その窓は、緩く開いている──マイケル・スノウの映画と建築映画館
16 Jun 2023
「建築映画館2023」という映画上映イベントが2023年2月23日から26日にかけてアンスティチュ・フランセ東京で開催され、全回・全席完売という盛況のもと幕を閉じた。窓研究所が助成する本イベントは、「映画のなかの建築をフレームの外へ拡張させ、実際の都市・建築の議論へとフィードバックする」ことを標榜しており、その中でも「マイケル・スノウ作品集」というプログラムは特に、「窓」と密かに/密接に関連するものだった。イベント直前、2023年1月5日に94歳で逝去したマイケル・スノウは、実験映画の大家であり、ジャズ・ミュージシャンであり、インスタレーションや絵画といったアートの分野でも活躍した異才だ。今回上映した『WVLNT (Wavelength For Those Who Don’t Have The Time)』には最初から最後まで窓が映っている……のだが、しかし見終わったときにはむしろそのわからなさ、窓という存在の謎めいた魅力が手元に残る。いったい、ここには何が映っているのだろう? イベントの中心を担った建築映像作家・瀬尾憲司、そして「マイケル・スノウ作品集」をプログラムした成定由香沙(東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻在籍)と星 遼太朗(国立映画アーカイブ研究補佐員)に話を聞いた。
──『WVLNT (Wavelength For Those Who Don’t Have The Time)』(2003年)は、スノウが映画史に名を刻んだ45分の映像『Wavelength』(1967年)を“忙しい人のために”15分に短縮したものです。
瀬尾憲司(以下:瀬尾) 実は当初スノウさんに上映オファーをしたのは、『Wavelength』のほうだったんです。そうしたら、ぜひこちらを上映してほしいと返事が来たのが『WVLNT』でした。そこにはきっと、彼がなぜこの短縮版をつくったのかということも含めて、何かがあると思うんですよ。
──そもそもの『Wavelength』は、通りに面した窓が並び、その窓の真ん中に柱が一本ある部屋が舞台です。全編にわたって静止した映像ですが、柱に張られた、ある小さな写真に向かって、45分間をかけてゆっくりズームインしていきます。その間、ずっとスクリーンには窓が映っています。
星 遼太朗(以下:星) 比喩的にいえば、映画というものは矩形のスクリーンの上で明滅する光や幻影を見るものであるわけですよね。触知はできないけれどもイメージを体感するという意味で、窓との類似性は長らく指摘されてきているとは思います。
──『Wavelength』はそのスクリーンの中にもうひとつ、写真という小さな窓があるというような映像ですね。
成定由香沙(以下:成定) 静止映像ということについては、ジャスティン・レメスという映画研究者が、『Motion(less) Pictures』(2015年)という面白い本を書いています。映画を映画たらしめているのは運動だけではなく、動いていなくても映画であることができる……なぜなら映画はそれ自体が独立した時間的次元を持っているからだ、という議論なんです。窓も含めた建築はほとんど動かないわけですし、建築を映像で捉えるという観点から私としても強い関心を抱いています。
星 スノウの『Wavelength』は「構造映画」の代表的な作品といわれてきた一本ですよね。構造映画というのは、1969年にポール・アダムス・シトニーの論文によって名づけられた、実験映画の形式です。「建築映画館2023」のHPでは、「構造映画とは、ショット構成や物質的な支持体であるメディア(フィルムやビデオテープ)など、映画を成立させるための構造それ自体を主題とした映画を指す言葉である」と説明しています。
──そんな『Wavelength』を忙しい人のために3分の1に圧縮したのが『WVLNT』ですが、ファスト映画的に早送りしているわけではなく……。
瀬尾 オリジナルの『Wavelength』を3分割して、スーパーインポジション(映像に映像を重ねること)によって3分の1にしています。実際には、『Wavelength』に使われなかった素材も用いている可能性もあります。もうちょっと事態は複雑なんですけれども。
──重ねられた複数の映像の前景/後景が時間を追うごとに変化していくこともあり、観客は窓の外を行き交う人や車、部屋のなかの人びと、柱の写真を同時にとらえ切れなくなっていきます。それは普段、窓の内と外をなかなか同時にとらえ切れないような感覚にも似ている気がしたのですが。
