第2回 ふるさとを抱く窓
08 Nov 2017
慶應義塾大学SFC小林博人研究会による連載「窓をつくることから学ぶ」。第2回目は、研究会プロジェクトチームによる、滋賀県長浜市の小さなまち、田根での「古民家の窓」をつくるプロジェクトを紹介。研究会が滋賀県の高校生や地域の住民と行なった、窓を再生する3日間のワークショップを通して見えてきたものとは。
あの空き古民家二階の窓からは、はじめてその場所にきた人も、その地域に長く暮らしている人もしばらく時間を忘れて見とれてしまう景色がある。
田根は、滋賀県長浜市にある人口約2000人の14集落からなるまちである。ちょうど琵琶湖の北東あたりに位置し、伝統的な建築様式の民家が多く残されている。豊かな自然や里山が広がり、日本の原風景が今なお残る小さなまちである。木の生育に適しているこの場所は、春夏は鮮やかな緑色の田んぼの風景を一望でき、秋には山が色づく。伊吹山の影響を受けて、冬には水分を多く含んだ湿雪が降る。そんな田根の一番奥まったところにある谷口町で、築120年にもなる一軒の空き古民家が田んぼのど真ん中にすっと立派に建っている。
私たちが田根にはじめて足を踏み入れ、谷口の古民家に出会ってからおよそ十年になる。ここは空き家増加や少子高齢化が進む典型的な過疎進行地域である。これらの問題に対して、私たちは谷口の古民家を中心とした空き家の改修、福祉施設の設計や建設、地域資源を活用した合板の実用化やそれを用いた家具づくりを行ってきた。そして、地域の住民との交流や対話を続け、三年ほど前から地元の若者である高校生を巻き込んだワークショップをはじめた。田根が抱える空き家や過疎の問題を地域の若者と考えていきたい。馴染みある自分のふるさとの魅力を再認識してもらいたい。そんな思いをこめて、2016年夏、滋賀県立虎姫高校に在籍する高校生と一緒に「古民家の窓」を共同で製作した。
その窓は古民家の二階を上がって北側に面している。建物の老朽化により、障子は破れ、窓枠は腐り、雨戸も機能していなかった。私たちが何カ月かおきに田根を訪れるとき以外、そこは真っ暗な空間でしかなかった。
しかしそこから見える風景は、よそ者の私たち、地域の住民やはじめて古民家に足を踏み入れた高校生を魅了する。田根を象徴するような、豊かな里山と一面に広がる田んぼの緑地帯を縁取った特別な景色である。そんな窓をより地域に開けた窓にできないか、田根の古民家だからこそ必要な窓があるのではないか。
自分の一番好きな窓、またなぜそう感じたのか?
窓の意味は?その先に見えるものとは?
田根の古民家に必要な窓とはなにか?
ワークショップ前日、高校生に問いかけてみた。窓を通じて感じる琵琶湖の空気、太陽のぬくもり、花壇の花。人は、それぞれに窓を通じた「つながり」を感じる。あの窓に映る田根の風景を縁取ることで、地域の人々とふるさとのつながりを構築したいと思い、ワークショップを迎えた。
地元の谷口杉を加工し、窓の下側を縁取る机を作成。窓の風景をより直に感じてもらううえで、地元産の木材のぬくもりは欠かせない。
使用されなくなっていた建具を古くから伝わる弁柄(ベンガラ)で塗装し、雨風をしのぐ蔀戸(しとみど)を作成。家の改修はなるべく家のもので行う、ここでも古民家の特殊な空気をつくり出す工夫を考えた。
3日間のワークショップを終え、窓が完成した。杉の机、蔀戸、そして両側の障子が田根の美しい風景を縁取る。古民家の部屋が薄暗いこともあり、外部の緑がより際立って見えた。そこには古民家が生み出す独特の雰囲気を感じさせると同時に、外に広がる自然とのつながりの役を果たし、見る者に「ふるさと」の豊かさを思い浮かばせる窓があった。
窓の再生を通じ、地元の人々や若者、私たちのようなよそ者の間にも新たなつながりが生まれたと感じる。普段目にする田根の風景も、古民家の窓という媒体を通して見ることによって、その日集まった私たち全員のなかに不思議と特別な感情を抱かせた。