風景の観察から建築が始まる──ヨハンセン・スコブステッド・アーキテクター インタビュー
12 Jul 2023
現在デンマークにて開催中の「Windowology: New Architectural Views from Japan」展に際し、会場であるヴィラム・ウィンドウ・コレクションの協力の下、4組のデンマーク建築家に行った連続インタビュー。第一回は設立5年目でありながら、ミース・ファン・デル・ローエ賞など多彩な受賞歴をもつ気鋭の建築設計事務所、ヨハンセン・スコブステッド・アーキテクター(Johansen Skovsted Arkitekter)。ヨーロッパで最も長い歴史をもつ野鳥の保護区を一般に公開するためのプロジェクト《ティパネ野鳥保護区》や、1960年代の大規模な農業開発によって失われた河川の生態系を回復し、その遺構であるポンプ場を改修し新たな地域コミュニティの活動拠点とした《スキャーン・リバー》といった彼らの代表的なプロジェクトは、自然環境に人が建築を通しどのように介入できるかの緒を与えてくれる。共同代表の一人であるソーレン・ヨハンセン氏に、コペンハーゲンのオフィスで話を伺った。
──お二人はこれまで、環境や歴史といったコンテクストと深く関わりをもつような個性的なプロジェクトをいくつも手掛けていますよね。たとえば、代表作の一つである《ティパネ野鳥保護区》(2017)は、渡り鳥の重要な中継地である野鳥保護区におけるプロジェクトですが、この場所について教えていただけますか。
ティパネは北海沿いのデンマークの最西に位置する自治体に属し、私たちが知る限りヨーロッパで最も長い間、渡り鳥の飛来数調査が続けられている場所です。川から運ばれた土砂が堆積し生み出されたラグーン(潟湖)の片隅に、小さく平坦な半島の一部を成し、周囲には静寂ながらとてもダイナミックなランドスケープが広がります。
この土地は18 世紀後半には既に公有地として確保され、後に国立の自然保護区に指定されました。そのため一般には閉鎖されており、特定の期間だけ研究者が一部へ例外的にアクセスできる状況でした。そんな中、デンマーク自然庁は、建築の保全事業などを行う民間団体であるリアルデニア(Realdania)と組んで、生態系を乱すことなくこのエリアを一般に開放するプロジェクトを実験的に立ち上げたのです。そのための施設の設計が、今回の主な依頼内容でした。
──お二人はどのようにしてプロジェクトに関わることになったのでしょうか?
2017年にリアルデニアの主催するコンペティションに応募したのがきっかけです。これは農業生産から体験型ツーリズムへの産業転換が望まれる地域を扱うプロジェクトを対象としており、そこにセバスチャンと私、クリストファー・ツォーボグという人物、当時勤務していた設計事務所と共同で応募し幸運にも選ばれたのです。当時、私たちはオフィスすらもっておらず、完成したプロジェクトは小さなものが二つだけ、それにポートフォリオのためのプロポーザルが一つという状態だったので、私たちを選ぶのはちょっとした賭けだっただろうと思います。
──具体的に何を設計されたのでしょうか?
敷地には元々、第二次世界大戦の頃からプロの調査員が野鳥観察に使っていた古いタワーがありましたが、一般に開放するには安全性に不安があったため、新しい塔《タワー》を設計しました。また研究者が野鳥など野生動物の調査に使っていたリサーチ・ステーションを改修して、一般の来園者も使えるようにしました。さらに、当初の計画にはなかったのですが、中に入って野鳥をより近くで観察できる《ハイド》と呼ばれる小さな建物を提案しました。タワー内にある望遠鏡からは遠くしか観察できないため、来園者が実際にランドスケープの中に入っていき、自然をより近くで感じられるようにしたかったのです。
──タワーについて詳しくお伺いできますか?
