第一回 アントニ・ガウディ
アメニティに配慮した「まっとうな建築家」
01 Oct 2024
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はじめに
「窓」は、建築家にとって非常にポピュラーなモチーフである。19世紀中頃に板ガラスの量産がはじまって、そのデザインの可能性が拡がっても良さそうだったが、世界初の万国博覧会のパヴィリオンだった《クリスタル・パレス》(1851)のようなものを除けば、ガラス張りの、あるいは大きな窓やトップライトがある建物は、駅舎や議事堂、銀行などの大規模建築以外にはすぐには広まらなかった。また、風の吹き込みを防ぎながら採光でき、外の景色を楽しめるガラス窓は住宅にとって便利なものだったが、それをデザインの主要モチーフにした住宅建築は、さほど多くなかった。階段室上にトップライトを設け、立面に大きなガラス窓を配した、ブリュッセルの《オルタ自邸+アトリエ》(1901)などは、その先駆的な例のひとつといえるだろう。
そのような時代にあって、「窓」のデザインの可能性を開拓し、あらたな意味づけをした建築家として、アントニ・ガウディ(1852−1926)、フランク・ロイド・ライト(1867-1959)、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)をとりあげ、その作品に示された窓のデザインを見てみよう。
アントニ・ガウディ ─ アメニティに配慮した「まっとうな建築家」
バルセロナで建設中の《サグラダ・ファミリア聖堂》が2026年に竣工予定であることもあってか、日本のメディアがガウディや彼の作品を紹介することが多くなった。スペインのパック旅行のコマーシャルにこの建物の写真が使われるほどである。ちなみに私は、この建物の東の4本の塔以外の部分について、ガウディ原案ではあっても、彼の設計とは認めない。ガウディは、現場で職人と相談しながらデザインを詰めていくタイプの建築家だったからである。
ガウディの作品に関してメディアが注目するのはガウディの「風変わりな造形」だが、しかし、彼の作品、それも特に住宅作品の窓に、当時においては革新的ともいえる、採光や通風に関する細やかな工夫がなされていたことに目が向けられることはほとんどない。ここでは、《カサ・バトリョ》(1904)と《カサ・ミラ》(1906)を中心に、窓のデザインについての彼の気配りを紹介する。
《カサ・バトリョ》は既存住宅の改修で、ガウディがその設計を担当した。バルセロナの目抜き通りであるパセオ・デ・グラシアに面するファサードの3階から5階部分を眺めると、窓が規則的に並んでいるのがわかる。これは、改修前の窓をそのまま踏襲したからである。施主で織物製造業者のホセ・バトリョ・カサノーバスの求めに応じて、ガウディは地下を新設し、1階をオフィスに、2階を施主の住まいに、3、4階を貸しアパートとし、5階を使用人のスペースにした。
このレノベーションで注目されるのは、建物中央をくりぬいて大きな吹き抜けをつくり、トップライトからの採光や、吹き抜けに面するフィックスのガラス窓下からの換気を可能にしたことである。そして、その吹き抜け中央にリフトを設け、それを巡るように階段を配した。薄暗く、裏まわりになるのがあたりまえだったスペースを「晴れの場」に変えたのである。
大通り側の2階部分のファサードは、大きなガラス張りのカーテン・ウォールにつくりかえられているが、注目したいのは、その下に小さな換気口が複数設けられていることである。それは小さな無双窓ともいえるもので、そのスリットを開けることで換気できるようにしてあるわけである。吹き抜けに面する窓の下にも換気用のスリットがついている。吹き抜けを半戸外として扱い、貸し住戸を「家の中の家」として扱っているということでもある。
また、2階の裏側のテラスに面する食堂には大きな窓が設けられている。これも当時においては革新的で、日が差し込む室で食事が楽しめるようになっているだけでなく、屋外のテラスとひとつながりになるように設計されている。
同様のやり方が、ガウディ最初期の作品《グエル自邸》(1889)の食堂にもみられる。施主がバルセロナ随一の富豪といわれただけあって、この建物には同家所有の石切場からとられた大理石がふんだんに用いられ、手の込んだ鍛鉄の装飾が随所に見られる。そして、2階の食堂の窓外には彼が設計した華麗なベネシャン・ブラインドがある。この住宅でも、換気に周到な配慮がなされている。地下に馬車のガレージが設けられたこともあって、そこからのものを含め、各室から屋上まで換気筒が設けられている。もっとも目を引くのは2階中心に配された高さ17mの吹き抜けで、その天井の多数の小穴から空気が抜けるようになっている。屋上に林立する「煙突」には、暖炉用だけでなく、換気用のものもあるわけである。
《カサ・ミラ》も採光と通風に配慮した集合住宅である。施主はペドロ・ミラ・イ・カンブス(財界人)、ロサリオ・セヒモーン・アルティス(妻で土地の所有者)の夫妻で、教会跡地に建てられ、その敷地にあったレンガの廃材を再利用したといわれる(主構造は鉄骨)。各階に4つの住戸があり、すべての住戸で外壁側と光庭側からの両面採光と通風ができるようになっている。玄関ホールや居間だけでなく、台所や家事室、バスルームにまで窓がついており、中に入ると、その天井の高さとあいまって、明るい快適な住まいであることが実感できる。
なお、この集合住宅にも、地下に大きなガレージがある。アメニティ重視の、このような先進的な工夫をしていたからこそ、竣工から100年以上を経た集合住宅でありながら、人気の物件であり続けているのである。それを設計したガウディが「まっとうな建築家」だったことに、もっと目を向けるべきだと思う。
藤岡洋保
1949年広島市生まれ。近代建築史研究者、東京工業大学大学院理工学研究科名誉教授。建築における「日本的なもの」や、「空間」という概念導入の系譜など、建築思想とデザインおよび建築家についての研究や近代建築技術史、保存論を手がけ、歴史的建造物の建築史的価値を示す報告書の作成などをしながら、その保存にも関わる。
主著に『表現者・堀口捨己─総合芸術の探求─』(中央公論美術出版、2009)、『近代建築史』(森北出版、2011)、『明治神宮の建築─日本近代を象徴する空間』(鹿島出版会、2018)、『堀口捨己建築論集』(編著、岩波書店、2023)など。2003年東京工業大学教育賞、2011年日本建築学会賞(論文)、2013年「建築と社会」賞(日本建築協会)、2021年海上保安庁長官表彰。