WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓際の居場所

第0回 植田実 窓際を読み解く6つのトピック

植田実

30 Mar 2022

Keywords
Architecture
Columns
Japan

 

――――シリーズ「窓際の居場所」の開始にあたり、『都市住宅』や『GA HOUSES』で編集長を務められた植田実さんにお話をうかがいます。植田さんからは、「窓際の居場所」を考えるうえで重要な6つの具体例をご紹介いただきました。「窓際」を考える際に、どのような視点を大切にすべきか、植田さんが過去に執筆された記事とともに、6つのトピックをとおして教えていただきます。

 

 

トピック1:生まれて初めてのひとりの場

東京女子大学旧東寮

設計/アントニン・レーモンド
竣工1924年

「中庭に面した部屋なら、窓外に豊かな緑の眺めをひとり占めできる。どの学生にとっても、小さな新天地だったにちがいない。部屋を与えられたというよりは、自分という一個の人格をはじめて与えられ、よろこび、苦しみ、祈る自分が生まれ出るさまを、最小限の部屋を通して学生たちは知ったにちがいない」(植田実、2000年記)

  • 東京女子大学・旧東寮の個室。撮影/植田実

――――最初に、東京女子大学・旧東寮を挙げていただきました。寮に注目されたのはなぜですか?

 

植田 住宅に子ども部屋があることは、今では普通ですね。しかし、当時はほとんどない時代。ましてや多くの学生にとって、寮の個室が初めて与えられた自分の部屋だったと思います。自ら設えた空間に人を迎え入れるという経験もきっと初めて。この寮では10人1組の「お列」と呼ばれる班があったそうですが、パーラーのような広い共用室もあるのに、なにかと狭い個室に10人が集まり、ぎゅうぎゅう詰めでおしゃべりし合ったりして、それがとても楽しかったそうです。班は、かなりの頻度で組み替えがあって、卒業するまでに多くの学生と行動をともにして人間関係をつくっていく。こうした仕組みも含めて、寮では一個の人格が醸成されていったわけです。

 

――――なるほど。彼女たちにとって、部屋の窓とはどんな存在だったと思いますか?

 

植田 部屋に入るとベッドがあって、床を見ると目地が窓に向かうように畳が敷かれています。細い長押も窓へ向かっている。訪れた際は、意識が自然と屋外に向かうような印象を受けました。窓際は板敷きになって、そこに机と棚が置かれている。当時、ベッドを希望する学生には大学から貸し出しもあったそうです。

 

――――左から手元を照らすことを考えれば、机の配置が自然と決まりますよね。たぶん左の窓は立って外を見たでしょうし、右は椅子に座って見た。同じ形の窓ですが、左右で窓の性格が違ったのですね。もし学生さんを描くとすれば、左の窓なら立ち姿、右の窓なら机に向かう姿ですかね。そんな姿を想像させる窓際です。

 

 

トピック2:都市との出入口に大きな円窓

中銀カプセルタワービル

設計/黒川紀章
竣工1972年

「スルリと身体が室内に密着しながら収まる感じが二畳台目ほどの茶室に似ている。それに不釣り合いなほど大きい円窓の近くに寄ると、この部屋だけが東京の空に浮かんでいるような気分になる。窓のなかに住んでいる気分。やはりはじめから思っていたとおり、この窓が内と外の出入口なのだ」(植田実、1998年記)

  • 中銀カプセルタワービルの一室より都市を見る。撮影/植田実

――――やはり小さな部屋ですが、中銀カプセルタワービルを次に挙げていただきました。窓が都市の出入口になっているという指摘はすごく新鮮でした。1階に広い玄関ホールがあって、カプセルすなわち各部屋へは、螺旋状に階段が続き、階段室は四角形で、四隅に踊り場があります。踊り場には出入口がふたつありますが、隅にあるのでふたつの出入口は90度向きが変わります。部屋に入るときに、同じ階の同じ壁面には自分の部屋の出入口しかないのですね。そして、部屋に入るとこの円窓が現れますよね。

