WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓語アラカルト

VOL.0 対照語源学からみる諸言語におけるまど

植田康成

24 May 2013

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言語学者 植田康成が世界各国の「まど」の語源に迫る。窓という言葉の概念がどのように拡張されていったのか、その過程を探る。本コラム連載開始にあたり、Vol.0 対照語源学からみる諸言語における「まど」を掲載。

1.はじめに
「窓」とは、手元の国語辞典によれば「採光・換気・展望などのために、かべまたは屋根にあけたあな」とある。いずれの文化圏、言語圏においても、日本語でいう「窓」に相応するもの (本稿では、それを「まど」と平仮名で記す) が存在する限り、その働きや機能については、ほぼ上記の定義が通用するだろう。諸言語における「まど」の語源を眺めてみると、人々が家屋や寺院などの建築物にあけたあなを「まど」と名付けたときの由来に従って、類型化を試みることができる。「まど」のどのような面に焦点を合わせて命名しているのか、それを掘り下げて比較文化的な考察を深めることも可能であろう。しかし、本稿では、そのような類型の根底に共通する事実、すなわち、人間が自身の身体を基盤として現実を認識し対象を名付けている点に注目する。認知的な観点から諸言語の「まど」の語源を追究し、人間による外界の認知と概念化、および概念拡張の過程を解明する糸口としたい。

2.諸言語における「まど」の語源
諸言語における「まど」は、そもそもどのような意味なのか。確認した限りでは、おもに3つに類型化できるようである。すなわち、「風の目」「 (採光、換気のための) あな」、「外を見る目 (あな) 」である。

先ず、英語の「まど」windowは、古代北欧語vindaugaに由来し、「風の目」を意味する。 (vindがwindに、augaがowに音変化している。) 古代北欧語 (北ゲルマン語) に遡るスウェーデン語vindöga、デンマーク語vindueも同様である。スペイン語ventanaもこの系列に属しているようである。

ドイツ語では「まど」をFensterという。これはラテン語fenestraに由来し、「仕切り壁あるいは城壁の開口部分、あな」を意味する。フランス語fenêtre、オランダ語venster、イタリア語finestraなども同様である。 (興味深いことに、ドイツ語と英語は歴史的には姉妹語と言える関係にあるにもかかわらず、「まど」の語源は異なる。それは、ラテン語からの借用語であるFensterが、ゲルマンの固有語を駆逐していったからである。) 中国語や朝鮮語もこのタイプで、中国語の「窗」の字の成り立ちは、垣や壁、あるいは屋根や天井に設けられた開閉のできない換気のためのあなを象ったものである。朝鮮語では「창」であるが、これは中国語の窗を朝鮮語読みしたものである。

ロシア語の「まど」はокно(okno)であるが、これはoko (目) から派生したものである。okoはラテン語oculus (目) に由来する。スラブ語派に属するポーランド語okno、チェコ語oko等がこの系統に属する。そして、日本語の「窓」もこのタイプに入るようである。『広辞苑』 (第6版、2008) には、「 (「目門」または「間戸」の意か) 」とある。前田富祺監修『日本語源大辞典』 (2005) では、「「ま (目) と (門) 」の意」とあり、語源説として、「1.セバト (戸) の略転。セマト (狭戸) の略。2.マド (間門) の義。マト (間所) の義。マド (間戸) の義。3.ヒマドコロ (隙所) の略。4.マタト (又戸) の略。また目戸の転。ミヤリト (見遣戸) の義。5.あかりを得ることから、アマノト (天戸) の略か」と5つ列挙されている。「め (me) 」の母音が変化して「ま (ma) 」になり、「と (to) 」が軟音化 (有声化) して「ど (do) 」になったということであるから、もともとは「目」の「戸」と名付けられたのだろう。さまざまな漢字表記は、音変化の過程で生まれた当て字と考えられる。

