November 13, 2018

塚本由晴 窓とふるまい/後編

アトリエ・ワン/東京工業大学大学院教授

建築家・塚本由晴氏による、自然やひとの「ふるまい」から世界各地の窓を考察する「窓のふるまい学」。2007年から始まった10年以上に渡る窓をめぐる研究は、どのように実際の設計に活かされているのだろう。アトリエ・ワンの手がけた、ヨーロッパと中東での最新のプロジェクト《ミュンヘンの学生寮》、《ムハラクのリサーチライブラリー》から探る。

 

「窓」を基点に建築と街のつながりを考えた
《ミュンヘンの学生寮》

────「窓のふるまい学」に至るまでをお話頂いたインタビュー前編に次ぎ、後編ではアトリエ・ワンの実作について伺いたいと思います。ドイツにある《ミュンヘンの学生寮》(2017)も「窓」が印象的な建物ですね。

ミュンヘンの街路沿いの建物では、道路側にボコンとベイ・ウインドー(出窓)の張り出しが繰り返されています。べイ・ウインドーのある場所は、アパートメントの中でも一番良い部屋なんですね。サロンのような場所で、外が見下ろせたり、椅子や机が造り付けられていたりする。部屋の中にもうひとつ小さな部屋がある、そういうように窓が考えられています。それを学生寮に応用して、新世代のベイ・ウインドーを提案しました。

  • 《ミュンヘンの学生寮》(2017年) アトリエ・ワン+ハンネス・ロースラー ⒸAtelier Bow-Wow

学生寮では外壁に沿って個室が反復され、ほとんどの個室には窓がひとつ。窓次第で暮らしは変わりますし、建物の全体像も決まります。ベイ・ウインドーにすると、少しだけ部屋が広くなり、ベッドか机が置けます。同時に、ミュンヘンの町や街路型建築の再解釈ができる。昔のやり方と現代の橋渡しです。

ヨーロッパには「シティ・アーキテクト」という制度があって、シティ・アーキテクトが納得しないと、建築を建てる際に必須の建築確認申請もおりない。町の建築デザインの方向性をコントロールできる立場にある人です。そのシティ・アーキテクトが、私たちのこの提案をとても気に入ってくれました。基本的にこの学生寮に入るのは、ミュンヘンの外から来る若い人たちです。そういう人たちがミュンヘンの街並を意識して設計された建物に住むのは素晴らしいことだと。

しかしこのプロジェクトは途中別のデベロッパーに売られてしまいます。このデベロッパーはさらに利益を追求するために、ベイ・ウィンドーを減らし、1階の公共的に使える場所を個室にするなど、設計内容を変えてしまった。

そこで改めて建築確認申請を出したところ、シティ・アーキテクトが「われわれの案が良かったから元に戻せ」と言ったんです。それで、当初のコンセプトは維持されたまま建物が完成しました。それも「窓」からデザインをして、町と建物のつながりをはっきりと表明できていたからでしょう。そうじゃなければ、そのシティ・アーキテクトもわれわれの案を擁護しなかったはずです。

────ヨーロッパと日本では、街並の捉え方が違いますね。

ヨーロッパの街並みには「博物館化」している部分もあって、それはそれでひとつの悩みではあると思います。古い街並が観光地になると、外から資本が入ってきて家賃が上がり、元々賃貸で住んでいた人たちは住めなくなってしまう。建物の持ち主たちは郊外に住んでいて、元の家は外国人に別荘として貸している。

東京では街並みに観光価値を見いだしにくい分、人々は観光的圧力から守られているといえるかもしれません。でも観光的圧力をうまく使って、町としての価値を高めることもできるはず。今、日本でも観光をどのように町づくりに活かすかがテーマになりつつありますが、観光は場を荒らすもので、商業化されてよくないと考える建築家も多い。けれども、観光のエネルギーを使って暮らしの基本的条件である町を更新したり、補強したりできるのではないか。ミュンヘンの学生寮にはそういう観点もありますね。


