ヴォーリズ建築事務所
「駒井家住宅」の窓
25 Oct 2023
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まもなく築100年となる旧駒井家住宅「駒井卓・静江記念館」は京都市左京区北白川の疎水縁りの沿道に建ち、東に比叡山を大きく望む郊外地にある。アメリカ建築を範に多数の洋風住宅そして学校建築、教会堂を建てたヴォーリズ建築事務所の1920年代における代表的な住宅として知られている。赤い日本瓦葺きの切妻屋根のおとなしい構えであるが、クリーム色の荒い塗り壁に大小のアーチ窓、大ぶりの上げ下げ窓を適所に配置したスパニッシュスタイルで、建坪約30坪の2階建て、北側に平屋の付属屋(元洗濯室)をもつ中規模の洋風住宅である。
建築主は1920年に京都帝国大理学部助教授に着任した駒井卓博士で、夫人を伴い1923年より遺伝学研究のため米国コロンビア大学に留学し2年後に帰国、その米国での生活体験を思ってか1925年に新居の住宅設計をヴォーリズ建築事務所に依頼したのであった。ウィリアム・メレル・ヴォーリズにおいてはその先年に、日本における住宅設計を説いた『吾家の設計』を著しており、若き学者夫妻の住宅設計は健康的で文化的な生活のための実例として取り組まれたのであろう。
1970年代にかかる頃、駒井夫妻の没後には関係会社の京都研修所として使われたが、ヴォーリズの設計住宅の名品であり、今後の維持活用を目的として2002年に(公財)日本ナショナルトラストに寄贈され、「駒井卓・静江記念館」として整備、活用が図られている。近年はプロパティマネージャーのもとで、ボランティアスタッフの活躍もあり、公開日にはガイドさんの楽しい案内もあると聞く。*現在は来館者の要望・質問に応じて建物や庭園の説明を行っている
間取り構成
主屋の1階は居間を中心として、西側に小さな玄関を構え、つづいて階段を収めたホールを中心に、北側に食堂、台所、南にサンルーム、そして西に和室を置き、2階には二つの寝室と書斎などを配置した過不足のない合理的な間取りが工夫されている。そしてヴォーリズの住宅設計の特色といえる、快適で良質な住宅空間が見て取れるのであるが、奢侈に流れず良質な造りとともに、様々に工夫のある建具類、インテリアを構成する家具が揃って健在であり、調和のある魅力的な住空間となっている。ここでは諸室のインテリアの特色を窓の設備を通して述べてみよう。
玄関・ホール
本邸を訪ねると、門から入り飛び石のアプローチの先に、赤煉瓦床の玄関ポーチと、愛らしいアーチ窓をもつ玄関が温かく迎えてくれる。玄関扉は滋味ある框ドアで、その上部にアーチ型窓(ファンライト)を組み込んでいる。花弁状のロートアイアン(錬鉄打出し)飾りを入れた窓で本邸の特色を示している。そして玄関扉の脇に目線の高さに小さなアーチ窓が開かれている。この小窓より微かにポーチの気配が感じられるもので、玄関には外に開かれた寛ぎをもたせているようだ。
ホールの空間に一歩入ると、柔らかい琥珀色の光に気付く。階段の吹き抜け空間西面にある3メートルほどの高さのある大きなアーチ型高窓から入る西日の光である。その光によって曲線を描く階段手摺を美しく表情豊かにしているのが分かる。階段の設計はヴォーリズの住宅の見所の一つに違いなく、ここでは蹴上げ170ミリ、蹴込み270ミリ、17段の階段をホール内に上手くコの字型に収めており、手摺、巾木回りのディテールも巧みで味がある。
ウィンドウ・シートという設備
居間(リビングルーム)は12畳大の広さであるが、北側の食堂、南側のサンルームに繋がる空間があり、ゆとりがある。そして東面には大きなベイ・ウィンドウのような窓があり、庭の景色が目に入る。庭側に突出するニッチ型のスペースに6連の上げ下げ窓を開き、ニッチの下部を長椅子としている。この設備はウィンドウ・シートと呼ばれ米国20世紀初頭のクラフツマン・スタイルの住宅におけるリビングルームの設備として工夫されたもので、椅子に腰掛けると庭空間を身近に感じる自然味(ナチュラルテイスト)が特色なのである。この窓設備の活用は当時のコテージやフランク・ロイド・ライトの住宅にも種々の類例を見るが、同時代であるヴォーリズの住宅における見所でもある。この駒井家住宅では居間の中心に左右対称に置かれ、凜とした風格も感じさせるのである。