 

植田 行ったことがある人はわかると思いますが、写真で見るよりずっとずっと大きく感じます。確かに、人は出入口から入るのですが、頭の中では円窓から直接部屋に入ってきたように感じられてしまう。外には、林立するビルや高速道路が見えている。都市の一部に自分を映すような作用があるんですね。

 

――――「浮かんでいるような気分」という記述も興味深かったです。

 

植田 じつは、隣のカプセルが視界に入らないように造形的な袖壁があったりするところがある。設計者の気配りが、とくに窓際には強く感じられます。出入口の扱い方も含め、東京の景色だけが円窓から入るよう工夫されていて、浮遊している感覚になります。

 

――――この円窓が都市と住み手をつなぐ装置たりえている理由は、そういったディテールにも隠れているんですね。

 

 

トピック3:家族それぞれの身辺が出合うところ

私の家

設計/阿部勤
竣工1974年

「中心部のいちばん高いところに神殿さながら両親の「家」があり、息子さんのベッドは、その足下にあたるギャラリーの片隅に置かれている。横には勉強机があり、窓ぎわの台やつくりつけの棚には地球儀や望遠鏡や教科書が並んでいるが、その反対側には親父の机があり、窓ぎわの台や棚はそこまで続いていて、親父の専門書や仕事の道具は、部屋の中ほどで息子さんの辞書やミニカーと出合い、まじり合っている」(植田実、1983年記)

  • 阿部勤さんの自邸「私の家」の2階。窓とともに窓台も周囲をめぐっている。撮影/植田実
  • 「私の家」の2階。吹抜け部分。撮影/植田実

――――集合住宅ではなく戸建ての例ですね。

 

植田 戸建て住宅では、阿部勤さんの「私の家」を選びました。阿部さんとその息子さんとの関係に興味を惹かれました。

 

――――ロの字プランです。1階は鉄筋コンクリート造で縦長窓が付いていて、2階は木造でぐるりと窓が続いている。リボンウィンドウですね。

 

植田 一辺の両端に、阿部さんと息子さんの居場所がそれぞれあって、ずっと続く窓台や棚をよく見ると、ふたりの道具や本が途中でまじり合っている。こんな絶妙な関係をほかに知りません。このふたりの関係を成立させていたのは、やはり窓でしょうね。屋外への開放感がちょっと違う1階では難しかったと思います。

 

――――窓台に置かれたものが、おふたりの関係や性格まで表しているようです。

 

植田 腰の高さまで鉄筋コンクリート造の壁が立ち上がっていて、その上に窓台がずっと続いている。椅子やベッドがあって、簡単な机にもなる。

――――リボンウィンドウは開放的ですが、逆に窓台はプランに一体性を与え、人の居場所を提供しながら、家族をつなげているんですね。窓からの景色を考えると、建物の配置がきいていますね。住宅街の十字路の一画に立っていますが、敷地は四角形で、この建物だけ角度をふって配置されています。だから、三角形の庭が4つできて、緑にも厚みが生まれていますね。葉が茂る一番いい部分が景色として窓から飛び込んでくる。逆に、外から建物を見ると、十字路の一画に広場ができたような印象も与えています。

 

植田 この住宅は、「蝶の眠り」という映画の舞台にもなりましたが、外からクレーンで2階をいきなり切り取った撮影シーンがあり、建築写真のような構築的表現から逃れていて、とても新鮮でした。樹木で見え隠れしながら、2階の窓が、生活の様子を映し出すスクリーンにもなっている。

 

 

トピック4:どの世帯の窓からも見える桜

伊東邸

設計/安藤忠雄
竣工1990年

「三家族、大人六人・子供三人の共同生活が多焦点的に、季節や時間や行為によって見え隠れする風景、それがこの住宅において際立っている。九人の住み手をひとつに束ねている唯一の焦点は、それぞれの部屋の外にある。居間も食堂も寝室も、その焦点に向いている。敷地の南東隅に残された大きな桜の木」(植田実、1995年記)

