窓の建築
07 May 2020
建築家ヴィットリオ・マニャーゴ・ランプニャーニ(1951-)は設計活動のみならず、建築理論や建築史の分野においても、これまで多くの著述を通じて独自の思惟を深めてきた。90年代以降にはドイツ建築博物館館長、建築誌『Domus』編集長、スイス連邦工科大学チューリッヒ校都市デザイン史教授を歴任。キュレーション、メディア、教育の分野でもその手腕を発揮した。
本稿はノヴァルティス・キャンパス(バーゼル)のプロジェクトをはじめとする自作のオフィスや集合住宅を中心に、建築設計における窓の真髄を語ったランプニャーニ流「窓論」となっている。
*本記事は2017年の窓学国際会議での講演内容をもとに再構成したものです。
ヴィットリオ・マニャーゴ・ランプニャーニ: 私たちが設計した3つのプロジェクト(バーゼルのプロジェクト1つとチューリッヒのプロジェクト2つ)をお見せしたいと思います。これらのプロジェクトでは、窓が私たちにとって重要な役割を果たしています。
ファブリックシュトラーセ12のオフィス・ビルディング、バーゼル
これらの建物の1つは、俯瞰写真の左側に見えるバーゼルの製薬会社のキャンパス(ノヴァルティス・キャンパス)にあります。私たちは、槇文彦教授を含む多くの著名な建築家たちが設計に関わった同キャンパスのマスタープランを計画しました [pict_01]。また、キャンパス内のオフィスビルの設計も依頼されました。このオフィスビルです [pict_02]。ファサードの構成において、窓は重要なポイントでした。
これらのたくさんのデザインスタディを通じて、このファサードの考えうる構造を検討しました[pict_03]。もちろんこのファサードと窓は同じです。だからこれらのスタディは、リズミカルなファサードの形の可能性、そしてファサード、窓、1階のアーケード、建築全体のボリュームの調和、すなわち私たちが設計したかなり厳密なマスタープランに挿入される調和のあり方についての幾何学的な検討とも言えます。
私たちはスタディのみならず、モックアップ、すなわち実寸大の模型も制作しました[pict_04]。一見すると、それはただの小さな建物にしか見えません。これらの2つの窓は同じだと思うかもしれませんが、実は違うのです。私たちはこのモックアップを使って小さなディテールを検討しました。私は個人的に建築の材料という観点をより深く追求するによって明らかになる建築の小さなディテール、そしてそれらを洗練させることに興味があります。
注意深く見てみると、トリプルガラスのアルミサッシの色など、これらの窓に小さな差異があることがわかるでしょう。また、ガラス自体にも小さな差異があります。ひとつはソーラーガラス、もうひとつは完全に透明です。そしてもちろん日除けも異なっています。
私たちはこの重要な建築要素である窓をより洗練させるためのツールとして、このモックアップを用いました。ここではこの要素は特に重要ですが、それは窓の構成という観点についてだけに限りません。私たちはここで働く人たちが窓を開閉できる空調装置のない建物をつくりたいと考えました。そこで引き違い窓の操作性について検証した結果、それらをとても軽量にする必要があることがわかりました。
その結果、カラーラ産の白大理石を用い、窓をかなり深く埋め込んだリズミカルなファサードができあがりました [pict_05]。前述したように、それらはすべて開けることができます。これらの窓は外部、内部の両方にとって重要なものです。内部空間はある意味で都市のようで、大階段は通りに見立てることができます。1層目の開口部は、オフィスの中をのぞき込むことができるアーケードのようになっています。
それでは、室内から窓を見てみてください。私たちは内部空間と外部空間の関係に特に興味がありました。そして、窓をフィルターとして機能させたいと考えました[pict_06]。
そのために私たちはとても軽やかなカーテンを設置して内外の相互のつながりをつくり出し、同時にワークスペースの日射を遮っています。ここのコーナーでは、その様子をよく見ることができます。これらの窓は様々な使い方ができます。開けたり、外を眺めたりすることもできるし、もちろん手すりで安全が確保されています。オフィスビルとして明確に機能する建物をつくるというのが私たちの意図でした。しかし、これらの窓のおかげで新しい予想外の効果がもたらされ、あたかも家のような様相を帯びています。自宅にいるときと同じように、窓を開けたり閉めたりできるのです。
コンタホーフの集合住宅、ヴァリゼレン
