June 25, 2019

窓─ 建築と共生の境界

トム・アヴァーマテ/スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)教授

スイス連邦工科大学チューリッヒ校で教鞭を執る建築理論家のトム・アヴァーマテ氏。都市における公共空間と建築の役割に着目し多彩な研究を展開するかたわら、レム・コールハースとの共著を多数手がけるなど、建築編集者・キュレーターとしても第一線で活躍している。
窓とは人々と都市・地域の物理的な繋がりをつくると同時に、その感情的な結びつきを象徴するものでもある──そう語る氏が見出す、現代建築における窓の可能性とは?実在する3つの作品を例に話を聞いた。

──2007年に出版された『Architectural Positions: Architecture, Modernity And The Public Sphere 』(建築的命題:建築、モダニティ、公共領域)についてお話しいただけますか?豊かな公共空間をつくるために、建築が外部と内部をどのように繋ぐことができるか、という点で興味深い見解を示されていますね。

建築が公共空間に与える影響の大きさを考えていくうえで、とても重要な本です。建築は、単なる技術として見なされてしまうことがあります。建物を設計するには、内部に十分な採光がとれているか、設計の内容が環境に適しているかなど、検証すべき点がたくさんありますからね。どれも建築にとって大切な事柄なのは確かです。しかし、この本では、さらに先の領域について考えることにしました。たとえば、集団が活動する範囲、都市のなかで建築が関わる範囲など、広範な領域において建築が出来ることはなにか、という点です。検討を進めるために、建築家に対して、プライベートとパブリックの境界はどこにあるのか、その境界をどのように定義するか、という質問を投げかけました。ひとつのアイデアに縛られたくなかったので、36名の建築家を選び、それぞれの見解を聞いていきました。それから、彼らの建築作品を通じて得た多角的な意見をどのように位置付けることができるかを考えていきました。

最終的には、アルド・ロッシ、レム・コールハース、マティアス・ウンガース、ピーター・ズントー、ピーター・アイゼンマン、伊東豊雄など、過去2、30年間を代表する現代建築家たちの多様な視点を盛り込むことができました。そして同時に彼らの間の対話を助長し、お互いの理解を促すことができたようにも思います。彼らの大半が境界の存在を重要視していますが、それぞれが持つ境界の概念はやはり異なります。そこで、36名の建築家との対話を続けることで、彼らの考え方の違いを明らかにしようと試みました。印象的だったのは、若い世代の建築家がこの書籍に興味をもってくれたことです。この本が、様々な視座を示しており、彼らの立ち位置を位置付けることに役立っていると感じてもらえました。

  • “Architectural Positions: Architecture, Modernity And The Public Sphere”(Sun Publishers, 2007)

──書中で紹介されている、“境界の要素”について教えてください。
パブリックとプライベートの境界上に存在する要素のことです。建築家の中には境界を薄くし、瞬時に切り変わるものを好む人もいれば、境界は充分な深度をもっていないといけないという人もいます。モダニズム建築の手法では、当然のごとく建築家たちはプライベートとパブリックの境界線を限りなく細くし、ほとんど不可視のものをつくろうと努力しました。一方、近代以前の様式建築では、パブリックとプライベートの間を移動するのに数メートルを歩かないといけないような、まさしく隔たりのような境界を設けようとしました。

──プライベートとパブリックの境界線として、窓が公共の場に貢献している事例があれば教えてください。

私は建築物が共有空間にどのように貢献するか、公共空間に何をもたらすかということに非常に興味があり、この点で窓は極めて重要な役割を果たしていると考えています。窓は実際に建築物の中心的な要素となる場合もありますが、現象としても重要です。窓は人々が都市に抱く印象を大きく変化させます。視覚的な景色だけではなく、心理的イメージや、人々と都市・地域との関係性に関する印象を変えることができます。こうした理由から、建物と周辺環境との間の関係において、窓が極めて重要な貢献を果たすと私は考えています。

そこで思い出すのが、コーリン・ロウとロバート・スラツキーによる「Transparency: Literal and Phenomenal(透明性:実際と現象)」(『Perspecta』Vol.8. , 1963)という論考です。この論考は実際と現象における透明性について論じており、これが窓のもつ本質ではないかと考えています。窓とは人々と都市・地域の物理的な繋がりをつくると同時に、その感情的な結びつきを象徴するものでもあるのです。これらの両側面を建築作品において思考することは、建築家として非常に興味深いことです。

