WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 まどけんちく体操

第2回 サヴォワ邸 (フランス・パリ)

田中元子(mosaki)

09 Jun 2016

建築の革命とは様式の変遷と思われがちだが、実はすべてを材料が決めてきた。木や石といった天然素材から、鉄やガラス、コンクリートといった工業製品へ。ヨーロッパに産業革命の波が訪れると、建物の様相もガラリと変わった。それまでの伝統的な、重厚でデコラティヴな建築から、人が暮らす機能のために合理的に、最小限にまで装飾をそぎ落とした、全く新しい建築、モダニズムの時代へ。その建築の姿は、当時を生きる人々は誰も、見たことすらなかった代物であったに違いない。建築の工業製品化は、見た目をガラリと変えただけでなく、富める者のみならずあまねく全ての人々に、美しく快適な建物が行き渡る時代の幕開けでもあった。この輝かしい20世紀の到来を建築界で高らかに宣言した人物こそ、近代建築のゴッドファーザー、ル・コルビュジエであった。

しかし産業革命以後の素材を用いた建築を設計していたのはコルビュジエだけではないし、実際コルビュジエ自身、鉄筋コンクリートの建築をいち早く手がけた建築家、オーギュスト・ペレの事務所に学んでいる。なぜコルビュジエだけが、そんなにすごいのか。その理由のひとつは、単に新たな素材で美しい建築物を作っただけではなく、自身の建築理念こそが、これからの全人類が暮らすものであることを予言し、それを多くの人々に知らせるべく運動を起こし、簡潔にまとめ上げ、スタンダードを自ら編み上げたことにある。つまり革命だけでなく、新たな時代の普遍という、とてつもなく広大な風呂敷を、世界に対して明快に広げてみせたのだ。

そのコルビュジエがぶち上げた「近代建築の五原則」を具体的に立ち上げた建築物が、今回とりあげる「サヴォワ邸」である。ご存知の方も多いと思うが、この五原則とは、建物のボリュームを上部にもっていくための足下の列柱=「ピロティ」、屋上を有効活用することを提案した「屋上庭園」、それまでの、積み上げてつくる煉瓦や石造りの建築では叶わなかった「自由な設計 (自由な平面) 」、「自由なファサード (自由な立面) 」、そして人々の暮らしにとって最も身近に感じられる革命と言っても過言ではない、窓について=「水平連続窓」のことである。

産業革命以前には考えられなかった、水平方向に大きな窓。この窓の出現によって、どれだけの光が、風が、香りが、人々の暮らしを彩ることになっただろう。人々は開けたり閉めたり、欲しいところに窓を開けたり、自分の思い通りに窓を扱えるようになった。窓と人との、新たなステージが始まったわけである。今回の「まどけんちく体操」では、この新時代の窓がこの世に誕生した歓びを、水平に自由な躍動感でもって表現した。

コルビュジエの予言は、必ずしもその通りにはならなかった。世界中のあまねく人々にモダニズムを、という運動は輝かしく見えたものの、そんな画一性よりも、実は各地の伝統や土着性こそが、その地にとっての快適性、合理性、ひいては美しさであるという見方もある。建築の正しさは、ひとつの正しさに着地することではなく、何が正しいかなんてひとつではないことをどこかでわかりつつ、それでも追求する姿勢のことではないだろうか。

体操協力: 加藤紗希、ビルヂング

 

 

田中元子/Motoko Tanaka 1975年、茨城県生まれ。高校卒業後、独学で建築を学ぶ。2004年、大西正紀と共にクリエイティブユニット「mosaki」を共同設立。2010年より「けんちく体操」の世界発信をスタート。同活動は、2013年日本建築学会教育賞 (教育貢献) を受賞。2014年、建築タブロイドマガジン『awesome!』創刊。同年より都会にキャンプ場を出現させる「アーバンキャンプ」を企画・運営。2015年より「パーソナル屋台」プロジェクト開始。主な著書に『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』ほか。
www.mosaki.com

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