WINDOW RESEARCH INSTITUTE

記事 国内モダニズム建築の窓ー保存と継承

堀口捨己の開口部デザインの集大成 
常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)

小林克弘

18 Sep 2024

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Architecture
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2024年8月から文化庁国立近現代建築資料館で開催中の『建築家・堀口捨己の探求 モダニズム・利休・庭園・和歌』。堀口捨己の代表作の一つであり、堀口の開口部へのこだわりが随所に凝縮された常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)の魅力を同館企画担当主任の小林克弘氏が明らかにする。

 

窯業の里に立つ戦後モダニズム建築の名作

古くから窯業が栄える愛知県・常滑市は、知多半島西岸の中央部に位置し、西側は伊勢湾に面する。常滑焼は日本六古窯のひとつ(他は瀬戸、越前、信楽、丹波、備前)に数えられ、そのなかでも最も古く、規模も大きいと言われる。市名は土壌に由来し、粘土層の「常」(床、つまり地面)が「滑らか」なため「とこなめ」と呼ばれるようになった。町中には、多くの窯業遺構が残っている。

《常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)》は、市街地から離れた緩い丘陵に立地する薄紫を基調とした端正な外観を備えた建築である。深い庇とバルコニー手すりの水平な線、入口を強調するエントランス庇、屋上のオブジェ型のトップライト屋根が、左右非対称の構成を奏でる。予備知識がなければ、何のための施設なのか、いつ頃に建てられた施設なのか、と考えさせられるような不思議さも備えている。

この建築は、建築家・堀口捨己(1895-1984)の晩年の代表作であり、建設された1961年という時期を考えれば、日本の戦後モダニズム建築のなかでも、特筆すべき傑作である。多彩な開口のあり方を追求した建築であり、その展示室は、当時の日本において、最も優れた内部空間であった。

建設の経緯

《常滑市立陶芸研究所》は、伊奈製陶株式会社(現・LIXIL)の創業者で初代常滑市長を務めた、伊奈長三郎いなちょうざぶろうの寄附により、陶芸の振興を目的として1961年に建てられた。展示室、会議室、事務室からなる本館の背後にはアトリエ、材料置き場、宿泊室なども併設する。展示室には、平安時代末期から鎌倉時代の古常滑の大壺から、江戸時代以降の名工が作った作品が展示されている。1981年には、近接して常滑市民俗資料館(2021年10月にリニューアル)が建てられ、2012年には、「常滑焼の振興と伝承、焼き物文化の創造と発信」を総合的に実践することを目的に、陶芸研究所、民俗資料館、研修工房は一体化されて「とこなめ陶の森」となり、それに伴い、《常滑市立陶芸研究所》は「とこなめ陶の森陶芸研究所」に改称されている。

《常滑市立陶芸研究所》は、2014年には、ドコモモ・ジャパンに選定され、重要な近代建築であることがより強く認識されるに至った。さらに2023年には、「とこなめ陶の森陶芸研究所本館および正門」が国の登録有形文化財に登録され、建設から半世紀を過ぎて、ますます名作としての評価が高まっている。

 

《常滑市立陶芸研究所》の開口部

《常滑市立陶芸研究所》は、陶器の展示を主たる機能としているため、また、深いキャンティレバーの庇およびバルコニーに囲まれているため、遠望した外観では、開口部はほとんど目立たない。左右非対称の深い庇、手すりによる水平な線、屋上のオブジェからなる均衡のとれた構成が表現の主眼に思える。しかし、近づくにつれて、様々に工夫された開口が姿を現す。

エントランスには、ガラスブロックが用いられており、縁を紫色に塗ることで、ガラスブロック面全体が淡い紫色になる。独特の二対の半円形のドア押し板がデザインされており、ドアが閉まった状態を見ると、薄紫のガラスブロック面の間に、金色の円形が月のように浮かぶ。

吹き抜けのエントランス・ホールは、吊り材を用いた軽快な階段が独特である。天井を見上げると、放射状に配置された蛍光灯を備えた光天井面があり、その下面には、あたかも畳を敷くようなパターンで3種類のルーバー状の格子が設けられている。この3種のルーバーは、意図的に形状と開口率が変えてあり、全体として不思議な光天井デザインとなっている。

  • 吊り階段のあるエントランス・ホール

エントランス・ホールに隣接して配置された展示室は、本館の中心的空間であり、ここでは開口に対する強い関心と様々な工夫を見ることができる。陶芸作品を目立たせるため、空間は、銀色を基調とする壁と天井からなる。折れ曲がり天井面の中の4箇所に設けられたトップライトでは、屋上の塔屋からの光をルーバー越しに取り入れている。そのルーバー開口の配置は、回転対称形であり、展示空間に動きの感覚をもたらす。真下から見上げると、ルーバー越しに、屋上の塔屋の中の斜め天井につけられた人工照明およびメンテ用キャットウォークなどを見ることができる。4つのトップライトに加えて、壁沿いの陳列台から漏れる水平な光の帯、中央に置かれた線形の展示ケースからの光による立体的な構成は、今日でも光を生かした展示室の名作のひとつであり続けている。