3.命名動機に関する類型化にもとづく考察
しかしなぜ、採光、換気を主な機能とする「まど」が「目」と関連するのだろうか。まずは、人間が「目」をどのように捉えているかを確認しておく必要がある。人間の身体にとって、「目」は外界を知覚するための器官であり、外界からの情報を受信する器官でもある。そのように考えるとき、人間の身体は閉ざされた一つの個体として、その「内」と「外」が区別されていることになる。また、目は身体にあいた「あな」であるといってもよい。アングロサクソン語の「まど」eagdyrel (Augenloch (目あな) ) は、住居を人間の身体に喩えている。さらにいえば、「まど」が設置されている側面を顔と捉えている。目が人間の身体にとって、外界とのつながりを保証する重要な感覚器官であるように、「まど」は家という閉ざされた空間を外界とつないでいるのである。

洞穴あるいは竪穴式住居に住んでいた古代の人々にとって、出入り口としての開口部が、現在の「まど」の役割も果たしていたことだろう。人々はそこから出入りするだけでなく、外部を見、光を採り、換気していた。つまり、少なくともそれら3つ (展望、採光、換気) がプロトタイプ (原型) としての「まど」がもつ機能であった。諸言語における「まど」の語源をたどると、その原型が有していた3つの機能がそれぞれ分離、独立していく過程が読み取れる。複数の役割を担っていた洞窟の開口部が「出入り口」として独立し、ほかの機能と切り離されたとき、いわゆる「まど」という概念も成立したのである。

スラブ諸語や日本語では、「まど」の「展望」機能に焦点を合わせている。ラテン語、中国語、朝鮮語では「採光・換気」の機能が重視されている。人類の文化や技術の発展は、自然をコントロールすることと密接に関わっている。住居の本来の目的は、光や雨風を遮ることであったはずだ。人類は、まず閉ざされた空間や暗闇を人工的に作り出し、次の段階として、採光や換気のための装置を発展・進化させていった。しかし換気の制御が不十分であるとき隙間ができ、そこから風が入り込んでくる。英語のwindowは、塞ぎきれない「あな」を「風の目」として比喩的に捉え、命名されたものであった。 いったん成立した「まど」を意味する語は、一つの機能に特化された「まど」だけでなく、そのさまざまなヴァリエーションをも含み持つようになる。『日本語源辞典』によると「まど」は9通りの漢字表記がなされているが、それらは形態、機能によって書き分けられていた。具体的対象の違いにもかかわらず、いずれも「まど」として捉えられている。現代日本語においても、「~窓」がついた複合語を見てみると、形、材質、取り付け位置、役割に違いはあっても、すべて「窓」として包括されている (「出窓」、「飾り窓」、「天窓」など) 。「フランス窓」のように、プロトタイプに回帰して、出入り口としての機能がそなわったものもある。さらには、概念が拡張され、仮想現実としての外界を見るパソコンの画面なども「窓」と呼ばれるようになっている。

4.おわりに
本稿では、語源の類型化を手掛かりとしながら、諸言語が共通に基盤としている人間の外界認知、概念化や概念拡張の過程について考えてみた。「まど」の語源を見てみると、その概念形成には「まど」そのものの機能分化が関わっている。しかしながら、現代の個別言語では、「まど」を意味する語は、3つの主要機能以外に、宗教的、社会的、美的といった、主に人間の文化的側面に関連して、その意味するところ、概念内容が広がっている。

 

植田康成/Yasunari Ueda
1948年、鹿児島県大島郡徳之島生。神戸大学文学部哲学科卒業、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。千葉大学人文学部助手及び講師、九州大学教養部助教授、広島大学文学部助教授、2001年より広島大学大学院文学研究科教授、2013年同退職。博士 (文学) 。専門は現代ドイツ語研究。とりわけ、日独慣用表現の対照研究及びカール・ビューラー (1879-1963) の言語理論を中心とする研究。ドイツ社会言語学、応用言語学 (外国語教育) 。近年は、日独イディオム対照研究の成果にもとづいて語彙学習に対する提言を行うことを目指している。

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