瀬尾 どうなんでしょう。同じく「マイケル・スノウ作品集」のなかで上映した『SSHTOORRTY』(2005年、20分)は、直接的には窓に関係ないですが、3分間の物語をふたつに分割して重ね合わせ、延々とループさせる作品です。ご覧になった観客の方が、「何回見ても同じシーンで片方しか見ることができないままにループが最後まで終わった」とおっしゃっていて可笑しかったのですが、しかしそれはスノウのスーパーインポジションによって、かなりこちらの視覚を巧妙に操られている感じもあるんですよね。日常的な窓の経験と、窓の比喩を用いることができる通常の映画における経験、そしてさらに人工的に先鋭化された映画であるスノウ作品における経験は、つながるところもありつつ、その間には違いもあるように思います。
成定 『SSHTOORRTY』の中で、抽象絵画を家の壁に飾るシーンがあって、そこではその絵の向きはどちらでもいい、ということが登場人物によって語られます。まるで登場人物が映画のなかで絵画を動かすように、あるいはスノウがそうした映画をつくったように、こちらも自由に映画を見る……そんな自由度を、まだ私たちは持つことができていないのかな、と感じます。と同時に、窓は何か外のものを見たり、部屋の空気を入れ替えたりするものとして空間に意識的に開けられた穴であると考えると、スノウの手つきは建築家が窓を開けるようなものだという気もするんです。もちろん日常的な窓の経験とは異なるんですけれども、観客の目線を誘導しようとする、あるいは混乱させるその手つきは、建築家によるそれを想像させます。映画を観る新しい視点のためにスノウが窓を開けてくれているような感覚がありますね。
瀬尾 なるほど、面白いですね。「マイケル・スノウ作品集」のなかでもう一本上映した、デジタル画像処理が全編に満ちた『The Living Room』(2000年、21本)を経てから、スノウは30年以上も前の『Wavelength』に立ち戻りつつ新たに『WVLNT』をつくったわけですよね。現代的な技術を経てから、過去の自作を新たに再解釈しているわけですから、やはりここには何か気づきがあったのかもしれません。
星 そもそもスーパーインポジションという技法自体が、すごく古典的ですよね。現代の映画作家で、スーパーインポジションを使う人は、ほとんどいなくなってきているんじゃないでしょうか。『WVLNT』を見ていると、スーパーインポジションでは近景と遠景が等価になるということを、改めて実感します。
──そう考えると、『WVLNT』の「音」も特徴的ですよね。窓の外の騒音も、部屋の中の喋り声やレコードの音も、全部並列で聞こえてきます。
星 加えて、ずーっと鳴っている、ヴーンというよくわからない謎の音も、最高ですよね(笑)。
成定 見に来てくれた友人の音楽家も、あの音をみんなで15分間、黙って聞いていたことが最高の体験だったと言っていました(笑)。
瀬尾 何なんでしょうね、あの音は……(笑)。ふと思い浮かぶのは、建築物のなかで映像を撮影するときの録音のことで、エアコンを止めることも、冷蔵庫のコンセントを抜くことだってあります。実は閉ざされた空間にいる私たちは普段、意外にたくさんの環境音に囲まれていて、意識せずとも息苦しく感じているのかもしれません。『WVLNT』で謎のサウンドや外の音が同時に聞こえてくる気持ちよさは、なんでしょう、「緩い窓」という感じがします。通気性がありすぎて窓の機能としては問題があるかもしれないですが(笑)、風通しの良さを感じるんですよね。
建築映画館2023
会期:2月23日(木・祝)− 26日(日)
会場:アンスティチュ・フランセ東京
主催:建築映画館実行委員会
助成:公益財団法人 窓研究所
協力:国立映画アーカイブ国立映画アーカイブ、合同会社ガラージュ
企画・運営:瀬尾憲司、小田切駿、渡辺瑞帆
プログラム統括:瀬尾憲司、稲垣晴夏
プログラマー:成定由香沙、星遼太朗
渉外・上映素材制作:稲垣晴夏
宣伝:吉田夏生
英語協力:松原悠也
グラフィックデザイン:鈴木哲生
ウェブサイト:石井宏樹
ブックレット編集・校正:平井祐一
模型:ZOUZUO MODEL
マイケル・スノウ/Michael Snow
1928年、カナダ生まれ。1950年代からプロのジャズ・ピアニストとして活動を開始し、60年代には記事本文中に言及のある「構造映画」の代表作『Wavelength』(波長)でビジュアル・アーティストとしての地位を確立した。フリー・インプロビゼーションの分野でミュージシャンとしても活動を続け、写真・絵画・彫刻作品など幅広く活躍。2023年1月に逝去。