03 Oct 2018
ドイツ現代写真を代表する写真家であり、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフらとともに、ベッヒャー派のひとりとして国際的に知られるカンディダ・へーファー。建築倉庫ミュージアムで開催されている『「建築」への眼差し―現代写真と建築の位相―』展へ共に参加中の写真家・ホンマタカシと、デュッセルドルフ美術アカデミーで過ごした学生時代から近年までの制作活動を振り返った。
ホンマタカシ (以下:ホンマ) 以前、「Window」というシリーズを発表したことがあるそうですね。これはご自身で撮影したスナップショットですか?それとも他の人の写真を集めたものですか?
カンディダ・ヘーファー(以下:ヘーファー) 70年代後半、私がデュッセルドルフ美術アカデミーに通っていた時に撮ったものがほとんどです。ただそれをまとめたのが2012年なので、制作年がそうなっています。窓ばかり、どれもデュッセルドルフで撮影したものです。
2013年にクンストパラスト美術館というデュッセルドルフの大きな美術館で個展を開いた時に、私が学生時代からデュッセルドルフの写真を撮っていたことから、過去と現在のデュッセルドルフ、そして過去と現在の私の作品を一緒に見せるのはどうか、というキュレーターからの提案がありました。それでデュッセルドルフの写真だけを集めて展示することになり、それまで一度も発表したことがなかった学生時代の写真を振り返ってまとめたのが、この「Window」シリーズだったんです。
このシリーズは、私が学生時代に当時住んでいた家の近所を歩き周りながら撮影したもので、窓に映りこんだ私が毛皮を着込んでいたり、薄着をしていることから分かるように、色々な季節に撮影したものです。はじめから自分が写真に写り込むことは分かっていましたが、いざプロジェクションやプリントにすると自分の姿が予想以上にはっきりと現れてきたので、おもしろいなと思いました。
ホンマ このシリーズはどうやって展示したんですか?
ヘーファー プリントにはせず、プロジェクションで展示しました。1枚につき2秒くらいの速度でひとつひとつ投影していきました。
ホンマ 他のシリーズも一緒に?
ヘーファー いいえ、他の写真とは混ぜずに、「Window」シリーズだけのループで。
ホンマ はじめから窓だけをまとめようと思って撮影したものですか?それとも、いろいろとスナップショットしている間に窓の写真が集まったのでまとめたものですか?
ヘーファー 撮影しながら思いついたものです。自分の存在が写真に写り込んでいるのを見て、窓のシリーズを作れるのではないかと思ったんです。
ホンマ やはり自分が写っていることが重要だったのでしょうか?
ヘーファー 撮影している時は、窓を撮ることに集中していました。特にショップウィンドウを写したいと思っていて。はじめはそういう意図で撮っていたのですが、徐々に自分が写りこんでいることに興味を持つようになっていきました。
窓は光を取り込んでくれるので、他の作品においてもやはり重要な役割を果たしています。たとえば、デュッセルドルフ近郊にあるベンラート城の中を写した2011年の作品では、窓から入ってくる光が床に反射してグラデーションを作り出してくれています。この作品はデュッセルドルフの個展でプリントにして展示したもので、実際はとても大きくて、縦幅は1メートル80センチにもなります。
ホンマ デュッセルドルフ美術アカデミーの同級生だったトーマス・ルフも大判のプリントで知られていますね。カンディダさんが初めて大きくプリントしたのはどのシリーズですか?
ヘーファー 2004年にダブリン大学でトリニティ・カレッジの図書館を撮影した時でした。館内にセットしたカメラの前でアシスタントと部屋を眺めながら、これはもっと大きなカメラじゃないとこのスケールは収まらないんじゃないか、と話したことを覚えています。このプリント、実物は1メートル80センチにもなるのですが、全てアナログで制作しているんですよ。
私が制作したなかでは、2006年にポルトガルでモンセラーテ宮殿の踊り場を写した写真が一番大きな作品で、縦幅2メートル49センチ、横幅2メートルになります。
大きなプリントをつくることは、ルフだけではなく、ベッヒャー夫妻の下で写真を学んでいた学生全員にとって重要なことでした。ただサイズが大きくなると制作費も膨らむので、私たち学生が大きなプリントを作って額装することはなかなかできませんでしたが。
ホンマ ベッヒャーのクラスではどんなことを学びましたか?
