第18回 インド・キナウル地方「張り出しの村」(前編)
14 Mar 2018
インド北部のヒマーチャル・プラデシュ州には、キナウル族という人々が住む地域がある。ヒマラヤ山脈の西北に位置し、東には中国チベット自治区がある標高の高い地域である。キナウル地方に興味を持ったきっかけは、旅行前に神谷武夫『インド建築案内』(TOTO出版、1996)をめくっていて、「ビーマカーリー寺院」というヒンドゥー寺院の写真に目を奪われたからである。
この寺院のあるサラハンという村は、ニューデリーからだと1日では来られない場所にある。何時間もバスに乗って、また乗り継いで、眼下に崖が広がる危険な道路を進んでいかなければならない。この書籍以外にはまったく事前情報がなかったが、なんとか辿り着いてみると、予想より巨大で見たことのない雰囲気をまとった建物が、山あいの静寂の村にすっくと立っていた。
メインのお堂は二つあり、つくられた時期が違うらしく、背の低い方に神様が祀られていた。特徴的なのはその構造で、石と木(ヒマラヤ杉)を交互に積み重ねて壁をつくっている。今まで見てきたどんな建築とも違う構造だ。格好良くて見とれてしまう。
よく見ると隅部や中間部では木が二重になっていて、二重グリッドの木材を井桁状に組み、石をその隙間に積んでいる。地震多発地帯でもある、この地方ならではの知恵であろうか。さらに上部ではその壁から木材をそのまま伸ばし、テラス状の空間が四方に張り出している。その張り出した外部の壁は、カーテンウォールのように軽く、板で囲われている。屋根はお堂の周りの諸室も含め、全てスレート葺きであった。
村で訪問した古い民家も、スケールこそ違えど、ほとんどこの寺院と同じつくりをしている。井桁の木と石を交互に積んだ「コア」の部分があり、二階で吹き放しのテラスを張り出す。主な居住スペースは二階で、一階は物置に使われているようであった。
この「コア」の部分には入口の他には窓がほとんどなく、部屋の内部は洞窟のように真っ暗である。寒い地域だからだろうか。
訪問したとある家の裏側立面を見ると、横に積んだ木の隙間に窓枠のようなわずかな木材が挿入され、その中にさらに小さな家型の窓がつくられているのを発見した。この特殊な工法の壁には、やはり窓をつくりづらいらしい。
ビーマカーリー寺院のお堂を囲む諸室も、例に漏れず同じ工法を採用している。その壁にもほんのわずかな窓、というより「穴」が穿たれているのみである。
しかしすぐ隣の建物に目をやると、ここにも張り出し部分がつくられていた。お堂と同じくカーテンウォール状に木板で囲まれ、日本建築のような、近代建築のような、連続窓がつくられている。
構造部分で窓をほとんどつくることができないだけに、この連続窓が際立って自由に見える。さらにその自由を謳歌するかのごとく窓枠は彫刻され、装飾で溢れている。むしろ構造部分の小さな窓は、光や空気をとりこむためというより、上に張り出す自由な窓を引き立たせるため、一途にリズムを刻んでいる存在に見えてくる。
寺院をウロウロしていた僕に、建築関係の仕事をしているという旅行者が話しかけてきた。彼によれば、ここからさらに奥のチベット国境近くの村には、古いものが多く残っているらしい。次の日の朝、僕はさらに奥地へ向かうバスに乗った。キナウル地方の旅は、予想より長くなりそうだった。(中編に続く)
田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。