7 SEP, 2024
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2024年9月7日(土)、建築会館ホールにてシンポジウム「葉祥栄 光をめぐる旅」が開催された。同イベントは2019年から九州大学で整理が進められている建築家・葉祥栄のアーカイブ活動の一環として「光」をテーマに紐解くシンポジウムで、主催の公益財団法人 窓研究所は九州大学や葉の資料の一部を所蔵するカナダ建築センター(以下、CCA)の研究を支援する。
シンポジウムでは「インテリアから非建築へ」「木構造からコンピュテーションへ」とテーマを大きく2つに分け、九州大学やオーストラリアのニューサウスウェールズ大学の教員が中心に登壇し、それぞれのセッションで登壇者がプレゼンした後、ディスカッションがなされた。
また、9月3日~9月8日の期間に、建築専門誌を発行する株式会社新建築社と恵比寿のアートブック書店POSTが共同で設立した書店「新建築書店 | Post Architecture Books」では、九州大学が所蔵する葉のアーカイブを展示する「Revisiting Shoei Yoh 葉祥栄再訪」が開催されたほか、窓研究所のWebサイトではシンポジウムと同じテーマでの全7回の連載が順次公開され、九州を拠点に活動してきた葉の来歴が東京で一挙に概観できる機会となった。
葉祥栄への再注目
シンポジウムの冒頭で、九州大学の井上朝雄氏が葉祥栄氏のプロフィールを紹介。2013年にCCAで開催された展覧会「Archaeology of the Digital」でデジタルデザインの先駆者として取り上げられたことや、2024年の日本構造デザイン賞で松井源吾特別賞を受賞するなど、国内外で再評価の機運が高まっていることを説明した。
続いて、九州大学が葉の資料のアーカイブ活動を開始することになった経緯を話した。2017年、葉が事務所を引き払うという連絡を九州大学の岩元真明氏が受け、2018年には葉が資料を破棄しようとしているところを九州大学が引き受けたことがきっかけだったという。
また、九州大学の国際的な研究センター「環境設計グローバル・ハブ」の一環として、2019年からオーストラリアのニューサウスウェールズ大学と共同研究を進めていることも紹介された。
井上氏はデジタル技術を活用したアーカイブ活動にも取り組んでおり、デジタルスキャナーを用いた《小国ドーム》のアーカイブ、竣工後8年で取り壊された《コーヒーショップ・インゴット》のデジタル技術での再現・公開、Unityで制作したバーチャル展示空間などを紹介。
「近現代建築アーカイブのDX」として、物理的な資料とデジタル技術を融合した取り組みが特徴であると話した。
インテリアから非建築へ
最初のセッションは「インテリアから非建築へ」。登壇者に、九州大学の岩元氏、ニューサウスウェールズ大学のニコル・ガードナー氏とトレーシー・ファン氏、モデレーターは井上氏が務めた。
岩元氏は葉が重要視していた「光」について、キャリアの始まりであるインテリアデザインから解きほぐし、その後どのように建築やコンピュテーションに進んだのかを話した。
葉は1940年に熊本県に生まれ、慶應義塾大学で計量経済学を専攻し、計算やコンピュータの力を実感したことが、のちにコンピュータを活用する地盤になったのではないかと指摘した。
葉が経済からデザインに転じるきっかけとなったのは、シャルロット・ぺリアンが設計したエールフランス東京のオフィスを見て感銘を受けたからだという。アメリカでデザインを学び1964年に帰国した後、国内の数々のインテリアデザインを手掛けた。
岩元氏は、葉が早くから「光」に興味を持っており、「ガラス」を多用し、光を利用して商品を際立たせるデザインを展開していたと説明。空間そのものが目立つ必要はなく、むしろ消え去る方が良いと考えていたと話した。
1970年、葉は福岡に事務所を設立し、処女作とも言われる《カフェテラス・ソーラー》を完成させた。ここでは「薄く透明な膜としてのガラス」「ルミナス・ファーニチャー」というふたつの大きなテーマが扱われ、家具自体を発光させ、人やものを際立たせる試みがなされた。このアイデアは、後にインテリア全体を発光させる「ルミナス・インテリア」や、光で重量感などの知覚を操作する「光による質量置換」という発見に繋がる。