ヘーファー ベッヒャー夫妻のクラスはとても小さく親密な雰囲気で、学生たちは夫妻の仕事を尊敬していたし、彼らの活動の重要性も理解していました。ふたりは、天候の影響を受けやすいような場所でも上手く光をコントロールしながら、繊細な写真を撮ることができるような写真家でした。
ふたりとも自分たちの制作にもっと時間を割きたかったはずなのに、学生を自分たちの作品と同じくらい大切に思ってくれて、学生が彼らを必要とするときはいつでも時間を作ってくれました。時にはクラスで写真を撮りに行く途中で、ベルントが「光が強過ぎるね」と撮影を中止させ、代わりにみんなでコーヒーを飲みに行き歓談することなんかもありました。
ホンマ カンディダさんがクラスにいたころ、ほかには誰がいたんですか?
ヘーファー 私の後にクラスに入ってきたのが、トーマス・ルフだったと思います。それからアクセル・ヒュッテやペトラ・ワンダーリッヒが他の生徒たちと入って来て、ちょうど私がクラスを出るころに入ってきたのが、アンドレアス・グルスキーでした。ヒュッテとトーマス・シュトゥルートには、「Türken in Deutschland 1979」の展示でプロジェクションの制作を手伝ってもらったこともあり、私にとって特に大切な存在でした。
ホンマ 僕も取材でデュッセルドルフ美術アカデミーに行ったことがあります。もともと写真よりも絵画や彫刻のほうが歴史は長くて、それこそヨーゼフ・ボイスも通っていましたよね。学校では、写真以外のアートからも影響を受けるようなことはありましたか?
ヘーファー 今は写真科もアカデミーのメインビルに入っていますが、私が学生だった当時、写真科の教室は学校からは離れた所にあったので、他学科との交流はほとんどありませんでした。舞台美術の学科やゲルハルト・リヒターがいた油絵科は近くにあって、何人か知り合いはいましたが。意識はしていなかったけど、もしかしたら何かしらの影響は受けていたかもしれないですね。
ホンマ 窓研からも聞きたいことはありますか?
──最近は建築を撮られることが多いかと思いますが、日本でも写真を撮ることはありますか?
ヘーファー 建物には興味がありますが、どちらかというと自分のことを建築写真家だとは思っていないんです。私が興味を持っているのは、建物の中にある空間そのものなので。
東京には年に1度くらいのペースで来ていて、作品づくりのためではなく、町から何かを吸収するために外を散策したりしています。最近では、小さなカメラをもって歩き回ることもあります。撮影するものは、道で見つけたもののディテールだったり、あるいは建物のディテールだったりと、細かな部分にフォーカスを当てることが多いですね。
ホンマ 建築ではなく空間なんですよね。僕が好きなシリーズで室内にある河原温さんの作品を写したものがあるのですが、あれはどういった経緯で始まったのでしょうか?
ヘーファー ある日、ケルンにある私のギャラリーを河原温さんとキュレーターのカスパー・ケーニヒが訪ねてきたので、何だろうと思って興味津々で話を聞いていたら、プライベートコレクションになっている河原温さんの作品を写真に収めてくれないか、という提案を受けたんです。それで、後日スケジュールとコレクションの所蔵場所のリストを送っていただいて、おもしろそうだったので引き受けることしました。
ホンマ 作品は大体何点くらいあったんですか?
