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連載第15回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 2016 「en: アート・オブ・ネクサス」

今村水紀+篠原勲/miCo. 『駒沢公園の家』

今村水紀+篠原勲/miCo. (建築家)

27 May 2016

Keywords
Architecture
Interviews

世界最大の現代建築の祭典のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。2016年の日本館のテーマは「en: アート・オブ・ネクサス」。出展作家、会場デザイナーたちは、そのテーマをどう捉えたのか。また、彼らの考える、建築においてのさまざまな「窓」のすがたとは。実作を例に、話を伺った。

──『駒沢公園の家』 (2011) はお二人の自邸だと伺いました。設計の際どのようなプロセスを経て完成したのでしょうか。

今村水紀  (以下:今村)  築34年の住宅を購入し、改修しました。購入する際にいろいろな家を見たのですが、この家はとても小さな庭や、旗竿敷地の竿の部分が余白として感じられて、何かできるのではないかと思いました。木造の密集地に建っており、旗竿敷地は四周を囲まれてしまう環境にあるので、光と風をなるべく取り入れる計画にしたいと思いました。

母の同居と、子どもが生まれるということで家族が増えるのを機に計画を始めました。母の部屋、リビング、ダイニングとお風呂を全部1階に欲しいという要望があり、そうすると1階にどうしても増築が必要でした。最初は、全体が暗くならないよう、半透明素材で覆った1.5層のボリュームを増築して実施設計までまとめました。

あるとき、篠原がプランに2本線を書き込んだことがきっかけで、「建物を3つに分ければ、光や風の問題も解決できそうだし、増築だけするよりも、周囲に対して配慮のある増築になるのではないか」と気付きました。さらに、南側の庭を、真ん中の室内に移動することを考えました。室内にある中庭のような発想です。そのため、真ん中の棟は2階の床を抜き、吹抜けにして、とにかく開口を多くして光で満たしています。最初は、室内庭と部屋をサッシで仕切っていましたが、最終的にはそれも止め、全体的につながったワンルームにしました。

──内外のつながりの操作がとても上手だと感じました。窓まわりのディテールも、それぞれ違いますね。

篠原勲  (以下:篠原)  窓は結構気を使って設計しています。基本的に既存の開口部の位置を再利用しています。しかし窓の先が素晴らしい環境とは限りません。FIX窓は内と外に距離を生み出すので、風景を抽象化しようと思うときに使えると思います。一方で、開けたり風を通したいところは、引き違い窓や開き窓を活用しています。

  • 『駒沢公園の家』 ©Koichi Torimura

今村 開いてる、開いてないはとても重要だと考えています。例えば、キッチン横に、人が通れない幅の隙間しか開かない勝手口を付けています。通れないのになぜ勝手口を付けたのか、よく聞かれます。ここでは、出ることが目的ではなく、大きく開いているということが重要でした。この場所は庭のような印象にするために開口率をしっかり取りたくて、勝手口がこの大きさで開いていることで「中庭」感を強めていると思います。人は通らないけれど、風の通りは全然違うし、地面が見えることも重要でした。

篠原 窓に関しては、木造軸組の910mmを基準とした既製品で、引き違いの窓やFIX窓、突き出し窓や縦軸回転窓など様々な種類があります。これは現代の複雑な住宅環境を端的に表していると感じます。それらと特製の窓とを場所ごとに丁寧に選択して使い分けています。

──窓の取り付け方も、一つの住宅の中でそれぞれ異なっているのですね。

篠原 そうですね。同じ家の中でも、例えば半外付けと外付けを使い分けます。木造用の既製品でも、外付けは柱の外側に枠が付くので、半外付けより大きく開口が取れるし、開口部の外側に小さな出窓を付けたようになる。体が感じることとしては、そのような小さなことがとても大切だと思っています。窓のディテールでも、フィックスは見付を細く納めていますが、逆に、既製のアルミサッシは障子部分の見付がゴツいことが結構いいなと思っています。明らかに開きそうという感覚は重要で、昔からの伝統や記憶の影響もあると思いますが、これは開くな、という感じは絶対に染みついている。そういうことを考えながら設計するのは面白いです。