  • 銀ペンキ塗りによる展示室壁面
  • 中央の什器では作品はガラス台の上に設置され、上下に仕込まれた照明によってすりガラス越しに均質に照らされる

トップライトのためにつくられた塔屋は、遠望した際には、施設のシンボルのような役割を果たす。立面で見た際に三角形となる部位に格子状の開口部を入れるため、細部の納まりは難しい。しかも、格子状開口内には、モールガラスをはめ込んでいるので、なおさらである。

1961年という建設年を考えると、展示空間としては、画期的なデザインである。戦後モダニズムの展示施設としては、《神奈川県立近代美術館》(1951)、《広島平和記念資料館本館》(1952)、トップライトを備えた《国立西洋美術館》(1959)などがあるが、ショーケースの開口部からの光を生かした展示空間という点では、他に類を見ない空間である。1960年代初頭では、日本において、最も多様な開口と光のあり方を追求した空間であったといえるのではないだろうか。

堀口捨己にとっては、開口部の対象は広く、通常の窓だけではなく、光や視線のやり取りがある孔はすべて開口であった。内部に限らず、たとえば2階の会議室および和室の脇に設けられたベランダでは、外を眺める外部座席が設けられており、その上の梁をルーバー状にして、その隙間から光が漏れる工夫がなされている。また、開口が多様であるがゆえに、複数の開口がぶつかり合うところでは調整も必要になる。たとえば、1階には、応接室と茶室が一体に計画された空間があるが、外壁のサッシュはコンクリートの柱間全体を開口としたものであるのに対し、内部の茶室の障子デザインは茶室としての造作から寸法が決まるので、両者の間にはズレが生じる。室内からはこうしたズレが見えにくいようにデザインされているが、外から見るとズレがよくわかる。

堀口捨己の多彩な開口

開口部という視点から、建築家・堀口捨己を振り返ってみよう。堀口捨己は、国内最初の本格的近代建築運動とされる分離派建築会の結成(1920)に際して中心的役割を果たし、1930年代には日本を代表する国際様式建築を実現した人物である。開口に着目すると、《紫烟荘》(1926)に見られたような壁に穿たれた幾何学形の窓から、《大島測候所》(1938)では水平な横長窓の強調、《若狭邸》(1939)における日本でのガラスブロックの早期の使用など、西欧における近代建築の窓の変化の動向に敏感に反応し、その変化を咀嚼して自作において見事に活かしている。並行して、1930年代末からは、国内の茶室や数寄屋建築に関する卓越した研究業績を残し、第二次世界大戦後には、研究の知見を活かして、《八勝館》に代表されるような現代数寄屋建築を実現して、日本の伝統的な開口のあり方、つまり、柱と障子から成る開放的な開口を実現した。

堀口は、1949年から1965年まで明治大学建築学科にて教鞭をとり、同大学の一連の校舎を含む鉄筋コンクリート造建築の設計を行った。《常滑市立陶芸研究所》はこの時期の作品である。堀口は、茶の湯、和歌、庭園デザインにも通じ、建築のみならず、広いジャンルで創造力を発揮した。《常滑市立陶芸研究所》という陶芸文化に貢献する施設の設計は、諸文化を愛する堀口にとって、意欲的に取り組みたくなる作品であったに違いない。

堀口は、近代建築と数寄屋建築の研究と実践を通じて、建築および空間の性格は、開口部の扱いによって決まることを熟知していた。そうした堀口の開口部への関心と実践を、円熟した手法によって集大成した作品が、この《常滑市立陶芸研究所》であった。

 

「建築家・堀口捨己の探求 モダニズム・利休・庭園・和歌」

会期: 2024年8月9日(金)~10月27日(日)
会場: 文化庁国立近現代建築資料館 (〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内)
詳細: 文化庁国立近現代建築資料館HP

会場では窓研究所が主催し、ジャパン・ハウス各拠点およびヴィラム・ウィンドウ・コレクションで開催された「Windowology: New Architectural Views from Japan 窓学 窓は文明であり、文化である」に際し、制作・展示された「擁翠亭」のおこし絵図の実寸大模型が展示されています。

窓の事例集
常滑市立陶芸研究所(現・とこなめ陶の森陶芸研究所)
18 Sep 2024

小林克弘/Katsuhiro Kobayashi

1955年生まれ。東京都立大学名誉教授、文化庁国立近現代建築資料館企画担当主任。専門分野は近現代建築論・建築意匠。1977年東京大学工学部建築学科卒業、1985年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士。東京都立大学専任講師、助教授を経て、2020年3月首都大学東京(現・東京都立大学)大学院都市環境科学研究科建築学域教授を定年退職。2021年4月から、国立近現代建築資料館主任。主著に『建築構成の手法──比例・幾何学・対称・分節・深層と表層・層構成』(彰国社、2000年)、日本建築学会編(編集代表者)『建築論事典』(彰国社、2008年)、『建築転生──世界のコンバージョン建築Ⅱ』(鹿島出版会、2013年)、『スカイスクレイパーズ──世界の高層建築の挑戦』(鹿島出版会、2015年)、『建築転生から都市更新へ──海外諸都市における既存建築物の利活用戦略』(日本建築センター、2022年)など。

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