窓の反復が街並をつくる

「窓のふるまい学」では一つひとつの窓に集められた「ふるまい」を観察しましたが、それを窓の反復がつくる街並に展開したのが次の研究となる「窓と街並の系譜学」です。窓の反復が街並をつくると考えると、街並保存は窓の反復の保存ともいえます。こうした研究で得られた知見は、《ミュンヘンの学生寮》の設計ではすごく効きました。

  • ベルギー・アントワープのマルクト広場の街並。
    壁より窓の割合が大きく、建物の胴部に縦長の窓が反復している(研究「窓と街並の系譜学」より)  
  • 岐阜県飛騨市、古川街の街並。住居に蔵が挿入される特殊な形式の町屋が建ち並ぶ。
    住居のアルミサッシと蔵の換気窓の、窓の大小による反復が交互にあらわれている(研究「窓と街並の系譜学」より)

反復にはリズムがあります。例えば、光のふるまいはすぐさま変わりますが、熱のふるまいはより時間がかかる。人間の場合は朝起きて、昼に仕事や勉強をして、夜になったら寝るという1日のリズムもあれば、1週間、1年周期で繰り返される「ふるまい」もあります。それに対して、建築は50年とか100年のリズムでふるまう。日本の住宅は、統計的には30年で建て替えられているといわれていますが、そこにもリズムがある。そういう異なる「ふるまい」のリズムを重ね合わせることで理解できることはたくさんあります。

 

イスラム伝統の窓を再解釈した図書館
《ムハラクのリサーチライブラリー》

────バーレーンにも、最近完成したアトリエ・ワンのプロジェクトがあるとお伺いしました。

この建物《ムハラクのリサーチライブラリー》は、最初はアートと建築のリサーチライブラリーとして設計が始まったのですが、最終的には「CERN」という機関の研究を紹介する場所になりました。とはいっても、研究者だけじゃなくて、地域の人が誰でも自由に使える図書館です。

建物はかつて真珠の養殖で栄えたムハラクという漁村地域にあるのですが、ここは古い街並が残っていて、世界遺産に登録されています。その一角につくられるので、建物のボリュームは周りに合わせる必要がありました。ですからこれもヴァナキュラーな建築の形式を、基本的にはわれわれが現代のプログラムに合わせて再解釈してつくっていったものです。

  • 《ムハラクのリサーチライブラリー》ⒸAtelier Bow-Wow
  • 《ムハラクのリサーチライブラリー》ⒸAtelier Bow-Wow

このあたりの地域の窓の位置って面白いんです。イスラムの都市では、窓は基本的には道を歩く人の目線より高い位置にあって、道から家の中が見えないようにできています。たとえば木製の格子状の出窓、ニッチみたいなものがぼんと飛び出している「マシュラビーヤ」と呼ばれるものがあります。これはイスラムの女性が宗教的な理由で顔を隠しているように、外から女性の姿が見えないようにするといった意味もあります。イスラム都市では色んな場所で見られるもので、インドではこれが石でできていることもあります。

  • トルコ・サフランボルにある住宅の窓では、宗教上の理由で姿を外部に見せられない女性が格子状の窓から外をながめることができる(研究「窓のふるまい学」より)

われわれは今回そのマシュラビーヤをちょっと大きめに設えて、本を持ってきて読める場所にしました。すごくゆったりとした階段にしたので、踊り場が何カ所もできる。そうすると、マシュラビーヤが高さを変えて反復するようになり、外観に動きが出てきます。外からは、踊り場で本を読んでいる人のシルエットが見えたりする。これは再解釈された新世代のマシュラビーヤです。

古いけど、新しい。なじんでいるけど、新しさもある。現地の人々にも喜ばれ、素直に受け入れてもらえました。対して、日中は東側の道路沿いが日陰になるので、子どもたちがそこでサッカーなどをして遊ぶ。だから窓はつくらず、ボールを壁にバンバンぶつけても大丈夫な仕様にしています。

