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蓮沼執太|窓を開ける音楽

蓮沼執太(音楽家、アーティスト)

18 Mar 2021

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その名も「ウィンドアンドウィンドウズ」というプロジェクトを続けている音楽家・アーティストの蓮沼執太さん。窓を開け、外の気配と共に風を感じ、また閉めては考えを深め、手を動かす——その営みの繰り返しの中で、音楽作品や、インスタレーションといったアートピースが生まれていくといいます。いつも蓮沼さんの傍らにある、「窓」についてのエッセイです。

 

~ window

開けはなして、目をつむる。わずかに感じる風。街路樹の葉の重なり、近くから人の話し声、すごく遠くの道路の騒音。外側と内側がつながりはじめ、やがて混じり合っていく。人間が主体ではなくなって、空気のような存在になっていく。その必要性は作品にも言える。自分が作り出したものに主体があるのではなく、目に見えない音が空気中に放たれ、空間に混じりながら、音波として流れていく。空間に閉じ込めず、外気を取り入れながら漂わせておけば良いと思っている。風のように。常に捉えることが出来ず、絶えず変化していくもの。それが音。いつかは全ての音は減衰していき、消えていく。その永遠の繰り返しが、僕たちの世界を作り上げていき、同時に無くなってもいく。音に携わるアーティストとして、僕は常に外の世界と交わっていたい、という気持ちがある。それは環境だったり、社会だったり、他者だったり、様々である。自分がいかに社会に生かされていて、いかに他者と向き合って営みをしているのか、そしてこの環境の中で息を吸うことができることの大切さを思う。

僕のスタジオにはいつも窓がある。サウンドやアートピースを制作する空間には窓が必須なのである。作品を作る自分自身、生まれてくる作品も出来るだけ中間に存在出来るように、開けっぱなしにして外気と交わっている。そうすることで世界の声が聞こえてくるように感じる。風や光が世界を知らせてくれる。それは季節の変化や1日の移り変わり。時計に縛られずに時を感じることも出来る。そうやって文明と自然の間を繋げてくれる存在にもなっている。

音響の世界では、ガラス素材が使われる壁などは正確に音を確認出来ないという理由で使用を控えることが多い。サウンドスタジオと聞いて思い浮かぶのは地下スペースや、硬い壁に囲まれた場所、無響室のようなクローズドな空間かと思う。窓があったとしてもマイクを立てて録音をする際、開けっぱなしにしていたら、外の音が入ってしまう。音響エンジニアリングの方々に怒られてしまいそうである。でも、僕は窓を開けながらレコーダーを回したりもする。それは僕がフィールド・レコーディング(環境音を録る)から、音にまつわる活動を始めたことに由来するかもしれない。内側の空気振動だけを録音するのではなくて、録音される楽器(音が出る物など)の外側の音にも興味があるのだと思う。現在の制作場所では、朝に鳥が「おはよう!」と言うように鳴いている。耳を澄ますと、その時々でいろいろな種類の鳥の挨拶が聞こえてくる。その鳥の声は「いま」しか聞こえない。例えば、そんな「いま」窓を開けたままアコースティック・ギターを録音するべくレコーダーを回す。そうするともちろんギターの音がフィーチャーされるものの、その背景には微かに鳥の挨拶も記録され、音となって存在しはじめる。これはノイズではない。主体性のある鳥の声である。世界には人間、動物、植物、様々な営みによって既に「いま」たくさんの音がある、それらを確認しながら僕のクリエーションはスタートしていく。

 

 

windandwindows

自分の活動の中でも軸となるような「窓」がある。プロジェクトの名前として「ウインドアンドウインドウズ」は度々登場する。同じ名前でありながらその時々に色々な意味を込めてきた。そのプロジェクトや解釈を紹介させてもらおうと思う。

 

windandwindows #1

HEADZというインディペンデント音楽レーベルに様々な音楽ジャンルの作家が集まっていたので、2009年あたりから彼ら彼女らの活動を紹介するためにポッドキャストを始めた。ラジオのような音楽紹介のメディアを自分で作ってみた。その名前が「ウインドアンドウインドウズ」だ。名付け親はそのレーベルのオーナーである佐々木敦さん。意味はそのまま「風と窓」。風通しの良い雰囲気を表している。そのウインドアンドウインドウズは、後に配信レーベル名にもなり、自身のソロ作『Earphone & Headphone in my Head -EP』や他のミュージシャンのシングルが数曲配信リリースされたりもした。

