WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 北欧の窓

第2回 風景のための開口部

和田菜穂子(建築史家)

18 Oct 2017

採光、通風、人の通行・・・。開口部には色々な用途がある。いずれも物理的に何かがそこを通過するために開けられたものである。しかしそれ以外の開口部も存在する。ガラスという素材がもつ透過性によって、内部から外部へと向かう視線のために作られた窓、つまりそこにある風景を享受するために設けられた開口部である。物理的な開閉は目的でないため、「羽目殺し」と呼ばれる固定窓になることが多い。

1.「切り取られた風景」──フレーミングされた窓

1-1.美術館

「世界で一番好きな美術館は?」と聞かれたら、迷わず「ルイジアナ現代美術館」と答えるだろう。そして一番のお気に入りがこの展示室である。ジャコメッティの彫刻はいつも同じ位置にあり、変わるのは壁に掛けられた絵画と、窓の向こう側の景色である。フレーミングされた景色はまるで一枚の巨大絵画のようである。季節によって、時間帯によって、天候によって、景色は変わり、いつ行っても歓びと感動を与えてくれる。大きく一歩踏み出した人(ジャコメッティの作品)は永遠に時が止まっているが、その背景にある風景は絶え間なく変化し続けている。

  • ヴィルヘルム・ヴォラート&ヨーエン・ボウ《ルイジアナ現代美術館》(1958年、デンマーク)

水平線に沿った横長の窓。そこから突き出た飛び込み台(写真右)。現代アートとしての飛び込み台がなければ、まるでどこかの海沿いの邸宅のリビングルームにいるような気分になる。考えてみれば、もともとこの美術館は邸宅を改築したものなのだ。現代アートの鑑賞の合間にほっと一息つくための、私的な空間の再現といえよう。ここもお気に入りの空間のひとつである。

  • ヴィルヘルム・ヴォラート&ヨーエン・ボウ《ルイジアナ現代美術館》(1958年、デンマーク)

1-2.住宅

デンマークの建築家ヨーン・ウッツォンはスペイン・マヨルカ島の崖の上に《キャン・リス》という自邸を建てた。どの部屋からも水平線を臨むことができる特徴ある開口部をもつ。写真でみるとガラスが入っていないように見えるが、そんなことはない。ウッツォンは室内からの視線を配慮し、ガラスを挟み込んだ木枠を外側につけて、その処理をしている。奥がすぼまる立体遠近法がとられた巨大フレームは、額縁の役割を果たし、内部からの視線を否応なく外へと向かわせる。外部の植栽はすべて内部からの見え方によって、その位置が決められた。特にリビングルームにある5つのフレームは、角度を変え、眼前の地中海の風景をそれぞれ個別に切り取っている。弧を描く長椅子に腰かけると、座る位置によって正面にくる窓が異なるが、どの位置に腰かけても、5つのシーンが同時に現れ、あたかも劇場にある5つのスクリーンを眺めているかのような気分になる。

  • ヨーン・ウッツォン《キャン・リス》(1972年、スペイン)
  • 《キャン・リス》のリビングルームの窓(1972年、スペイン)

次にフィンランドの建築家、アルヴァ・アールトの自邸を見てみよう。仕事場に隣接して家族の居住スペースは設計されている。アールト自身の仕事場のデスクは、コーナーウィンドウに面しており、いつでも高木の生い茂った緑を臨むことができる。緻密な作業を要する設計の仕事も、この環境なら落ち着いてできそうだ。

  • アルヴァ・アールト《自邸》(1936年、フィンランド)

1-3.教会

窓の向こうに見せたいものは、そこにある自然ではなく、人工物の場合もある。フィンランドの《オタニエミ教会》には、十字架と対峙するために設けられた窓がある。ガラスを挟んだ先に、シンプルな十字架が立っている。訪ねたその日は雪がちらついていたので、木々を背景にした十字架はいかにも寒そうであった。祈りを捧げるために訪れた人は、椅子に腰かけて十字架と対峙する。心地よいヒューマンスケールの内部空間と、ほどよい距離に置かれた十字架との間には、ガラス窓が横たわっている。ガラス窓は固定されており、人が立ち入ってはいけない神聖な領域を区別する「結界」になっていた。

  • カイヤ&ヘイッキ・シレン《オタニエミ教会》(1957年、フィンランド)

2.「広がりのある風景」──遠景を望む、解放感のある窓

2-1.住宅

デンマークの建築家ヨーン・ウッツォンは、生活空間を地上から持ち上げ、そこから自然を鑑賞する住宅を設計した。その特徴ある形態から通称「竹馬ハウス」と呼ばれるこの住宅は、庭の脇を通る小川の流れが湖までたどり着く様子を俯瞰できるよう、住居部分を鉄骨で持ち上げている。連続した開口部はすべて固定された「羽目殺し窓」である。カーテンを開け放てば、180度雄大な自然を眺めることができる。そこで暮らす夫婦は、四季折々の風景を楽しんで暮らしている。

  • ヨーン・ウッツォン《ミッデルボーハウス》(1955年、デンマーク)

2-2.美術館

「羽目殺し」のガラス窓の向こう側とこちら側とがうまく連動している例として、船の展示を目的に設計された《ヴァイキング船ミュージアム》を挙げたい。美術館の横長の窓の向こうに、本物の海が広がっている。手前からみると、まさにヴァイキング船がよみがえり、海に浮かんでいるかのようである。たしかに展示されているヴァイキング船は、かつて眼前の海を航海していたのだ。

  • エリック・クリスチャン・ソーレンセン《ヴァイキング船ミュージアム》(1997年、デンマーク)

広がりのあるパノラマビューを体験するなら、《南ユトランド・ミュージアム》の展望台に上るのがよいだろう。もともとは1902年に建てられた給水塔であった。その後1995年に改築され、家具デザイナーのハンス・ウェグナーのミュージアムとして生まれ変わった。そして最上部に展望室が設けられ、360度のパノラマビューを体験することができる。

  • ニルス・トゥルールセン改修《南ユトランド・ミュージアム》(1995、デンマーク)

開口部から臨む風景。それは切り取られたある部分の風景であったり、水平線を臨む広がりのある風景であったり、様々である。「そこにある美しい風景」を内部空間でも享受できるよう、設計者は意図してそこに開口部を設けるのである。共通していえるのは、「目を楽しませることは、生活をより豊かにさせることにつながる」ということである。それにはガラスという20世紀の新しい素材が大いに役立ち、「目の保養」を可能とさせた。

 

 

 

和田菜穂子/Nahoko Wada
新潟県生まれ。博士(学術)。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。神奈川県立近代美術館、コペンハーゲン大学、東北芸術工科大学、東京藝術大学、慶應義塾大学等に勤務。日本および北欧の近代住宅史が専門。著書『近代ニッポンの水まわり』『北欧モダンハウス』『アルネ・ヤコブセン』(以上、学芸出版社)、『北欧建築紀行』(山川出版社)。2016年10月に一般社団法人東京建築アクセスポイント設立。

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