次にお見せしたい2つめのプロジェクトは、同じような状況にありました。私たちはチューリッヒ近郊の空地に新しい近隣地区をつくりました。半分は住宅、もう半分は複合用途で、オフィス、店舗、住宅を組み合わせた開発でした。私たちはマスタープランの設計、パブリックスペースの調整、様々な建築家たちのコーディネートなどを含めた全ての計画を行いました。
そしてこれらの建物のひとつ、この大規模な住居棟を建設しました。前のプロジェクトでは私たちは最も小さな建物をつくりましたが、このプロジェクトでは私たちがコンペに勝ったので、最も大きな建物をつくることに決めました。これがその建物で、私は明らかに都市的な状況をつくることに興味がありました。1階は店舗のあるアーケード、他の階は集合住宅で構成されるこの住居棟に対して、私たちはかなり大きな敷地を与えられました。
近隣地区を横切るメインストリート沿いの長い都市的ファサードを設けました。ここでも窓は私たちにとって重要な要素になりました。住戸内に光を最大限取り入れられるように、そして窓から身を乗り出して通りを見渡して素晴しい気分を味わえるように、フランス窓を設けることにしました [pict_07]。
私たちは都市的建築をつくりたかったので、極めて均質なファサードを設けることにしました。実際、それは意図的に反復される構成で130mの長さがあり、警備、遮光などの実用的な理由により、シャッターは特に重要な要素になります。しかしそれらは生活感をもたらし、これらの厳密な幾何学的秩序に変化を与えるという理由からも重要なのです。
私たちはディベロッパーからこのファサード全体を通じて多様性を創出する可能な方法を検討してほしいとの依頼を受け、色彩や手すりなどの細かいバリエーションを検討してみました。しかし結局はそのようなことはしないことに決めました。このファサードは完全に均質なままにしておくことにしました。なぜなら、差異はそれぞれ異なる窓の使い方をする人々のライフスタイルによって生み出されるからです。一部のシャッターは開いていて、他のシャッターは完全に、あるいは半分閉じられています。この状況だけでも、クライアントに求められた生活の多様性を十分に創出することができます。
ここで少しだけディテールを見てみましょう[pict_08]。ディテールはとてもシンプルです。私たちが設計・開発したアルミのシャッターを備えたトリプルガラスの窓で、手動で快適に開閉できます。それは非常にシンプルで極めて効率よく、良い雰囲気をつくりだします。
緑の中庭に面したファサードは全く異なっています[pict_09]。それはもっとゆったりと開かれています。こちら側の窓も通り側とは異なっており、より大きな窓とテラスが設けられています。これはある住戸から見た中庭の眺望です。
シフバウプラッツのオフィス・ビルディング、チューリッヒ
最後にお見せするプロジェクトは私たちの最新作で、チューリッヒで設計したオフィスビルです [pict_10]。ここでも窓は重要な影響を与える役割を果たしています。ここでも私たちは他のプロジェクトでお見せしたのと同じ様に、(ファサードの)リズムに興味を持っています。様々な種類の開口部(ガラス窓、石をつかったフィルターのような開口部、シカゴのモダニズム建築の窓が非常に特別なやり方で拡大されたものなど)を実験的に用いて、それらが室内空間の一部となるように工夫しています。ご覧のように、ここには普通に開閉できる側窓があります。真ん中のパネルはとても大きなサイズで、固定されています [pict_11]。
私がこの短いプレゼンテーションでお伝えしたかったことは、「生活必需品としての窓」という考え方です。窓はとても実用的な要素です。それらはきちんと機能し、効率的で耐久性のあるものでなくてはならないのです。しかし同時に、それらには詩的な感覚があります。皆さんにお見せしたこれらのプロジェクトを通じて、私たちは人の生活をより豊かに美しくするささやかな詩としての建築を実現することを試みました。
ヴィットリオ・マニャーゴ・ランプニャーニ
スイス連邦工科大学チューリッヒ校 名誉教授、建築家。ローマとシュトゥットガルトで建築を学ぶ。1980年からベルリン、ミラノ、チューリッヒのスタジオで建築実践に携わる。1990-94年フランクフルトのドイツ建築博物館の館長、1990-95年『Domus』のエディター、1994年-2017年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHチューリッヒ)の都市設計史の教授を歴任。多数の出版物の編集および重要な展覧会のキュレーションを担当。代表的な建築作品はナポリの地下鉄のメルジェリーナ駅、バーゼルのノバルティス・キャンパス等。