ユニークな例を3つ挙げてみましょう。ひとつめは少し前の建築ですが、トニー・フレットンによる設計の《リッソン・ギャラリー》(1992)です。すでにご覧になったことがあるかもしれませんが、影響力の大きな作品なので、少し紹介したいと思います。1992年竣工の典型的なロンドン郊外の物件で、長い歴史をもつ有名なアートギャラリーのために建てられたものです。ファサードを見ると、ほぼ一続きの横長の窓で構成されていることが分かるでしょう。この建物がプライベート空間つまりアートギャラリーと、それから街頭のパブリックな世界との関係を構築していると考えています。

  • Courtesy of Lisson Gallery and Tony Fretton Architects © Chris Steele-Perkins

トニー・フレットンは、アートギャラリーと街頭の平凡な世界を結びつけるという類い稀なることを達成しています。一般的にいえば、これらの領域は互いに関係性をもつことはありません。アートギャラリーとは思索のためのある種の神聖で、静謐な空間であり、対照的に街頭は行き交う人やもので溢れた騒々しい空間です。フレットンは窓を用いてふたつの領域の間に関係を構築し、相互に織り合わせています。

  • Courtesy of Lisson Gallery and Tony Fretton Architects © Chris Steele-Perkins

実社会の日常の街中にいて、アートギャラリーの静けさに対峙している場面を想像してみてください。反対に、アートギャラリーの静けさの中にいて、外の通りの生活感を見てることができる場面を想像してみてください。ギャラリーと日常の関係性や、フレットンの意図が分かってくると思います。まさにモダニストというような手法ですね。一般的にアートギャラリーは壮大なエントランスや階段など、とても広い境界によって、自らの領域を公共領域から切り離しています。ふたつの世界、すなわち思索の世界と日常世界は通常、遠く離れたものですが、ここではお互いに引き寄せられ、相乗効果を生み出しています。

  • Courtesy of Lisson Gallery and Tony Fretton Architects ©Tony Fretton Architects

これは窓によって可能になるのです。窓はふたつの世界の間に緊張関係のようなものをつくりだしているといってもいいかもしれません。私は90年代に初めてこの建物を見た時に、とても衝撃を受けました。このようなことを実現したアートギャラリーは、他に見たことがありませんでした。この時リッソン・ギャラリーでは、アニッシュ・カプーアの作品を展示していました。カプーアの作品自体がひとつの世界であるともいえますが、その作品を見ながら自分の周りにある通りの生活や動きを感じることができたのです。そういった意味でこのギャラリーは本当に特別な建物です。

 

──日常を効率よく排除するように設計された一般的なギャラリーとは、極めて異なるものですね。

まさにそのとおりです。そしてそうした設計を実現するためにいかに窓が重要であるかが、分かってきます。境界は出来る限り薄くできるよう、目指していくべきだと思います。

 

──そしてふたつ目の例は?

比較的若い世代の建築家、アン・ホルトロップが最近手がけたプロジェクトです。オランダ・ユトレヒト近郊にある《Waterline Museum》(2015)という博物館で、ご覧の通り土の中に埋められています。ホルトロップは、もともと古い要塞があった敷地にミュージアムを新設するよう依頼を受けました。

おもしろいのは、建物が地中にあるのに、角度を変えてみると窓が見えることです。すぐにはわからないかもしれませんが、この写真を見てみてください。建築家の手法が際立っています。彼は窓に曲面を設けて、地下にあるミュージアムと地面との関係性をつくりだしています。

  • Courtesy of Anne Holtrop © Bas Princen
  • Courtesy of Anne Holtrop © Bas Princen

窓は必ずしも平滑である必要はありません。窓に曲面があることで、建築と一体感を成していることがわかるでしょう。この建築では、窓が地面の可塑性との接続として用いられています。土を扱う建物は幾何学模様の代わりに曲線や凹凸で構成されており、まるで彫塑用の土粘土のようです。特定の建築様式に当てはめることができません。ホルトロップの作品は地球の特性を模しているのです。そして、窓の曲面を利用することで、内外の領域の関係性を変化させていることがわかります。トニー・フレットンの作品とはまた別で、この窓の可塑性が境界を再定義しているのです。こうして地面と建物の関係、内外の新しい関係をつくりだしたホルトロップの手法が非常に魅力的な作品です。最近私が見た中で、これは最も興味深い窓のつかい方のひとつです。