  • ライブラリーの踊り場に設えられた再解釈されたマシュラビーヤ
    《ムハラクのリサーチライブラリー》ⒸAtelier Bow-Wow
  • マシュラビーヤが高さを変えて反復する
    《ムハラクのリサーチライブラリー》ⒸAtelier Bow-Wow

────「ふるまい」という観点から設計を進める場合、膨大なリサーチが必要になると思います。どういった作業から始めるのでしょうか。

行ってみるのが一番です。行ってみて面白いと思うものをさらに掘り進める。「ここではこういうことが大事なんだな」という風に、町に教わりながらつくっていくのが基本。なので、最初にたくさんリサーチをしているわけではないんです。全部を知ってから何かをやることはできないので。そこが設計の面白いところだと思います。

当時は気付かなかったことももちろんあって、次のプロジェクトではその気付きを最初から考えていく。説明すると、どうしても最初から全部分かっていたかのような言いっぷりになってしまうんだけど。

────こうしたプロジェクトでの窓の制作は、それぞれの土地で現地の方と協力しておこなうのでしょうか。

今回は、ウッドワークショップを幾つか紹介してもらって、地元の建築家と彼らのネットワークをそのまま利用させてもらいました。そこで1、2回格子のつくり方などの議論はしましたね。でも、マシュラビーヤもそうですが、その土地に既にあるものをテンプレートにして設計しているので、全く知らないことをやってくれって頼んでいるわけじゃない。だから、どこに行っても大体なんとなくうまくいく。そこが良いところです。

北欧の建築家たちのつくる窓

────現在、研究室では北欧で「窓のふるまい学」に連なる研究をされています。

スカンディナビアに、20世紀の初頭に活躍した私の好きな建築家が3~4人いるんです。スウェーデンだとグンナール・アスプルンドとか、フィンランドだとアルヴァ・アールト、デンマークだとアルネ・ヤコブセン。同じくデンマークのヨーン・ウッツォンはもう少し後の時代の人ですけど。来年まではその人たちの窓を若い頃から晩年まで見て回る研究をしています。

  • アルヴァ・アールト設計の《パイミオのサナトリウム》(1928-33)の読書室の窓。
    チェーンを引き、歯車を回転させることで2枚同時に開けることができる
    (研究 「民族誌的連関と産業社会的連関にまたがる窓」より)

この研究「民族誌的連関と産業社会的連関にまたがる窓」では、産業化される以前の窓のことを「民族誌的な窓」と呼んでいます。民族誌的な窓と産業化された窓が、一番深く交わっていた時期が、20世紀初頭のあたり。現在、情報産業が機械産業に代わって市場を拡大していますが、それと同じようなことが過去に色んなことで起きていったわけですよね。

そういう意味では、19世紀後半から20世紀初頭について考えることは、今の時代を考える上ですごく大事です。その当時の建築家たちが、そういった新しい技術とどのように向き合ってそれを取り入れ、自分たちが育ってきた時代の感覚に合わせていったのかを見ていこうと思っています。

これらの北欧の建築家たちは、フランスのル・コルビュジエや、アメリカのミース・ファン・デル・ローエとはまた違ったタイプのモダニズムの建築家たちなんです。彼らは民族誌的なものに後ろ髪を引かれているというか、逆にいうとまだ抜け出せていないという言い方もあるかもしれないけれども、その連続性をむしろ大事にしている。そういうところが好きなんです。彼らがつくってきた窓とは何だったのか、それを「窓学」を通して改めて考えてみたいと思っています。

 

塚本由晴/Yoshiharu Tsukamoto
1965年、神奈川県生まれ。1987年、東京工業大学工学部建築学科卒業。1987-1988年、パリ建築大学ベルビル校(U.P.8)。1992年、貝島桃代とアトリエ・ワン設立。1994年、東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。2000年、同大学大学院准教授、2015年~教授。2003年・2007年・2016年、ハーバード大学大学院客員教員。2007年・2008年、UCLA客員准教授。2011-2012年、デンマーク王立アカデミー客員教授。2011年、バルセロナ工科大学客員教授。2012年、コーネル大学ビジティング・クリティック。2015年、デルフト工科大学客員教授。