  • 伊東邸。窓越しに桜を見る。撮影/新建築社写真部

――――複数世帯が住む住宅の場合は、ある程度プランが分かれますね。伊東邸も三世帯が暮らしていた住宅です。

 

植田 伊東さんは、1950年代から同じ敷地に、増沢洵設計による2階建ての住宅にお住まいでした。しかし、お子さんたちが巣立った後、今度はそれぞれの家族連れで戻ってこられたので、大きな家に建て替えることになった。それで、三世帯が一緒に暮らす住宅を安藤さんに依頼したそうです。大きなひとつ屋根の下に住みながらそれぞれ自立している各家族、そこにまた個と共同の場がある。集合住宅のようにただ住むだけではなく、外に開かれた仕事場や店のような施設も必要となれば、さらに複雑な構成になる。安藤さんの提案は、それらどの部屋からも、距離や向きや見た目を少しずつ変えながらも、同じものが見えている。そんな平・断面計画でした。その同じものとは敷地の端に聳えている一本の桜の木で、敷地と家全体を囲う高いコンクリート壁の内側に、家族の一員のように迎え入れられています。各家族の居間や食堂や寝室の窓から見える桜は同じでありながら、いかに違う表情にもなるかという点に安藤さんは心を砕いている。家族が一本の木を媒介として日々お互いが会えるかを建築的に解決しようとしています。

 

――――とくに桜の季節には、みんなきっと窓の外を見ますね。


植田 
美術館や教会やさまざまな会館などでも、動線上に同じ樹木や庭が繰り返し現れるような工夫を、安藤さんはされている。何ともいえない既視感に襲われるのですが、住宅でも迷路的な通路や部屋を抜けて突然、2階テラスのところで道の行く手が虚空に抜けて終わったりする。これも一種の既視感と思えて、しかしそこに建築の底知れない力を感じる。この住宅でも単に家族を束ねる視線計画と説明したら、あとは何も残らない。

 

 

トピック5:遠く、身近な茶室

空飛ぶ泥舟

設計/藤森照信
竣工2010年

「楕円形平面の部屋の中央は楕円形の大きなテーブルで占められ、壁ぎわのベンチに五、六人が順ぐりにすわるともう身動きがとれず、この人との距離の気楽さがじつにいい。従来の茶室は全身むき出しで相対するから緊張を強いられるが、と藤森の説明がある。両側の壁には二連、三連の大きな窓が翼のように跳ね上げられ、現実の地上がこの飛行体から見下ろせる」(植田実、2011年記)

  • 空飛ぶ泥舟の外観。提供/藤森照信
  • 空飛ぶ泥舟の内観。提供/藤森照信

――――宙に浮いた驚きの茶室でしたね。

 

植田 展覧会のために設計したといえそうな。高過ぎにも低過ぎにも満足できなくなって、空を飛んでしまった痛快さ。窓際を強く意識させられる突き出し窓は、見事な選択ですね。そこからの眺めは、こちらを見上げている人々の笑顔です。それも茶室のもたらす異世界として受け入れられる。展示期間中はそんな空間を誰もが体験できる。そして茶室とは何なのか、ひいては住宅とは何かを、身体で考えはじめる仕組みになっています。

 

――――実際に見られていかがでしたか。これだけ狭いと、すべてが窓際ですね。

 

植田 藤森さんも説明されていますが、テーブルの下に身体の半分が隠される。だからリラックスできる。はしごを伝って楽しく、苦労もして登ってきた後なので、知らない人同士でも会話が弾んでくる。カフェの一隅みたいな気分でもあるので、もっとシンプルな空間でもいいように思えてきます。窓は円窓に近い形で、黒川さんのも空に浮く大きな円窓ですが、かえって形だけでグルーピングできない、いや秘かな共通点もあるような、そこがおもしろい。形や機能の意外なタイポロジーに気づくかもしれません。藤森さんのは、狭さだけではなく安心感やくつろぎの身体性とひとつになる衣服のような空間ですね。

