第9回 トルファン「海より低い砂漠」(中編)
22 Mar 2017
集落の外れの丘に発見したぶどう干し小屋群は、実はトルファンに到着した日の早朝、10時間ほどの電車移動に疲れたままバスで宿の近くに向かう時に見たものだった。朝日に照らされた丘の上に、同じ方向を向いて立つ穴ぼこだらけの建物群は、寝ぼけまなこの僕を引きつけた。
ウイグル集落を抜けて、小屋群の待つはげた丘に向かう。斜面の上に整然と並ぶそれらの多くが、日干しレンガでできている。足元に広がる丘と同じ色だ。水と太陽によって、丘が小屋に変形したのである。一部、焼成レンガを使うものもあり、基礎だけを残している跡も見つかった。
どうやら誰もいないようなので、ドアが開いていた比較的古そうな日干しレンガの小屋を見つけて、灼熱の中ひとりで実測を開始した。日干しレンガをずらして積んで、開口部としている。穴だらけでスカスカだ。
正面外壁には、二本の日干しレンガの塊がとりついていた。これは古代・中世ヨーロッパの教会などに用いられたバットレス(建物の壁から直角に出て主壁を支える補助的な壁。控え壁ともいう)のようなものなのではないかと想像した。
屋根はポプラの細い丸太の梁の上に、枝や葉のようなもので葺かれている。雨が降らないから、その程度で屋根になるのである。
中に入ってみる。
美しい影だった。コントラストで、太陽の強さがわかる。
こんなにもトルファンの気候に正直な壁と屋根もないだろう。すぐ近くにある素材で、照りつける光に対して屋根で真っ暗な影をつくり、それを支える壁はスカスカで、風が通り抜けていく。ぶどうのためではあるけれど、実に気持ちの良い空間である。風の吹く南北方向に長辺が向いているのは、乾燥の便利のためであろう。
ちょうどぶどう収穫前のシーズンだったらしく中はからっぽであったが、それゆえにつくりが良くわかる。ぶどうを干すときはこの穴を利用したりするのかもしれない。
ポプラの梁は壁面から飛び出ていて、その列だけ日干しレンガのスキマのつくり方が違い、紋様の連続のようにも見えた。
なお集落内のウイグル人の家には、ぶどう干し小屋が2階に載っている例もある。このような丘がすぐそばにない場合、居宅と合体し、風通しの良い2階にぶどう干し小屋が載るのである。
ここまでぶどう干し小屋に注目したのには、理由がある。実はこのぶどう干し小屋は、後述するウイグルの家の、基本的なつくり方を教えてくれるのであった。つまりほとんどがレンガ(日干し or 焼成)とポプラ、少しの枝葉でできており、影をつくり、風を通す。海より低い砂漠における建築のエッセンスなのである。(後編に続く)
田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2014年4月より早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程在籍。2014年6月、卒業設計で取り組んだ伊豆大島の土砂災害復興計画を島民に提案。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する (台湾では宜蘭の田中央工作群にてインターン)。