敷地はデンマークの西海岸にあるため、風がとても強く、空気は水分を多く含んでいます。私たちは、この常に移り変わる激しい気候に対応するようなものをつくりたいと考えました。もう一つの理念は、これもランドスケープの観察に基づき着想したことですが、敷地の最大の特徴である土地の水平線を壊さないようにすることでした。こうしてオープンな構造の、可能な限り細い部材を用いたスレンダーな塔を設計することにしたのです。
さらに、ここは多くの塩分を含んだ環境でもあるため、耐候性のある素材を用いる必要がありました。そこで設計のヒントを得ようと、伝統的な方法を用いてつくられた鉄塔や、その他の亜鉛メッキ鋼でできたさまざまな構造物を調査しました。そして山形鋼を使えば影がシャープになる一方、丸鋼であれば光が表面で曲がるため、非常に優雅に見え、柔らかく、軽さのある表情を生み出せることに気づいたのです。
最終的に、敷地からかなり近い場所でこの種の構造物をつくっているメーカーを見つけることができました。ですからこのタワーは実際に使われている鉄塔と同じように、真に工業的な生産方法に基づいてつくられているのです。亜鉛メッキを施した後は変更できないので、全ての部品の位置や組み立て方をあらかじめ入念に計画しておく必要がありました。
──伝統的な方法にこだわりがあったのですね。
むしろ「一般的」に用いられている方法と言った方が良いかもしれません。この工場では普段、携帯電話などの電波塔を製造しているのですが、それらをよく見てみると、その辺にある鉄塔よりもずっと洗練されていることに気づかされます。
──こうした判断にはコスト的な制約もありましたか?
はい。予算はかなり制限されていたため、基本的にはメーカーと密に意思疎通を図りながら、彼らの普段のやり方に最適化した設計を行いました。実際にプロジェクトに取り掛かってみると、想像していた以上に彼らが構造についてのさまざまな提案をくれたので、良い意味で驚かされました。これは私たちが彼らが普段用いているあらゆる技法を積極的に取り入れたからだと思います。一見複雑そうに見える割に、彼らにとってタワーの製造は比較的簡単なことだったのでしょう。こうしてコストを予算内に収めることができたのです。それから、タワーの繊細なデザインも、コストを下げるのに寄与しました。もし構造体に色々と付加していくようなデザインアプローチを採用していれば、もっと多くの材料を使うことになったでしょうから。
──この場所のように天候が非常に激しいと、華奢に見えても安定させるために強度が必要ではないですか。
壊れやすそうに見えて、実はこのタワーはとても丈夫なのです。実際のところ、軍用レーダーに使われているものよりさらに安定した構造だと判明しました。望遠鏡を使って数キロ先の巣に卵がいくつあるのかプロの研究者が数えなければならないことを考えれば、どれだけ安定性が必要か分かるでしょう。これは手すりの部分に直径22mmの非常に細い丸鋼を用いることで実現できました。この手すりは階段から落ちないように守ってくれるだけでなく、ごく細い丸鋼がテントの張り綱のように、風荷重を地面に伝える役割を果たしているのです。
──オープンな構造にしたいとおっしゃっていましたが、展望部をシャッターで覆ったのはなぜでしょう?
ガラスのシャッターは風が強いときだけ使われるものです。これによって望遠鏡を風にさらさずに、360度観察することができます。望遠鏡が全方向をカバーでき、かつ最小のタワーを実現するには三角形が最適な形状であることが分かりました。望遠鏡を水平に動かす必要があったため、角に柱は設置せず、それぞれの側面に4枚建てのスライド式のシャッターを設えました。
──敷地の中で、それぞれの建物の関係性はどのように考えられたのでしょうか?
敷地は非常に開けており、全ての要素を同時に見渡せてしまうため、相互に何らかの関係性をもたせたかったのですが、建築家としてのシグネチャーはあまり強く出したくありませんでした。それぞれのエレメントがあまりに類似していると目立ちすぎてしまうと思ったからです。そこでタワーは空、ハイドは周囲の植物と関係させようと考えました。
ハイドは、敷地に点在する池に錆が含まれているため黄土色をしていることに関連させ、コールテン鋼でつくりました。傾いた三角形のフォルムは、西風が強いことに由来しています──植物がみな同じ方向になびいているでしょう。建物には軽さも欲しかったため、できるだけ小さく見えるように、直接地面には触れさせず、構造体をつなぐ型鋼で地面から浮かせています。
──お話をお伺いしていると、デザインが周囲との関係性から導かれていくような印象を受けます。
私たちにとって重要だったのは、建物がこの土地の自然な一部として観察できうるということでした。ローカルな風景に建つ穀物サイロや鉄塔といった建物との関連性をもたせ、これらと並列して見えてくるようにしたかったのです。
──お二人にはもう一つのサイト・スペシフィックなプロジェクトとして、スキャーン川流域に建つ複数のポンプ場の遺構をコンバージョンし、新たな用途を付加した《スキャーン・リバー》(2015)もありますね。このプロジェクトの背景について教えてください。
スキャーン川はデンマーク最大の川で、先ほどのティパネ野鳥保護区のある広大なラグーンへつながる三角州が、何世紀にもわたってその河口にかたちづくられています。ここにはかつて、葦の湿地や草原、曲がりくねった流路、浅い湖が混在していました。しかし1960年代にこの場所を農業用地として開発するため、川の下流にある湿地部分は直線状に埋め立てられてしまいます。このとき、農地から水を汲み上げるいくつかのポンプ場がつくられました。
しかし、ポンプ場と川の氾濫を防ぐために設けられた排水路によって堆積物が攫われたことでさまざまな問題が発生し、多くの魚や水鳥が死んでしまいました。そのためデンマーク議会は川の復元を決定し、2002年にはその大部分が元の状態に戻されました。現在生態系は回復し、川と湿地の大部分は保護区となっています。そして2013年、自治体とリアルデニアは残されたポンプ場を地域コミュニティのレクリエーションや観光資源として再活用するプロジェクトのための入札を行い、私たちが勝利したのです。
──どのようにプロジェクトに取り組みましたか?
