建築の民族誌/後編
07 Jun 2018
第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(5月26日―11月25日)の開催に際して、窓研究所では、日本館展示のキュレーションを手がける貝島桃代氏(アトリエ・ワン/スイス連邦工科大学チューリヒ校 建築ふるまい学教授)へのインタビューを実施。建築家として第一線で活躍するかたわら、建築を主軸とした数多の都市調査を遂行してきた貝島氏が提案する、生態学的、建築学的な暮らしの捉え方とは──。
後編では、貝島氏がスイス連邦工科大学で実施する「窓のふるまい学」の研究事例を踏まえながら、その活動を支える建築思想と研究アプローチをご紹介。
──貝島さん、塚本由晴さんが教鞭をとられている「Studio Bow-Wow ETHZ」について、ご紹介いただけますか。
貝島桃代(以下:貝島) 2017年度8月にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)で開設したスタジオです。ETHZはスタジオ制なので、学生たちはスタジオの先生たちがそれぞれ考えている建築哲学や建築的設計手法を、スタジオを渡り歩いて勉強していきます。Studio Bow-Wow ETHZでは、「Architectural Behaviorology(建築のふるまい学)」をテーマに研究をおこなっており、初学期は「金沢のまちやの窓」を対象に調査をおこないました。
──窓にテーマを絞った講座をおこなっていくなかで、学生たちの建築に対するアプローチに見られた変化があれば教えてください。
貝島 学生は窓にとても興味を持っており、最初の学期には日本を訪れて、日本の窓の横引きの引き違いや、建具が色々なところでつけ替えられることを勉強しました。町家や、日本建築の空間構成については理解することができますが、窓というのは実際に使わないと分からないことがたくさんあります。特に障子とかふすまは、彼らが受けてきた防音対策や断熱材、セキュリティーなどに関する教育を覆してしまいました。日本人であれば、時代劇を見たり、日常的に古い家に住んだりしたことがあるという経験から、小さい声でしゃべるとか、あるいは扉をしずしずと閉めるといった、窓の使い方や、古い建物でのふるまいを分かっていることが多いのですが、恐らくスタジオの学生にとっては、そういった経験がなく理解するハードルが高かったと思います。
しかし、自分たちが今まで築いてきて、守られているコンテクストとは別の場所で設計するおもしろさを知ってもらえたと思うし、逆に自分たちが知っているコンテクストがある環境によってつくられているということを理解してもらえたと思うので、いい研究になったと思います。
──今後、スタジオではどのような研究をおこなっていく予定ですか。
貝島 今学期は、「スイスにおける窓のふるまい学(Swiss Window Behaviorology)」をテーマに教えています。スイスはアルプス山脈をはさんで、ドイツ語圏、ロマンシュ語圏、イタリア語圏、フランス語圏に分かれており、それぞれの居住圏に異なる地域性があるので、学生と話し合った結果、居住圏ごとにグループに分かれてリサーチをおこなうことにしました。
なかでも、アルプス山脈近辺は標高が高く極寒の地ですが、ローザンヌ周辺は南面なので割と日当たりがよく、一方で雪が多いラショドフォンなどは時計産業で栄えた地域で有名です。ティチーノの辺りは、谷が深いけど南に開けており、アルプスの南側だから比較的暖かいです。北のミッテルランドという平地がずっと続いていてあまり高い山がない地域は、割と豊かな農業地で、オーストリアからフランスやドイツに抜ける街道筋になっているので、繊維工業などで商業都市化した農村も点在しています。
このように、スイスでは地域ごとに気候や特徴が大きく異なり、商業の有無を含めた産業的特徴も様々で、こうした要素が窓と関係していることが分かりました。なおかつ、スイスは今でこそ豊かな国ですが、戦前は非常に貧しい国で、耕地が少なく、ほとんど雪に覆われているため、食べ物も限られており、多くの住民がフランスなど、色々な国に出稼ぎに出ていきました。その人たちが第一次世界大戦、第二次世界大戦が勃発した際に、一度引き上げて来て、出稼ぎに行った国の建築様式に倣って家を建てることがありました。
たとえば、フランスに出稼ぎに行き、お金持ちになって帰ってきた家族はフランス式の窓を導入しました。もちろん、スイス独自の窓もありますが、出稼ぎから戻り、新しく家を建てた人たちが異なる窓を生み出していったのです。他にも、産業地に暮らす人々が外商から戻り、外国風の家を建てるというケースもあります。そういう新しい文化が窓として強調されます。
