ルイス・カーン 建築と影の力
06 Jan 2025
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影は建築に形を与える力を持つだろうか。近年、透明度の高い建築やLEDライトを活用したインスタレーションが増える中で、光に注目が集まる一方、影の存在感は薄れつつあるようにも感じられる。本稿では、先の問いに答える手がかりとして、光の巨匠でありながら、影を巧みに活かした建築表現が特徴的なエストニア出身の建築家、ルイス・カーンの作品を振り返る。
レオナルド・ダ・ヴィンチによると、私たちがよく目にする影には、「陰(attached shadow)」「陰影(shading)」「投影(cast shadow)」の三つがあるという。「陰」は、庇がファサードに落とす影のように、物体そのものに生じる暗部を指す。「陰影」は、物体の形状と光源の位置関係によって変化するもので、曇り空の下で、球体のパビリオンの下部に現れる暗部がその一例としてあげられる。「投影」については、背の高い建物の輪郭が通りに落とす影を想像してもらいたい。
こうした影の特性は、ルイス・カーンの作品においても重要な役割を果たした。1950年代にギリシャ建築について学び、そこから大きな影響を受けたカーンは、次のように語っている。
「ギリシャ建築から学んだのは、柱とは光のない場所であり、柱と柱の間は光のある場所だということだ。柱が並ぶことで、その間に光が生まれ、光なし-光、光なし-光となる。壁から生え出したような柱を作り、光なし-光、光なし-光というリズムを生み出す──それこそが芸術家の驚異である」
光はカーンの哲学における重要な要素であった。彼は光を「すべての存在の源」と呼び、次のように述べた。
「山や川、空気、そして私たち人間を含む自然界のすべての物質は、使い古された光から成り立っている。このしわくちゃの塊である物質は影を落とすが、その影ですら光に属している」
彼にとって、光は物質を生み出すものであり、物質は影を生むものであった。そして暗い影さえも光の一部と捉えていた彼は、形式的な効果のために純粋に暗い空間を作ることを避けた。
「建物の平面図は、光の中における空間の調和として読まれるべきだ。暗い空間を意図して設計する場合でも、その暗さを示すためのわずかな光が、何らかの神秘的な開口部から差し込む必要がある。それぞれの空間が、その構造と自然光の特性によって定義されなければならない」
このように、カーンはわずかな光こそが暗闇の深さを示してくれると考えた。そのため彼は多くの作品において、自然光の光源をルーバーや二重壁の背後に隠し、光そのものではなく、光の効果に注意を向ける工夫を施した。
影の「神秘性」は、静寂や畏怖とも深く結びついている。カーンにとって、暗闇は視覚を奪い、潜在的な危険を想起させる一方で、深い神秘を感じさせるものでもあった。建築における光と影は、静寂や神秘的な雰囲気、劇的な効果を生み出す手段であり、それを「影の宝庫」や「芸術の聖域」として表現できるかどうかは、建築家の力量に委ねられている。
例えばソーク研究所の柱廊に連なる開口部の中を歩いていると、修道院の暗く静かな雰囲気が思い起こされる。正確に計算された型枠から生まれる暗い影の線や隙間が、重厚な壁に繊細な質感を与える。白い石と灰色のコンクリート壁が、影の戯れを映し出すモノトーンの三次元キャンバスとなり、影はカーンの一枚岩のような構造物の配置や形状を際立たせるためには欠かせない要素となっている。
カーンは、インドやパキスタンのような日差しの強い地域でも多くの作品を手がけたが、そこで彼が重要視したのは、単に日光から利用者を保護することでなく、影の神聖さを保つことであった。ドイツ建築博物館の元館長であり、「The Secret of the Shadow(影の秘密)」展を企画したインゲボルグ・フラッゲ氏によれば、カーンはブリーズソレイユのような人工的な日除けに頼らず、二重壁の窓や扉を用いて光を室内に導く手段を採用した。
カーン自身もインド経営大学院の大きな開口部や扉について、「外側は太陽のものであり、内側では人々が生活し働いている。太陽を遮るためではなく、涼しい影を守るために、私は深いイントラドス(アーチの内輪)というアイデアを考案した」と述べている。
カーンの影を活かしたデザインは、安藤忠雄の《光の教会》、ピーター・ズントーの《テルメ・ヴァルス》、アクセル・シュルテスの《レンベルク火葬場》など、多くの作品において受け継がれている。これらの作品では、影が静寂な空間を形作る重要な要素として取り入れられている。こうした影の視点が、ダイナミックさや明るさを重視する現代建築の潮流に対する、穏やかな対比を生み出している。
参考文献
1. Buttiker, Urs. Louis I. Kahn: Light and Space. New York: Watson-Guptill Publications, 1994.
2. Wurman, Richard Saul, ed. What will be has always been. The words of Louis Kahn; Progressive Architecture 1969, Special Edition, Wanting to Be: The Philadelphia School. London: MIT Press, Cambridge, Mass., 1973.
3. Lobell, John. Between Silence and Light. Spirit in the Architecture of Louis I. Kahn. Boulder, Colorado: Shambhala Publications, 1979.
4. Merrill, Michael: Inventio and Tectonics in the Work of Louis Kahn, Perspecta: The Yale Architectural Journal Vol. 21, 1984.
本コラムは2013年4月23日にArchDailyに掲載された記事を再編集し、翻訳したものです。オリジナルの記事は“Louis Kahn and the Power of Shadow”でお読みいただけます。
本稿における引用はすべて編集者による翻訳です。原文は、引用元の文献をご参照ください。
トマス・シェルケ/Thomas Schielke
ダルムシュタット工科大学で建築学を学んだ後、同大学で工学の博士号(Dr-Ing)を取得。現在は、ライティングメーカーERCOのライティングデザイントレーナーを務め、建築用照明に関する幅広いオンラインガイドを設計し、ライティングの指導に従事。おもな出版物に、「Light Perspectives – between culture and technology」(2009年)や「SuperLux – Smart Light Art, Design & Architecture for Cities」(2015年)など。おもな講演先に、ハーバード大学デザイン大学院、マサチューセッツ工科大学、コロンビア大学GSAPP、スイス連邦工科大学チューリッヒなど。オンラインメディア『ArchDaily』で連載中のコラム「Light Matters」では、様々な側面から建築用照明について発信している。