いくつかあるポンプ場の各々が、ランドスケープのなかで固有の存在感をもつ建物として立ち上がってくるよう発想しました。今回もバード・サンクチュアリと同様のアプローチで、ランドスケープをあまり乱さないようにしながらも、建物に接する方に空間的に記憶に残るような経験をさせたいと考えたのです。
改修した3つのポンプ場の中で、《北ポンプ場》は最大のものです。内部は展示スペースにコンバージョンし、屋上は一部屋根のついた展望テラスになりました。増築部の外壁には元々のポンプ場にあったコンクリートのレリーフが再現されていますが、今回はコンクリートではなく木を用いています。
テラスへつながる階段では、あえて一度非常に強く空間を収縮させ、登り切ったところで再び拡張することによって開放感を感じさせるようにしました。暗くて狭い空間から、半透明のガラス繊維パネル越しに光が入る明るい空間へと移行させるようにしたのです。敷地は元々が非常に開けた平坦な場所なので、階段も同じように設計してしまうとテラスに到着する前に空間体験としては終わってしまいますから。
そして展望部では、十字型の構造物がテラスを4つの空間に区切っています。南側には川を臨む自然の眺め、北側には水路、畑、牧草地による農地の眺めが広がります。その両側には1960年から2000年まで水を運んでいた、排水路に沿って長く伸びる道を見下ろすことができる。つまり、四方の眺めがそれぞれ異なる性格を有しているのです。
──構造物が自然の風景と人工の風景の境界線のように機能している。
まさにその通りです。壁を立てることによって風景をフレーミングし、眼前の眺めに集中できるようになる。体験自体はささやかなものであっても、こうして小さなピースに分割することで、それぞれの眺めを一つ一つ味わうことが可能になるのです。
──野鳥保護区もそうですが、こうしたプロジェクトがユニークだと思ったのは、クライアントである自治体や団体が、それ自体が目玉になるものを建てるのではなく、その場所を生かしながらある種の観光地にしようとしていることです。しかもいわゆる巨大な滝であるとか、分かりやすいものはないわけですよね。
なぜこんな平らな土地を体験しに行くのかという意味で、あなたが疑問に思うのもよく分かります。しかし、ここはデンマークです。滝があるわけでもないので(笑)。ただ、これが私たちがもつ自然なのです。それは例えば、巨大な山々のあるノルウェーほど強いものではないかもしれない。風景そのものが雄大なら、どうしたってすごい体験になりますよね。しかしデンマークのような場所では、風景を知覚するために自分たち自身が開いていかなければならない。また、こうした風景は乱されてしまうのも簡単です。だからこそ私たちは本当に注意して、それらを壊してしまわないように、建築による介入の表現をとても静かなものにしておく必要があるのです。私たちはさまざまな建築をつくってきましたが、実際の魅力は風景そのものなのです。
Top : ©︎Rasmus Norlander
ヨハンセン・スコブステッド・アーキテクター/Johansen Skovsted Arkitekter
ソーレン・ヨハンセン(1981-)とセバスティアン・スコブステッド(1982-)により設立。現代の建築プロセスや素材に普遍的な建築的価値を結びつけることでアイデア、技術、製造方法の統合を目指す。特に既存の建築やランドスケープへの繊細な応答を必要とする場の設計に強みを発揮する。ヨハンセンはデンマーク王立美術院 建築・デザイン・保存学部(KADK)で、スコブステッドは同校およびデルフト工科大学(TU Delft)で学ぶ。共にKADK建築・技術学部で教鞭をとった経歴をもつ。