今村 横長の窓を見ると、日本人はガーッと全部開けたくなりますよね。

篠原 窓だけでもこんなに種類があるのはとても贅沢なことで、設計者としては考えていて面白い部分です。逆に、これだけ種類がないと乗り切れなくなっている環境とも言えますが。

──他のプロジェクトで、窓に着目しているものはありますか。

今村 『東京の家』 (長尾亜子建築設計事務所と協働、2015) のときもよく考えました。建物の外壁ラインの内と外とで環境はものすごく変わります。雨や雪の日、環境の厳しい夏や冬の時期など、ふと窓の外を見ると、この一枚のガラスのこちら側と向こう側で世界が大きく違っていることを実感します。窓は外壁ラインをつくりながらも、視覚的にも体験的にも内と外とをつなぐことができ、一枚で中間領域的な役割を担うこともできると感じています。この東京の家は細長い奥行のない敷地に建つために、内と外との距離感の取り方が重要だと思い、割とコンセプトに近い部分で窓を考えたと思います。

  • 『東京の家』 (長尾亜子建築設計事務所と協働) 撮影 新建築社写真部

──コンクリートの躯体に出窓が付いているように感じますね。

今村 そうですね。ここはとても不思議な場所で、大きな道路と、隣のビル、古い住宅、高架の線路が距離を置いて建っている、島状に取り残されたようにも感じる敷地です。両側でものすごく環境が違う上に、敷地形状が細長いので、奥行方向に空間が取れません。お施主さんは、この場所に音楽室を持つ家を望まれていたのですが、商業地域で防火に配慮しなくてはいけないし、道路の幅員が小さく鉄骨は搬入が大変、音楽室も必要などと考えていると、内側が大きなコンクリートのボリュームになっている案が割と合理的だと思いました。けれど、あるときお施主さんに鉄骨のオープンなスラブの案を見せたら、意外と気に入ってくださったんです。

音楽の制作活動でこもっている以外の時間はリビングで開放的に過ごしたいとか、お友達がたくさんいて遊びに来たときにゆったりとしたいという要望があり、閉じた場所と開いた場所、両方が要るということが分かったのです。そこで、内向きのコンクリートのボリューム案と、外に広がる鉄骨のスラブ案、その両方を同時に成立させる、ハイブリッド案をつくることができないかと考えました。コンクリートのボリュームにスラブ状の空間が飛び出ているという形を考え、それに窓周りの空間と窓を取り合わせました。

  • 『東京の家』 コンクリートのボリューム案 ©miCo.
  • 『東京の家』スラブ案 ©miCo.
  • 『東京の家』ハイブリッド案 ©miCo.

スラブが飛び出ている開放的な空間は、パンッと開けるような、いわゆる日本の間の戸の窓にしていて、半外付けのサッシにしています。逆にボリュームになる空間に開く窓は、うがつような穴として、抱きの納まりにしています。ひとつながりの住まいの空間に突き出している部分と囲われている部分があるので、引きで見ると、抜けていくところと、こもるところが同時にあるような、そんな場所になっています。

篠原 部屋の奥行きがないこともあり、窓の面積が場所の体積に比べて大きくなっていて、例えば洗面所の前のスペースやリビング、寝室は、外とダイレクトにつながっていくこともできる、窓でできた空間のように感じます。逆に駒沢公園の家は、開口が大きいし、窓もたくさんあるのですが、窓面積に対して体積があるので、窓でできた空間とは感じないかなと思っています。

  • 『東京の家』 (長尾亜子建築設計事務所と協働) 撮影 新建築社写真部

──今回、ヴェネチア・ビエンナーレの出展に際して考えていらっしゃることは何ですか。

今村 ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の全体テーマが「en: アート・オブ・ネクサス」なのですが、縁というと、何かと何かの境界線上に出てきたり、二次的に出てくるといった偶発性を含むようなものだと思っています。つまり、関係性や連関という意味を含んでいるような言葉だと思うのです。駒沢公園の家でも、外と中の関係性だったり、古いものと新しいものの関係性であったり、既存建物を扱うところに、ある偶然性みたいなものを受け入れるという縁が生じていると思っています。