1970年代後半になると、葉の作品はインテリアから徐々に建築へと移行していく。1977年に竣工した《コーヒーショップ・インゴット》では、日本初の構造用シールによるガラス四片支持の建築を実現し、光の移り変わりによって建築自体が変化していく建築を生み出した。この作品で、葉は「自然現象としての建築」に関心を抱き始めた。《コーヒーショップ・インゴット》に合わせて発表されたテキストには「非建築」というキーワードが登場し、1979年に竣工した《木下クリニック》に合わせて雑誌上で発表された「建築からの脱出」というエッセイでは、自動車や航空機の窓など建築とは異なるデザインの文脈を取り入れることが「非建築」が目指すところだと解説されている。
岩元氏は、葉が《コーヒーショップ・インゴット》を設計した後に、透明な空間をつくり出したものの構造体が残っていることが気に入らなかったため、構造体すらも消し去ろうとし、《光格子の家》でガラスによる構造を実現したのではないかと分析。このプロジェクトでは、太陽につれて動いていく光が建築化され、インテリアから非建築への流れの帰結を見ることができると述べた。岩元氏が寄稿した論考では、葉の来歴がより詳細に綴られている。
教育に取り入れられる葉祥栄のデザイン・理論
続いて、ニューサウスウェールズ大学のファン氏は、葉の理論と実践の関係性について語った。葉は照明デザインや人工光を放つオブジェクトによって空間体験を生み出すマイクロスケープを様々な側面から探っていた初期から1980年代にかけて理論・フレームワークを確立した。ファン氏は、葉は感覚的に設計していたように見えるが、実際には理論に基づき実践に落とし込んでいたことに言及した。葉の理論やフレームワークは、大学で行われるクリティカルシンキングに基づいた教育とも親和性があり、理論から実践にどう落とし込んでいくかを考えるときに非常に参考になると述べた。
同じくニューサウスウェールズ大学のガードナー氏は、建築家・コンピュテーションデザインの研究者として活動しており、デジタル技術と教育の観点から葉について話した。
ニューサウスウェールズ大学では、1年時に葉のプロジェクトのアーカイブがパラメトリックデザインを学ぶ教材として用いられ、自然をインスピレーションとしたバイオミミクリーで持続可能なデザインやコンピュテーションデザインの歴史を学ぶきっかけとしているという。
ディスカッションでは、「教育」がテーマに挙げられ、様々なデジタル技術が発展した現在において葉が学生だったら、どのように建築を学ぶのかが問われた。
ガードナー氏は「彼の作品の中心はあくまで「光」なので、デジタルパイオニアにはならないでしょう。探究心をより多くの方角に伸ばしていくはずです。」と回答。
ファン氏は「葉の特徴は古い・新しいではなく、その時代が直面している課題に対して、枠に捉われることなく革新的なものを生み出すことです。葉が現代で活動するならば、現在の様々なツールを駆使し、より自由で、多角的なアプローチを試みたのではないか。」と、葉にとってはあくまで「光」が重要であり、それを探求するための方法として新しい技術を積極的に使うだろうと話した。
その他にも、現代の学生が興味を持つサステナビリティといったテーマに対し地場の材料を利用した葉の試みが参考になること、インテリアデザイナーとして国際的に評価を受けていること、経済学からインテリア、建築へと進んだ葉のユニークさなど話は多岐に及んだ。質疑応答では、葉が人工照明・自然照明を一元的に取り扱っていること、葉が美学的な側面をどのように磨いたのか、現代における美的な感覚の学び方など盛んに質問がなされた。
木構造からコンピュテーションへ
続くセッションでは「木構造からコンピュテーションへ」というテーマで、デジタルデザインの先駆者として再評価を受ける葉について議論された。登壇者には、VUILDの秋吉浩気氏や、学生時代から葉の作品を追い、CCAで葉のアーカイブ活動にも参加した建築家の百枝優氏、ニューサウスウェールズ大学のK.ダニエル・ユー氏が名を連ね、モデレーターは岩元真明氏が務めた。