スイスの場合は寒いので、二重窓が早い時期から導入されました。二重窓の設置には特に費用がかかるので、窓が高級品とされるわけです。貧しい家には窓が少ない。日本の感覚と違いますよね。日本はもともと空間が空いているところに戸を入れよう、という観点から窓が始まりました。ヨーロッパでは、壁で家がつくられているので、お金があれば窓をつけるという装飾品のような考え方が主流です。
──スタジオでも、今回の展示と同じく、ドローイングによる建築へのアプローチを実践されているのでしょうか。
貝島 そうですね。デジタルを否定するわけではありませんが、コンピューターだとデーターの複製で済ますこともできる。それだと建築が身体化されないまま自分の情報になってしまう危険性があります。自分の手で描くことで、「水ってこうやって流れるんだ」とか、「意外とここが傾いてるんだな」という具合に、気候を理解し、細部を観察しながら、構造全体を把握することができると考えています。
ビエンナーレでは、ETHZ、筑波大学、クイーンズランド大学によるドローイングをテーマにしたワークショップを開催する予定です。描くということを通して何を共有できるのか、ということを学生たちに学んでほしいと考えています。
──5月26日からビエンナーレが開催されます。展示を通じて伝えたいこと、展示に向けた抱負をお聞かせ下さい。
貝島 過去の事例を見返することで、これからわれわれが取り組もうとしているプロジェクトとその背景にある問題の関係性を見直し、いま自分たちが考えるべき課題や、もう少し柔軟に取り組むべきテーマを確認できるのではないかと思います。建築の民族誌を通して、少し視点を変えるだけで実現することがある、という気づきを与えることが一番の目標です。その気づきが徐々に広がっていけば、世の中がいい方向に動くのではないかと思っています。
そして、やはり楽しんでもらえるような展示にしたい。多くの国の方に参加してもらえるような環境が整えられていると思うので、なるべく多くの方にご覧いただき、ご批判、ご批評をいただき、議論が盛り上がればいいなと思っています。
第16回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 全体概要
総合テーマ:FREESPACE
総合ディレクター:Yvonne Farrell, Shelley McNamar
開催場所:ジャルディーニ地区(Giardini di Castello)、アルセナーレ地区(Arsenale)など
会期:2018年5月26日(土)―11月25日(日)
公式サイト:http://www.labiennale.org
日本館 展示概要
日本館テーマ:建築の民族誌
キュレーター:貝島桃代
キュレーターチーム:Studio Bow-Wow ETHZ ロラン・シュトルダー (スイス連邦工科大学チューリッヒ校歴史理論教授、建築理論・建築史研究所所長) 井関悠(水戸芸術館現代美術センター学芸員)
アシスタント・キュレーター:シモーナ・フェラーリ、伊藤維、アンドレアス・カルパクチ
主催:国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
貝島桃代/Momoyo Kaijima
1969年東京都生まれ。1991年日本女子大学住居学科卒。1992年塚本由晴とアトリエ・ワン設立。1994年東京工業大学大学院修士課程修了。1996〜97年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)奨学生。2000年東京工業大学大学院博士課程満期退学。2000〜09年筑波大学講師。2009年〜筑波大学准教授。2012年RIBAインターナショナルフェローシップ。2017年〜ETHZ建築ふるまい学教授。ハーバード大学GSD (2003,2016)、ETHZ (2005〜07)、デンマーク王立アカデミー (2011〜12年)、ライス大学 (2014〜15)、デルフト工科大学 (2015〜16)、コロンビア大学(2017)で教鞭をとる。住宅、公共建築、駅前広場などの設計に携わる傍ら、「メイド・イン・トーキョー」「ペット・アーキテクチャー」などの建築を軸とした都市の調査を多数おこなっている。第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2018年)・日本館キュレーター。