 

 

トピック6:思いもよらないほど、美しい窓際

Studio 御殿山

設計/千葉学
竣工2006年

「七〇~九〇センチほどの深い窓枠の天地左右がステンレスで仕上げられている窓は鏡の筒と化している。外の景色をさまざまな面から映し込み、その鏡像で二重三重に囲われた先に実像がのぞいている。その美しさは思いもよらなかった。建物が密集しているから、窓の間近に見えるのは隣家の裏側。傷んだままの壁や瓦屋根だったり、無表情なタイルと壁の一部だったり」(植田実、2011年記)

  • Studio 御殿山の窓際。外に樹木。撮影/西川公朗
  • Studio 御殿山の窓際。外に隣家の壁面や屋根。撮影/西川公朗

――――最後はすぐれた意匠の窓際の例ですね。

 

植田 「Studio御殿山」は、水まわりや収納を建物外周部に全部寄せているので、窓がとても深くなっていますね。チリ4面が全部鏡面になっているので、外の景色が反射する。普通どんなにキレイだって、それほどキレイじゃないのですが(笑)、これは本当にキレイでしたね。お施主さんは、美術関係の仕事をされている方ですが、それぞれ1点限りの高価なアート作品が無料で手に入ったような気分だったのではないかと思いました。住宅というジャンルを超えて適用できる一種の発明といってもいいくらい。

 

――――窓の力で、まるで景色そのものを変えてしまっているようです。

 

植田 見たくもないものがアートに生まれ変わってしまった。普通、窓外の景色といえばできるだけよい所を切り取り、景色が悪ければすりガラスなどでぼかして逃げる。ところが逆に積極的に景色を取り込んでいる。物に即した解決を詩的に解決するのが千葉さんのすごいところですね。

 

 

窓は設計できるけど、窓際は設計できない

 

――――全体をとおして、窓際を観察するうえで大切なことはなんでしょうか。

 

植田 窓だけを扱うのであれば、その設計を物理的に読み込めばいい。でも窓際となると、椅子などの家具も含まれる。窓際を描いた絵画のように、人も含まれてくる。外側では樹木や都市への景色が含まれてきます。そうすると、窓際を扱うには住み手だけでなく、画家のように状況をそばで観察する視点が大切になりそうですね。それでこれまで訪ね、感想も書いた事例から6例を選び、その一部あるいは言葉の順番を変えず、加筆も一切しないというルールのもとに、窓が「窓際」の描写に変わるように要約してみました。窓際を念頭に書きはじめると情緒に行きがちになるのを避けたかったのです。出典はみすず書房から出した『集合住宅物語』、『都市住宅クロニクル』と月刊『みすず』2011年8月号。このゲーム的規制の作業はよい反省にもなりました。

 

――――6つの事例に共通することはありますか。

 

植田 巧みな設計がたくさんみられましたが、季節や時間は当然変わっていくし、樹木も育つ。隣家も更新していく。それから、東京女子大学の旧東寮が象徴的でしたが、使う人の違いもあるし、父子の使う部屋や複数世帯の家のように、住む人が同じでもライフステージによって窓の役割が微妙に変わってゆく。窓際というからには、その変数は膨大。建築家の予想が裏切られることもあったでしょう。やはり「窓は設計できるけど、窓際は設計できない」ということになる。それを念頭に置いて、予想と裏切りの錯綜をちゃんとひもといてあげる。このシリーズ記事では、そのあたりを期待したいですね。

植田実 /うえだ・まこと

1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、『都市住宅』(1968年創刊)編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て現在フリー、住まいの図書館出版局編集長。2003年度日本建築学会文化賞受賞。著書に『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房、2004年)、『都市住宅クロニクル』(全2巻、みすず書房、2007・2011年)など多数。

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