まず、百枝氏は「動きの中の建築」という視点で葉の作品を解釈し、発表した。
百枝氏は葉が建築を「大地から切り離され、動くもの」として捉えていたのではないかと話した。例えば、《コーヒーショップ・インゴット》は「いろんな土地にインゴットが不時着する」ということを葉さんは夢想していたと解説され、《木下クリニック》も「UFO」と呼ばれたように地面と縁を切った建築であったと説明した。
百枝氏はCCAで行われた専門家がアーカイブを読み解くプロジェクト「Find and Tell」に参加する中で、葉の建築が「自然現象への応答としての3次元曲面」の可能性への着目から、小国ドームではできなかった「連続的変化による自然現象への応答」というように進化し、建築の表現も「甲殻類→銀河→浮雲」と初期の「甲殻類」のような構造から流体のような自由で有機的な軽やかな建築に変遷していったことに気づいたという。最終的に《筑穂町高齢者生活福祉センター》及び《内野児童館》では不定形平面の最も有機的な形態が試みられた。
百枝氏は、葉がフライ・オットーの「FORM FINDING」を意識し、素材が「振る舞う」ような、素材特性に合わせた構造、構法の実験、動的かつ有機的で生命感あふれる建築を目指していたのではないかと話した。このプレゼンに対して、岩元氏は、CCAのマルティン・デ・フレッター氏のエッセイに触れ「葉の建築は究極的には屋根である」という論旨が百枝氏の発表内容と関連しているとコメントした。
続いて、秋吉氏は主宰するVUILDの活動を紹介した。秋吉氏は自身の活動を「メタアーキテクト」として位置づけ、設計だけではなく、材料と生産のシステムを構築することに取り組んでいると述べた。その他にも、自分たちで制作した型枠でコンクリートを打設しそれを残置することで建築として成立させた学芸大学の教育インキュベーション施設《学ぶ、学び舎》など、さまざまなプロジェクトを紹介した。
岩元氏は、デジタル技術を駆使し、建築の流通にまで踏み込む点で、VUILDの活動が、葉の姿勢とも通じる部分があり、特に《学ぶ、学び舎》の型枠の扱いが、葉が《内住コミュニティセンター》で竹型枠を使用した事例と非常に似ていると述べ、ここまでの共通点を持つ例は他に見当たらないと話した。
ユー氏は自身のデジタル技術を活用したプロジェクトを紹介しつつ、建築から都市まで多様なスケールでデータを用いてイノベーションを促す教育に注力していると語った。葉の作品をパラメトリックな手法でモデリングし、3Dプリンターで出力可能にした試みや、オンラインでアクセス可能にした《内住コミュニティセンター》のバーチャル展示空間など、様々なアーカイブプロジェクトを紹介した。ユー氏は、葉が当時から数字やデータを入力することで幾何学形態を生み出す思考を持っていたことを指摘し、それが時代の先端を行っていたと述べる。
「つくり方」から考える
ディスカッションでは、岩元氏がまず百枝氏の発表に触れ、「甲殻類」「銀河」「浮雲」といったメタファーと建築の関係性について「発想」「素材」「つくり方」の3つの観点から建築家としてどのように捉えているかと問いかけた。
百枝氏は、自分は「発想→素材→つくり方」と順を追って考えることが多いが、葉は《内住コミュニティセンター》で発想からではなく「竹型枠とコンクリートでどういう形態がつくれるか」という「つくり方」に対する具体的な興味を持っていたエピソードに触れ、「葉は発想を事後的に考えていたのではないか」と分析した。秋吉氏は、自身のプロジェクトではメタファーを用いず、具体的なつくり方から発想を探索しながら設計を進めると説明し、特に《学ぶ、学び舎》は型枠の実験として設計したと語った。
続いて、岩元氏はコンピュテーションデザインを使う理由として最適化や経済性を挙げ、それを踏まえて葉の建築についてどう考えるか質問した。
