WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓の社会学

Ⅳ 超高層マンションと窓─機能性から眺望性へ─

山本理奈 (東京大学大学院総合文化研究科助教)

02 Mar 2017

Keywords
Essays
Sociology

眺望の魅力

パーシャルオーシャンビュー、オーシャンビュー、オーシャンフロント。こう聞いて、もし何のことかすぐに分かるとすれば、おそらくかなり旅行好きな方ではないでしょうか。なぜなら、これらはワイキキビーチのほど近く、たくさんのホテルが集う場所からある高級ホテルの客室の呼び名を紹介したものだからです。これらの客室は、広さやアメニティ、そして設備はほぼ同じでも、海の見え方が違うことによって、宿泊費に差が設けられています。

実は、こうした眺望による価格の違いは、ホテルなどの滞在先だけではなく、超高層マンションなどの居住用の住まいにおいても、もはや常識となっています。たとえば、東京の湾岸に立地するタワーマンションの多くは、同じ方角で同じ間取りの住戸ならば、階高が1階上がるごとに価格帯が一定の間隔で上昇していくように設定されています。

写真は、ハワイのある超高層マンション、そのペントハウスのリビングルームから、窓越しに景色を撮影したものです。この超高層マンションは、アラモアナ・ビーチパークに面し、絶好のロケーションを誇る代表的なラグジュアリ・コンドミニアムのひとつです。そこには異世界、いわばハワイというリゾート地ならではの絶景が広がっている、そんな風に感じる方も多いのではないでしょうか。ハワイの超高層マンションには、多くの場合、こうしたリゾート地ならではの眺望を求めるツーリズムのまなざしが価格にも反映され、日本円換算で数億単位のきわめて高額な物件となっています。

超高層マンションブーム

オアフ島はいま、超高層マンションの建設ラッシュの最中です。なかでもとくに目をひくのは、カカアコ(Kakaako)の再開発です。カカアコは、オアフ島の南東部に位置する歴史的な地域で、観光客に人気のあるアラモアナ・ショッピングセンターに隣接したエリアです。実際にこの界隈を歩いてみると、あちこちで建設が進んでいることがわかります。現在、このエリア一帯を対象とする大規模な再開発が進行中です。

この大規模開発を牽引する不動産業者のひとつ、ハワード・ヒューズ社が販売する物件のマンションギャラリーには、カカアコの再開発の完成予想を具体化した模型が展示されていました。写真にうつった模型からもわかるように、再開発が終了する頃には、相当数の超高層マンションが立ち並ぶことが予想されます。近い将来、タワーの林立する街並みがカカアコの新たな日常となるでしょう。

ピクチャーウインドウ

写真は、ある超高層マンションからカカアコ方面を眺めたものです。お気づきの方もいるかもしれませんが、実は、この景色も最初の写真と同じように窓越しに撮影したものです。足元から天井へと続く、とても大きな、開けることのできない、嵌め殺しの窓です。眺望を最大限に愉しむための窓。そんな風にいえるかもしれませんが、こうした嵌め殺しの窓は、別名「ピクチャーウインドウ」とも呼ばれています。

超高層マンションでは、日本の物件も含め多くの場合、かなり大きなピクチャーウインドウが採用されています。また、超高層マンションの分譲パンフレットに目を通すと、こうしたピクチャーウインドウ越しに撮影された(あるいはCG合成・加工された)夜景が、頻繁に掲載されていることに気づきます。

たとえば、東京都心を一望するパノラマ的な夜景が、あたかも映画のスクリーンのように窓一面に映し出され、その美しさや眺望を独占する満足感をくすぐるような文章を、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。そこで窓は、パノラマ的な眺望を実現し、人びとの主観的な欲望を充たすための必要不可欠なエレメントになっていると考えられるでしょう。

 

窓の不思議な力

通常、窓の基本的機能として想定されているのは「通風」と「採光」です。そのように考えると、超高層マンションの窓というのは、少し不思議な働きをしているようにみえます。というのも、開かない大きな窓、つまり固定化し大型化した窓というのは、通風のために設置されているとはいえず、眺望のなかでも夜景を重視する傾向を考えると、採光の機能だけでその働きをとらえるのにも無理があるからです。むしろここで窓は、超高層マンションという「高さ」が可能にする視覚経験、つまりパノラマ的な眺望を愉しむための装置としての働きをしている、そのように考える方がしっくりくるのではないでしょうか。

では、通風や採光といった機能よりも眺望の方が優位となるとき、窓は、いったいどのような社会的役割を担っているのでしょう。超高層階ならではのパノラマ的な眺望は、人びとが道を歩くときの視覚経験からすれば、身体感覚的には通常の生活感覚とは異なる新鮮な、非日常的な経験といえます。その意味では、超高層マンションの窓は、非日常的な経験を住まいという普段の生活の場に持ち込むことによって、非日常を日常化する役割を果たしていると考えることができるでしょう。

ただ、超高層マンションが林立する街並みが日常となるとき、もはや窓は新鮮な感覚を呼び起こすものというよりは、むしろ「日常/非日常」の区別が戯れていく超高層階でのリアリティに、人びとを身体感覚の水準で馴染ませるための、ひとつのメディア(媒体)になっているとは考えられないでしょうか。いいかえれば、超高層マンションの窓が無数に増加していくとき、そこには非日常を日常に転化する異化作用を超えて、無意識の水準で身体感覚を訓育する新たな環境が生成されているのではないでしょうか。

つまり、ここで重要なことは、超高層マンションの窓が都市空間のいたるところに蓄積されていくとき、それに同調して身体感覚や現実構成の様式が変化していくことにあります。くわえて考えなくてはならないのは、それがグローバリゼーションの影響のもと、世界の主要な大都市で同時並行的に生じていることです。

人びとのリアリティを無意識のうちに変化させていく、窓の集合的な効果。グローバルに拡がる超高層マンションの均質な光景に対峙するとき、私たちは、この「窓の不思議な力」について、あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

 

山本理奈/Rina Yamamoto

専門は現代社会論。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻 博士課程単位取得退学(東京大学・博士(学術))。国立精神・神経センター精神保健研究所流動研究員、日本学術振興会特別研究員RPD、日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教。このほか、明治大学・立教大学兼任講師など。都市住宅学会賞(著作賞)受賞。主な著書・論文に、『マイホーム神話の生成と臨界――住宅社会学の試み』(岩波書店、2014)、 「現代日本社会への問いとしての空き家問題――都市の居住福祉をめぐる政策と論理」(『現代社会と人間への問い』せりか書房、2015)、 「都市居住のイメージと住宅広告の役割に関する比較社会学的研究」(内田隆三との共著『住総研 研究論文集』40 号、2014)、 「住宅と家族をめぐる問題構成の批判的検証」(『思想』1057 号、2012)、 「都市における住宅の商品化とその変容――家庭の空間から身体感覚の空間へ」(『社会学評論』246号、2011)など。

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