  • Courtesy of Anne Holtrop © Bas Princen

このように窓が土壌の特性を反映することで、内外の新しい関係がつくり出される可能性があることがよくわかります。単に窓が透明だからというわけではなく、反射の作用が関係しています。曲率のある窓をつかうと反射の仕方が変化しますよね。そうした特性を効果的につかうには、極めて高い技術が必要とされます。

 

──最後の事例はどんなものでしょうか。

C.F.メラー・アーキテクトが設計したデンマークのコペンハーゲンにある《Østerbrogade 105》(2006)という集合住宅です。もちろん、一味違ったものを選びたかったということもありますが、非常に興味深い事例です。フレットンは境界を非常に薄くすることに関心を抱きました。そして、ホルトロップは曲面の窓を用いることで境界に新たな特徴を与えました。今回の事例では、境界を出来るだけ広げることで、建築家の家庭環境に対する考えが反映されていることがわかります。デンマークはヨーロッパの北に位置しており、気候にはあまり恵まれていません。それもありデンマークでは家族と生活する場である家庭環境の作り方が前進しており、建築界からも強い関心を集めています。従来、家族の暮らす住戸とパブリックな生活は完全に切り離されたものとみなされていましたが、デンマークではその逆の考え方が進んでいます。それを象徴する境界として、このベイ・ウィンドウを例にあげることができます。

  • C.F. Møller Architects © Torben Eskerod

室内までは見えないかもしれませんが、ベイ・ウィンドウは家族や子供などと一緒に過ごせる極めてプライベートな場所であると同時に、都市と繋がることができるパブリックな場所でもあることが想像できるかと思います。デンマーク人の社会観が反映されていますね。彼らは隠しごとをせずオープンであることを信条としており、ある意味でパブリックの中で生活しているといえます。ここでは家庭環境とパブリックな環境が互いに絡み合い、窓がこの独特の結びつきを象徴していることがわかります。

  • C.F. Møller Architects © Torben Eskerod
  • C.F. Møller Architects © Torben Eskerod

──窓にカーテンを設えるのが一般的な日本の住宅とは対照的ですね。

確かにそうですね。デンマークでは音響、温熱環境などを含め、建物をかなり技術的に制御をしているので、パブリックとプライベートを隣り合わせることが効率よくできるのです。これらの環境をコントロールすることで、彼らはプライバシーを維持すると同時に外の世界と繋がっていたいのです。

デンマーク人はいわゆる親密さを示すことに、深い関心をもっており、社会空間のなかにもそれが現れています。公的な場で私的な事情を出すことが良しとされる、という珍しい文化が根付いています。同じヨーロッパでも、私の住むベルギーやオランダとなると、事情は異なってきます。オランダで窓にカーテンをつけず、家の中をさらけ出している家庭は、ほとんどないでしょう。C.F.メラー・アーキテクトの設計した窓は、デンマーク文化の特質を明確に具現化すると同時に、個人の生活の親密さを公共論に結びつけているのです。

私は共生というコンセプト、つまり多様な文化がどのように共存するかということに関心を抱いてきました。共生とは、境界のあり方とは切り離して考えられないものです。窓は境界の一部であり、バルコニーやドアなどの建築部位もその一部を成しています。こうした建築の境界要素が、私たちの共生のあり方に大きな影響を及ぼしています。境界とは、パブリックとプライベート、個人と社会の間に存在するものです。そして、暖かさと寒さ、見えるものと見えないもの、汚れたものと綺麗なものを切り離すのが建築の境界要素であり、境界であります。窓をはじめとする建築の境界要素は、異なる状況や領域において建築が何をすべきかということについて、新しい視点から考えさせてくれます。床や天井は同じような働きはしません。だからこそ私は、境界の要素を重要視して取り扱ってきました。

トム・アヴァーマテ/Tom Avermaete
スイス連邦工科大学チューリッヒ校の都市デザインの歴史・理論コースの主任およびデルフト工科大学教授を務める。著作に『Another Modern: the Post-War Architecture and Urbanism of Candilis-Josic-Wood』など。『OASE Architectural Journal』『The Nordic Journal of Architecture』の編集を手がける。リサーチおよび展示プロジェクト「In the Desert of Modernity: Colonial Planning and After」 (Berlin 2008, Casablanca 2009, Marseille 2013)の発起人のひとりでもある。最近の仕事には、書籍『Making a New World? Re-Forming and Designing Modern Communities 』やCCAでのグローバル・サウスでのふたつの大きな都市実験についての展示『Casablanca Chandigarh』がある。

Top image: Chris Steele-Perkins