百枝氏は《富山ギャラクシー》のコンピュータによる経済合理性の実現に触れつつ、《内住コミュニティセンター》はそもそもの形態が合理的ではない点について指摘し、デザインしたいという欲求が根本にあると述べた。その話を受け、岩元氏はフランク・O・ゲーリーがまず安価な材料を用いて自身が望む曲面を実現し、より合理的・経済的に自身が思い描く曲面を実現するために「航空産業」で用いられていた3DCADの技術を取り入れ、さらに複雑な建築の実現のコンサルティングを行う「Gehry Technologies」を立ち上げたことに言及し、経済性以前に挑戦する姿勢の重要性を強調した。その上で、葉はやはり「光」をスタートとしているのが特徴だと述べた。
ユー氏は「おそらく現在のパラメトリックツールを使うと、当時よりさらに最適化できるはず。ただどれだけ最適化したとしても、結局は最終的に誰かが決めなければならない。葉の建築もおそらく必ずしも最適解だったわけではなく、美的な観点から最終的な決定をしたのではないか」と話した。
最後に、秋吉氏は「最適化に対して『正解がある』という認識が誤りだ」と指摘し、「安いから四角い」のような固定観念があるのが問題だと話した。「コンピュテーションの力はさまざまな変数を同時に処理しみんなが納得する調整ができるのが強みであり、一変数で考える近代のパラダイムを超えていかなくてはいけない。デザイン学で議論されるアブダクションの手法のように、建築分野でも新たな設計のあり方を模索することが重要ではないか。」と話した。
葉祥栄は私たちに何を喚起するのか?
シンポジウムの締めくくりとして、九州大学名誉教授・建築史家の土居義岳氏が総括を行った。
土居氏は「葉祥栄が建築史の中でどのように位置づけられるか」というテーマを掲げ、ニコラス・ペブスナーの「モダンデザインの展開」が建築展の図録であったことに触れ、展覧会は近代建築を推進する役割を果たしてきたと指摘した。建築展の歴史はほとんど建築史そのものであり、日本建築を取り扱う展覧会の中で葉がどう取り扱われてきたかを振り返ることで位置づけを分析できるのではないかと話した。
まず、1930年代に堀口捨巳によって定式化された「日本」という観点に着目し、2003年に磯崎新によって執筆された『建築における「日本的なもの」』で葉が紹介されなかったことを指摘した。さらに、2014年に金沢21世紀美術館で開催された「ジャパン・アーキテクツ 1945-2010」、2018年に六本木ヒルズ・森美術館で開催された「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」といった展覧会でも葉が取り上げられていないことから、日本の建築界が葉を「日本的」とは見なしていないのではないかと論じた。また、「ポストモダン」「合理主義」といったキーワードを用いて、葉の建築を分析した。窓研究所のWebサイトでは、本イベントでの発表とも関連する、葉の活動を九州で同時代に目撃した視点から論じた土居氏の論考が掲載されている。
最後に土居氏は、葉を「日本建築」として位置づけるのではなく、その美学を乗り越えるために葉の建築について考えるのが良いのではないかと話した。葉の建築が「日本建築」と見なされないことこそが最高の名誉であり、「非建築」を提唱した葉が期待できる水準ではないか。「葉祥栄とは誰か?」より「葉祥栄は私たちに何を喚起するか?」を考えた方が面白いのではないかと述べ、シンポジウムを締めくくった。
シンポジウム「葉祥栄 光をめぐる旅」開催概要
日付:2024.09.07(土)
時間:14:00-16:50(開場:13:30)
場所:建築会館ホール(〒108-8414 東京都港区芝5丁目26番20号)
言語:日本語、英語(同時通訳あり)
入場料:無料
登壇者:
はじめに:井上 朝雄(九州大学)
Session 1 : インテリアから非建築へ
トレーシー・ファン(ニューサウスウェールズ大学)、ニコル・ガードナー(ニューサウスウェールズ大学)、岩元 真明(九州大学)
モデレーター : 井上 朝雄(九州大学)
Session 2 : 木構造からコンピュテーションへ
秋吉 浩気(VUILD)、百枝 優(九州大学)、ダニエル・ユー(ニューサウスウェールズ大学)
モデレーター: 岩元 真明(九州大学)
総括: 土居 義岳(九州大学名誉教授)
主催:公益財団法人 窓研究所
共催:九州大学葉祥栄アーカイブ
協力:カナダ建築センター、ニューサウスウェールズ大学、豪日交流基金