ガラス窓建具の材には米松、米桧、オークなどあり、框建具で組子によって小割のガラスが入れられている。窓下枠は雨仕舞納まりとして下枠(ウィンドウボード)には斜め勾配が付せられ、窓の3方回りには額縁(ケーシング)が回り、下部には水切り勾配を付けけた面台(シル)が付けられている。そうした枠回り部材にはシンプルな刳形(モールディング)あるいは丸面が取られており、窓回りには穏やかな陰影が与えられている。
ここから外に目をやると遠くに比叡の山並み、近くには池泉を入れた和洋折衷の庭の広がりがあり、京都住まいの景色が広がっている。
サンルームの窓
居間の南にサンルームがつづく。4畳ほどの広さがあり、東と南面にアーチ型のガラス窓、ガラス扉が並ぶ。小割のガラスを入れた開き窓で、開けると風が吹き抜けることだろう。近年は建具維持のため、残念であるが開閉できないのであるが。この4つのアーチ型窓(3連アーチの中央はアーチ型扉)を連続して収めるデザインは洋風住宅でも珍しい表現であるが、ここでの目的は“健康的な住まい”のための完全な通風と明るさにあったと考えられる。
2階についても、1階サンルームの真上にあたる位置にサンルームがある。引き違い式のガラス窓が並ぶが、1927年の竣工時には建具のないオープンデッキだった。寝室の南につづく部分であり、冬の気候に対応してか数年後にはガラス窓を建てつけたようで、吹き放ちの開放性を留めながら寝室につづくサンルームとなっている。手摺子の縦格子、内法敷居を入れて上部を欄間窓風に扱うなど和風が入っている趣もある。
和室の意匠
和室の導入も本邸の特色で、1階ホールの南には6畳間の和室がある。6畳間は襖、障子戸に床の間を備えており、上質の和室といえる。南と西面には出窓(肘掛け窓)の内側に障子が入れられている。それぞれ4枚建ての小障子で下に地袋、上部は欄間とされ、繊細な造りが好ましい。そしてこの障子を開けると、地板の先に洋式の上げ下げ窓があり、外部からは洋室に見えるという工夫があり、そうした窓設備をもつ珍しい和室であることが分かる。それを了解して、改めてこの和室を見ると障子窓の腰高は低くして和室の趣を整え、ガラス窓の窓台、窓の内法は高く、明るい洋風も織り交ぜた設計であることが知れる。
広い窓
和室の配置など和風の活用は本邸の特色であり、ヴォーリズの住宅においてよく見られる特色なのである。こうした工夫によりヴォーリズの住宅は日本の住宅として定着してきたともいえる。そうした類例を一つあげると、本邸の4年後の1931年、近江八幡に建てられたヴォーリズ夫妻の住宅(現、ヴォーリズ記念館)は歴史的なヴォーリズ住宅として著名なものであるが、本邸と同様に赤色の日本瓦葺きの切妻造りという、日本瓦を使った堅実なスパニッシュ風洋風住宅で、築数年後には茶室を含めて、縁側付きの8畳間を増築し、2階のオープンデッキはガラス窓を入れたサンルーム風に改築されている。そうした住宅の日本化にヴォーリズ夫妻の日常が窺えるところとして共感されるのであり、生活に適合して生きつづける住宅のあり方を見るのである。
庭に出て居室の並ぶ東面を見ると、連窓の上げ下げ窓が連なり、窓面はかなり大きいことが分かる。
寝室には十分な通風が欠かせないとされるヴォーリズ住宅の特色で、様々な窓があり、自然な明るさが外観にも表れている。ところで、ガラス窓には雨戸、ガラリ戸の類いが見当たらない。屋根軒庇や小庇はしっかりと付せられているものの、時に風雨の対応は欠かせないはずだ。そうした日々の手当てによって自然味のある住宅は維持されている。
山形政昭/Masaaki Yamagata
1949年大阪生まれ。京都工芸繊維大学建築学科卒業、同大学院修士課程修了。工学博士。関西学院大学客員教授・大阪芸術大学名誉教授。専門分野は日本近代建築史、とりわけウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築研究を行う。著書には『ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築』(創元社)など。社会活動では歴史的建築や文化財建造物の調査、活用に関わることが多い。