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連載 葉祥栄 光をめぐる旅

葉祥栄 光をめぐる旅――イントロダクション

岩元真明

15 Feb 2024

Keywords
Architecture
Essays
Featured Architecture
Japan

1970年代にインテリアデザイナーとして設計活動を開始した建築家・葉祥栄。2019年、葉に関連する資料は九州大学に寄託され、現在、九州大学葉祥栄アーカイブにてその整理が進められている。また、2013年の展覧会『Archaeology of the Digital』をきっかけにカナダ建築センター(CCA)にも葉の資料の一部が所蔵されている。木造表現とデジタルデザインの先駆者として再評価の機運が高まる気鋭の建築家は、「自然現象としての光」を自らのデザインの中に追い求めた。アーカイブ資料を紐解き、葉祥栄の目指した「光」に迫る、日本とカナダの研究者による全7回の連載。

 

 

自然現象としての光
現代的な木造表現とデジタルデザイン双方の先駆者として、建築家・葉祥栄を再評価する機運が国内外で高まっている。前者に関していえば、日本初の大規模木造建築である《小国ドーム》(1988)が2018年にJIA25年賞を受賞し、日本建築学会の建築討論においても特集が組まれた1。後者に関しては、カナダ建築センターで2013年に開催された展覧会『Archaeology of the Digital(デジタルの考古学)』2において、フランク・ゲーリィ、ピーター・アイゼンマン、チャック・ホバーマンと並んで葉祥栄がデジタルデザインのパイオニアとして紹介され、《ギャラクシー富山》(1992)や《グラスステーション》(1993)といった作品が脚光を浴びた。2021年には、木造とデジタルデザインの両観点から葉祥栄の作品を振り返る「Revisiting Shoei Yoh(葉祥栄再訪)」展3がオーストラリア・デザインセンターで開催された。

しかし、葉祥栄にとっては「木造」も「デジタル」も手法であり目的ではなかった。福岡に葉デザイン事務所を設立した1970年以来、彼が一貫して追求したテーマは「光」、より精確に言えば「自然現象としての光」であった。グレッグ・リンが行ったインタビューの中で、葉祥栄は自らの設計手法を次のように語っている――「光が最初に来る。パンテオンのように(Light comes first ―― like in the Pantheon.)」4

  • ワイヤレスランプ(1977)を手に抱く葉祥栄(葉祥栄アーカイブ所蔵)

光は多くの建築家を魅了するテーマである。しかし、葉祥栄の光への眼差しは特別だ。パンテオンのオクルスから差し込む陽光に天啓を受けた葉祥栄は、光の物理的性質を詩的に解釈し、それを光学器械のように表現する繊細な作品を作りあげた。換言すれば、葉は光を物質として捉え、プラスチックやガラス、コンクリート、木や竹などの様々な素材を用いて、光自体の物質性を表現することを試みたのだ。

インテリアデザイナーとしてキャリアをスタートした葉祥栄は、1970年代に手がけた《ルミナス・ファーニチャー》を通じて重力の感覚を惑わす光の効果を発見する。そして、屋根と壁をすべてガラスで包み込んだ《コーヒーショップ・インゴット》(1977)では、光の反射と透過が拮抗する瞬間を目撃する。さらに、《光格子の家》(1980)をはじめとする1980年代の一連の作品――「光の建築」シリーズ――において、日時計のように、光自体に形を与える詩的な空間を生みだしていった。木構造が淡く照らされる《小国ドーム》も、コンピュテーションを駆使してつくられた《ギャラクシー富山》や《グラスステーション》の曲面も、光にやわらかな形を与える試みとして解釈できるのではないだろうか。

光学器械のような葉の眼差しは極端に近代的だと筆者は思う。しかし、それは自然を飼いならす近代ではない。自然現象を客体として精緻に捉え、自然と対峙する人間の営みへの再考を促す、冷徹で詩的でもある近代性である。地球環境問題が深刻さを増し、デジタル技術によって人々の生活が急速に変化している今日では、自然と人間の新しい関係を構築することが求められている。このようななかで、葉祥栄の試みは再び光を放ちはじめているように思われる。

  • コーヒーショップ・インゴット(葉祥栄アーカイブ所蔵)

光をめぐる旅
器械のように精緻な葉祥栄の作品群に対しては、それ相応の精緻な読解が必要であろう。2024年現在、葉祥栄の作品資料は九州大学葉祥栄アーカイブ(YSA、福岡)5とCCA(モントリオール)6の2ケ所に集約されている。本連載では、2つのアーカイブの共同作業を通じて、原図、スケッチ、模型、3Dグラフィック、文章の断片などの資料を縦横無尽に活用し、葉祥栄の作品の本質に迫りたいと思う。

今後、7つのエッセイを通じて「葉祥栄の光をめぐる旅」をトレースしてゆく。葉祥栄の作品の意味を多角的に捉えるために、異なるバックグラウンドをもつ書き手を連ね、考察を深めたいと思う。初回は、CCAでアソシエート・ディレクターを務めるマルティン・デ・フレッター氏による寄稿である。フレッター氏は2023年秋に九州を初めて訪れ、葉祥栄作品を実地で体験した。建築史研究者として、また、CCAのコレクターとして活躍するフレッター氏のグローバルな視点から葉祥栄の光の再考をはじめたい。続く寄稿者はYSAの井上朝雄氏である。建築構法の専門家であり、3Dスキャナを用いて葉祥栄作品のデジタル復元に取り組む井上氏は、技術的にもきわめて先進的であったガラス建築《インゴット》に関して論考する。

その後は、葉祥栄と同じく福岡を拠点として活躍する建築家・百枝優氏や、建築家および建築史研究者として活動する筆者がエッセイを連ねる予定である。キャリア初期のインテリア作品から1990年代のデジタルデザインに至るまで、光というキーワードによって葉祥栄の作品全体をとらえ直し、現代における可能性を検証することが本連載のひとまずの目標である。

 

 

注釈

1:「特集:建築批評 葉祥栄《小国ドーム》── 現代木造とコンピュテーショナル・デザインの源流を探る」, 『建築討論』2019年8月号

2Archaeology of the Digital, Canadian Centre for Architecture, May 2013 – October 2013.

3Revisiting Shoei Yoh, Australian Design Centre, November 2021 – February 2022.

4:Greg Lynn (ed.), “Archaeology of the Digital”, London: Sternberg, 2013, p.108.

5:リンクは以下. https://shoeiyoh.com/

6:Shoei Yoh fonds, CCA リンクは以下. https://www.cca.qc.ca/en/archives/435185/shoei-yoh-fonds

 

Top image:小国ドーム。撮影:井上一(葉祥栄アーカイブ所蔵)

岩元真明/Masaaki Iwamoto

1982年東京都生まれ。九州大学助教。一級建築士、博士(工学)。2006年シュトゥットガルト大学ILEK研究員。2008年東京大学大学院修士課程修了。難波和彦+界工作舎スタッフ、Vo Trong Nghia Architectsパートナーを経て、2015年にICADAを共同設立。2019年に葉祥栄氏から資料の寄託を受け、九州大学に葉祥栄アーカイブを設立(https://shoeiyoh.com/)。アジア近現代建築史に取り組み、ヴァン・モリヴァンと葉祥栄の作家論研究を行っている。建築作品に《節穴の家》《TRIAXIS須磨海岸》《九州大学バイオフードラボ》《オーゼティック・パビリオン》等。日本空間デザイン賞金賞・銅賞(2019)、ウッドデザイン賞優秀賞・林野庁長官賞(2021)、山田一宇賞(2021)iF Design Award(2023)などを受賞。

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