今回の12組の作品というのは、それぞれで「en」というキーワードが感じられるような作品が選ばれているのと同時に、12組が集まったときに、見る人がそれぞれの連関を感じていろんな読み取り方ができる展示になるのではないかと思っています。

その中で私たちは、木造密集地の街並を全て軸組で表現した模型を展示します。日本の文化として木造の軸組の構法があります。建築学科であれば皆学校で習うのですが、少し習っただけで、図面が無くても既存の建物を見て何となくあらかた理解できる。そういう知識を含めて文化であり、実は同じ土壌のものが密集しているような場所でのリノベーションなのではないかと考えました。私たちは、この家を詳細に紹介するというより、もう少し大きな視点で時代や文化、環境等の背景を含んだ展示を目指したいと思いました。

篠原 駒沢公園の家では、リノベーションだったこともあり、ネガティブだろうが何だろうが、いろいろ見てきたものや感じてきたものを取り入れているという感覚がありました。時代や文化を、単なる郷愁としてそのまま復元しないことが重要だと思っています。たとえば縁側などの中間領域はとても好きなのですが、このような住宅密集地にそのままつくるわけにはいかない。逆に、密に建っている家と家の間にできた小さな隙間を利用し、よい環境を設計できるのではないかと考えました。中間領域を内側に取り込み室内庭とし、室内庭と部屋の間に屋外の隙間が入り込んでくるような、そんな建築です。ひとつの住宅の中に隙間を引き込むことで、隣地の住宅との隙間の感じ方も変わってくる。もう少し引いて、この木造密集地全体を木造の軸組で捉えてみると、敷地境界線が消え去って、ひとつの住まいの単位を再編できるような、そんな自由を想像することもできるのではないかと思いました。

そんな夢のような可能性を含め、現代の住環境で、具体的にどのように空間として提示できるのか、そのようなことがとても重要だと思います。そういう意味で言えば東京の家の、窓でできた空間みたいなものって、昔で言う縁側ともつながる部分があります。駒沢公園の家では、スリット越しに自分の家の外壁が大きく目の前に現れることで、住宅群にできた隙間をポジティブに空間化できた気がしました。そのような現代的な空間がいろいろ出てくると面白いと思っています

──それでは最後に、好きな窓について教えてください。

篠原 窓に関して特に影響を受けたのは、西沢立衛さんの『森山邸』 (2005) かもしれません。一見、白いボックスが抽象的に並んでいるように見えるのだけど、実際行ってみると、床のレベルや窓の開き方にたくさん種類があることが分かります。さらに、開いた戸で領域をつくったり、とにかく様々な工夫をして生活のシーンが豊かになっています。

今村 パターンというかルールがなくて、それぞれの場所で、それぞれの形でつくっているんですよね。当時は、手法を整理するということを当然のようにやっていたので、森山邸を見に行って、すごくびっくりしました。いい意味で、とてもかちゃかちゃしている。こんなにたくさんの納まりが同時にあって、こんなに豊かなんだという姿を見せてくれたのが森山邸です。

篠原 建築を始めたての人は、そんなに窓の種類をつくらないと思うんですね。大体、図面に玄関戸と引き違い窓を記号的に貼り付けて終わってしまう。いろんな地域のいろんな建物を見て、どんどん豊かなものをつくれるようになるのだと思います。

今村 まず気づく、見えるというところまでくると楽しいですよね。ざくっと「窓」ではなくて、様々な窓があって、いろんな環境が生まれていることに気づくと設計や生活がもっと楽しくなると思います。

 

 

今村水紀/Mizuki Imamura
1975年神奈川県生まれ。1999年明治大学理工学部建築学科卒業。2001–2008年妹島和世建築設計事務所勤務。2008年miCo.設立。現在女子美術大学、日本工業大学、明治大学、東京理科大学、日本大学非常勤講師。

篠原勲/Isao Shinohara
1977年愛知県生まれ。2003年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2003–2013年SANAA勤務。2008年miCo.設立。現在女子美術大学、東京理科大学、昭和女子大学非常勤講師。
http://micomico.co.jp/

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