第15回 東チベット・色達 「赤いスリバチ」(後編)
07 Dec 2017
ラルン・ガル・ゴンパの中心に降りてみると、ちょうど講義や集会の終わった時間なのか、僧侶たちが次々と僧院に出入りしているところだった。同じ色の袈裟を着た人々が中心に吸い込まれ、そして散っていく姿が、スリバチ地形と呼応した生活リズムとなっているようで興味深い。
僧院のまわりには食堂や商店が集まり、町の中心として機能している。仏典などを売る店を覗いてみると、店員もまた僧侶であるらしい。修行をしながら働いているのだろうか。とにかくこの町は隅から隅までチベット仏教に覆われている。こうしている間にも町にはお経が響き続けている。
時々気さくな僧侶に話しかけられながら歩く。彼らの家々をもう少し観察してみようと思い、再びスリバチを登っていく。
僧侶たちの家は基本的に平屋か二階建てで、急な傾斜に水平部分をつくるために、下部は石またはレンガの壁で調整される。その一階部分は倉庫として使用されることもある。
石壁の上には丸太小屋を載せている。近くに森が確認できないので、離れた土地から持ってきた木材と考えられる。しかしこの丸太小屋が、標高の高い寒冷地で暖かく暮らすためには必須なのだろう。これらの家屋は、このような型を持ちながらもその色や素材には少しずつ差があり、統一の中にバラバラとした人々の垢のようなものを感じる。
一目で手づくりとわかる石壁と丸太小屋は等しく赤く塗られ、その中で窓だけがアルミサッシをギラリと光らせ目立っている。どうやら窓は簡単に手づくりできないものらしい。ほとんどすべての家が工場からそのまま持ってきたような銀色の窓を備え、これらが新しい建物群であることを物語っている。このような僻地の宗教都市も、工業製品がないと成立しないのだ。
観察しながら歩いていると、彼らの家は非常に閉鎖的に感じられた。あまり道に開かれていないのである。人々も家も、ただスリバチの中心に意識が向いているからだろう。そこがこの場所に少しおそろしさを覚えるひとつの理由なのかもしれない。それはこの地を離れるときに、象徴的な風景として現れた。家の集合を正面から見ると、すべての家がまるで集合写真のようにこちらを向いている。アルミサッシの窓はあたかも目のように、こちらを凝視している。
塔のまわりをぐるぐる回る人々のように、家々はこのスリバチにぐるりと配置され、中心を向いている。曼荼羅などチベット仏教の図像がしばしば強い中心性を持つことを考えると、かつてこの地を拓いた僧侶は意図的にこの地形を選び、集落としてそれを具現化したかったのかもしれない。
日が暮れ始めた頃、ここを後にして次の町に移動した 。乗り合いの小型バスには、10代後半から20代前半くらいの若い僧侶たちが大勢乗ってきた。彼らはずっとハンディ・マニ車を回し続けている。隣の青年は「これを10万回やるんだ」と教えてくれた。僕がこの町で強く感じた中心性を、彼らは手の中にまで持って生きていた。
田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。