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ブルータリズム建築の窓
『日本のブルータリズム建築』発売によせて

磯達雄(建築ジャーナリスト)

21 Apr 2023

Keywords
Architecture
Brutalism
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写真集『日本のブルータリズム建築』を出版した。ブルータリズムとは、材料、機能、構造などをそのまま表した即物的な建築の傾向を指す。仕上げはコンクリート打ち放しで、ピロティやキャンチレバーといったデザイン手法がしばしば採られる。晩年のル・コルビュジエや、ポール・ルドルフらの作品を、まずは思い浮かべればよいだろう。1950年代から60年代にかけて、それは建築メディアを席巻した。これが1970年代になると、ブルータリズムは暗くて汚らしい、格好ばかりが大仰な建築として嫌われるようになる。過ぎ去った流行とみなされ、建築界でも語られることがなくなった。

しかし、東欧、中南米、アジア、アフリカなど、世界を広く見渡せば、1970年代以降もブルータリズムの建築は隆盛を誇っていたのである。近年、SNSによる情報交流が盛んになると、地球規模で散らばる膨大な数のブルータリズム建築の存在が、明らかになっていく。建てられた当時はまだ生まれてもいない若い世代からの関心も引いて、ブルータリズムがグローバルなレベルで再評価されるようになっている。日本においても、丹下健三や磯崎新の作品がブルータリズムの文脈で論じられることはあったが、そうしたスター・アーキテクトの作品ばかりでなく、組織設計事務所や公共組織の建築部門が設計した建物にも、ブルータリズムに分類できるものが大量にある。そうした建築群から、日本における優れたブルータリズム建築の実例を選び直し、写真家の山田新治郎氏に撮り下ろしてもらったのが本書である。その中には、これまで建築専門誌に掲載されてこなかった建物も含まれている。新たな観点から、ブルータリズム建築に光を当てることを狙ったものである。

出版にあたっては、公益財団法人窓研究所の出版助成を得た。この助成の目的は、「建築文化の発展に寄与すること」とされており、出版物のテーマとして窓を取り上げることを条件にはしていない。本書をつくる過程でも、窓については特に何も考えてこなかったのだが、窓研究所のウェブサイトに執筆する機会をいただいたので、あらためて考えてみた。

ブルータリズム建築の窓とは?

撮影のために訪れた建築の窓を思い出そうとするが、なかなか記憶の焦点が結べない。印象に残っている窓がないのである。せいぜいが宮津市庁舎(設計:沖種郎・設計連合、1962年)に残っていた木製建具の窓や、プラザ佐治(設計:安田臣建築設計事務所、1971年)のカラーアクリルを用いた窓ぐらいだろうか。多くの場合は、コンクリートの庇やルーバー、構造フレームの後ろに引っ込んでいて、窓の存在は感知できない。写真に撮っても、黒い影として写るだけである。蒲郡市民体育館(設計:石本建築事務所、1968年)のように、自然光を採り入れるための大きなガラス面が見える場合もあるが、支えのない幕面として現れるので存在感が薄い。こうした印象から、ひとつの仮説が生まれる。ブルータリズムには窓がない。そう言ってしまってもいいのではないか。それはブルータリズムが本質として、建築の構造をそのまま表そうとしたことと関係していると思われる。窓もまた環境を調整する大事な機能を持っているはずだが、ブルータリズムの全盛時にはまだ環境面の重要性が認められていなかった。そのせいか、窓は補助的な装置とみなされ、表現のレベルにおいては省かれたのだ。

だとすると、こんな推測も重ねてみたくなる。1970年代になってブルータリズムがいったん廃れた理由についてだ。それは、窓がなかったからではないか。窓が足りなかったため、人々は暗く閉鎖的な感じを受け、悪い印象を持つようになってしまった。コンクリート打ち放しの荒々しい魅力におぼれている立場からは気づきにくかったが、そんなこともあるかもしれないと考えた。

 

  • 日本のブルータリズム建築
    磯達雄(著)、山田新治郎(写真)
    出版社 トゥーヴァージンズ
    発売日 2023/3/28
    定価 本体6,000円(+税)
    言語‎ 日本語
    仕様 ハードカバー、144ページ
    ISBN-10 4908406901
    ISBN-13 978-4908406904
    寸法 25.7 x 18.2 x 1.8 cm

磯達雄/Tatsuo Iso

建築ジャーナリスト。1963年生まれ。1988年名古屋大学卒業。1988~1999年日経アーキテクチュア編集部勤務後、2000年独立。2002年~20年3月フリックスタジオ共同主宰。20年4月から宮沢洋とOffice Bungaを共同主宰。2001年~桑沢デザイン研究所非常勤講師。2008年~武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『昭和モダン建築巡礼』、『ポストモダン建築巡礼』、『菊竹清訓巡礼』、『日本遺産巡礼』(いずれも宮沢洋との共著)など。

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