大企業のあり方を反映しています。
トミトアーキテクチャによるマップでは、窓が外部の世界を切り取る美的な「装置」であることが示されています。おもしろいことに、そこには窓のほかにパソコンのスクリーンも描かれている。実際の窓だけが世界に対する唯一の「開口部」だという従来の考えを揺さぶっているのです。こうして例を挙げていくときりがありません。窓は他の要素以上よりももっと、人間と環境の関係を明らかにしうるものなのです。
ロラン・シュトルダー
スイス連邦工科大学(ETH)の建築理論の教授を務める。シュトルダーのリサーチや出版物の主眼点は、建築が技術の歴史と交差する19世紀から21世紀までの建築の歴史と理論である。著作に『Hermann Muthesius: Das Landhaus als kulturgeschichtlicher Entwurf』(2008)、『Valerio Olgiati』(2008)、 『Der Schwellenatlas』(2009)、『God & Co. François Dallegret: Beyond the Bubble』(2011)、『Fritz Haller: Architekt und Forscher』(2015)、『Architecture/Machine』(2017)、『建築の民族誌』(2018)がある。