ヘーファー 『Candida Höfer: Projects: Done』(ウォルター・ケーニッヒ、2009年)という作品集にほとんど(約140点)掲載されています。あとは、今は絶版かもしれませんが、テームズ・アンド・ハドソンから出ている本にまた別の写真が載っているかもしれません。
ホンマ 6×6センチ判でも撮影していたんですね。
ヘーファー そう、ハッセルブラッド(スウェーデンのカメラメーカー)です。
なかには、日本の住宅を訪れて撮った写真もあります。日本では、河原温さんの娘さんがいろいろな場所に連れて行ってくれました。私は基本的にとても恥ずかしがり屋なので、はじめは人々のプライベートな空間に入っていくことに抵抗を感じていました。ですが、たくさんの方が寛容に受け入れてくださったおかげで、だんだんと打ち解けていって、次第に自分の仕事に集中できるような環境をつくることができました。
日本の家庭に足を踏み入れる機会はなかなかなかったので、このプロジェクトを通して色々な方の家をのぞくことが出来たのは刺激的でしたし、河原温さんの娘さんやギャラリーの方々と東京や山口など、日本のいろいろな場所を回れたことも、とてもいい経験になりました。
このシリーズはどこかで展示しているわけでなく、主には本にしただけ。最初からそういうプロジェクトだったんです。ですが出版後に河原温さんサイドから提案があり、作品を何点かプリントにしてガラスのテーブルに並べて展示したことはあります。
ホンマ 最後に窓研からもうひとつ。
―ご自身で撮ったものではないと思いますが、いくつか窓越しに撮影されたカンディダさんのポートレート写真があるのを見て、学生時代に制作されたという「Window」シリーズとどこか重なる部分があるようで、おもしろいなと思いました。なにか窓に対する思い入れがあれば、お聞かせいただけますか。
ヘーファー 私は、建物内部の空間、つまりインテリアを写真に写して来ました。そのなかで窓についておもしろいなと思ったのは、外にある何らかの要素が窓を通して中へと入ってきて、中の要素が窓を通して外へ出て行くということ。あるいは、窓があることで外の様子が中へと入り込んできて、中から外を見ることが出来るようになる、というところですね。
―内と外、そして自分自身が重なり合って窓に映し出されますね。
ヘーファー 写真を撮る時は作品に集中しているので、そこまでは考えていませんけどね(笑)
カンディダ・ヘーファー/Candida Höfer
1944年生まれ、ケルン(ドイツ)在住。ドイツの現代写真を代表するアーティスト。1973年から82年までデュッセルドルフ美術アカデミーに在籍し、映画を学んだ後、べッヒャー夫妻に師事。図書館や宮殿など豪奢な建築の室内空間を正面から撮影した大型作品で世界的に注目を浴びる。 これまでに、クンストハレ・バーゼル、クンストハレ・ベルン、フランクフルト現代美術館、ニューヨーク近代美術館など多数の美術館で展示。2002年にドクメンタ11に参加し、2003年にはベニス・ビエンナーレのドイツ館代表に就任。2013年には、クンストパラスト美術館(デュッセルドルフ)にて個展を開催。作品はポンピドゥーセンター(フランス)、グッゲンハイム、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)、バーゼル美術館など世界各地の美術館にて収蔵されている。
ホンマタカシ/Takashi Homma
1962年、東京生まれ。1999年、『東京郊外』で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年から2012年にかけて、自身初の美術館での個展「ニュー・ドキュメンタリー」を日本国内三ヵ所の美術館で開催した。著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』、写真集多数。
2016年イギリスの出版社「MACK」よりカメラオブスキュラシリーズの作品集『THE NARCISSISTIC CITY』を刊行した。
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「建築」への眼差し -現代写真と建築の位相-
会期:2018年8月4日(土)~10月8日(月・祝)
会場:建築倉庫ミュージアム(140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10)
開館時間:火~日 11時~19時(最終入館18時) 月曜休館(祝日の場合、翌火曜休館)
入場料:一般3,000円、大学生/専門学校生2,000円、高校生以下1,000円
出品作家:トーマス・デマンド、マリオ・ガルシア・トレス、畠山直哉、カンディダ・へーファー、ホンマタカシ、今井智己、ルイザ・ランブリ、宮本隆司、トーマス・ルフ、杉本博司、鈴木理策、米田知子、ジェームズ・ウェリング
主催:建築倉庫ミュージアム
https://archi-depot.com/exhibition/a-gaze-into-architecture