 

windandwindows #2

また、2016年には六本木ヒルズ全体で流れる音楽プロジェクトに参加した。そのプロジェクトも「ウインドアンドウインドウズ」とした。六本木ヒルズは複合ビルであり多様な業種の人々が行き交う場所であるから、そんな場所に新しい風が吹き込まれたら、普段とは違った光景が広がるだろう、と思い名付けた。8種類の音楽を制作し、ヒルズの屋内、毛利庭園などそれぞれの場所でバラバラに再生した。それらの音は同時に再生されず、ズレながら鳴っていることになる。人間の意思や意図を無視して勝手に空間に音が広がってしまいズレるという状態。僕はこれがとても自然だと思った。音楽は人間が調整に調整を重ねた人間のための音であって、六本木ヒルズに行けばBGMとして至るところで音楽が流れている。そういうBGMとは趣向が異なり、音と音楽の間を漂うようなものにしたかった。

 

windandwindows #3

2018年、上記の音源も収録した6枚組80曲の未発表音源集『ウインドアンドウインドウズ』を発表した。コミッションワークでの制作音源をまとめてみたら、80曲にもなっていた。それらを集めたのがこの作品集。映画、演劇、ダンスパフォーマンス、CM、プロデュースなど、いろいろなフィールドの音楽を収録する器になるように、ジャンルという壁の中に窓を取り付けて、そこから風を通すように。窓から新しい音楽が入ってくるように。そう言った気持ちでこの名前を付けた。

 

windandwindows #4

さらにこの年、蓮沼執太フルフィルという26名によるラージ・アンサンブルのために「ウインドアンドウインドウズ」という曲のアレンジをした。その楽曲は東京・すみだトリフォニーホールで初演し、日比谷野外大音楽堂でも上演した。音楽の出自が異なる26人が集まって、一つの楽曲を演奏する。メンバーそれぞれの個性がそのまま独立した形で存在できるようなアンサンブルのために、この「ウインドアンドウインドウズ」は楽曲となり2020年『フルフォニー』というアルバムに収録された。

 

windandwindows #5

また、この楽曲を新しい音楽体験のインスタレーションとしてGinza Sony Parkというスペースで再構築もした。29個のスピーカに演奏メンバーそれぞれの音が配置され、鑑賞者はアンサンブルのステージの上を歩くように音楽を聴く、というもの。美術ではなく聴く場所や環境が異なることで、同じ楽曲でも違った響きを体感していく、音楽としてのインスタレーションだ。

 

windandwindows #6

2020年はCOVID-19の影響で緊急事態宣言が出された。ラジオ局J-WAVEとの協働で「STAY HOME」の中のリスナーから音を集め、ひとつの音楽を作るプロジェクト。その募集文言はこんな風だった。「テーマは“ウインドアンドウインドウズ” 『風と窓』。 自宅の窓を開けて感じる風。そんな風通しの良い音を募集します。」予想を超える数の音が集まって、新曲「呼応」が完成した。みんなから集まった音も使って、ライブでもパフォーマンスをしている。

 

windandwindows ~

「ウインドアンドウインドウズ」は、いつも音と音楽の間に存在していて、風通しをよくしたいときは開放して外とつながる、しっかり熟したい時は閉め切って内側を豊かにしていく。そしてまた空気が窮屈になっていけば換気を行う。そんな繰り返しで「ウインドアンドウインドウズ」の営みが続いていく。窓は環境の内側と外側をつなぐ大切な接点になっている。形を変えながらいつも自分の側にある。

 

蓮沼執太/Shuta Hasunuma
音楽家、アーティスト。1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、多数の音楽を制作。作曲という手法を応用し、展覧会やプロジェクトも行っている。最新アルバムである蓮沼執太フルフィル『フルフォニー』(2020年)をはじめ、音楽作品多数。主な個展に、『 ~ ing』(資生堂ギャラリー・東京、2018年)など。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。⁠
http://www.shutahasunuma.com/

Top: Photo courtesy of Pioneer Works.

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