WINDOW RESEARCH INSTITUTE

記事

あるデザイナーの肖像
記憶を切り取る象徴 あるいは表象の出入口

黒河内真衣子(mame)

05 Oct 2015

Keywords
Columns
Design
Photography

エアコンから吐き出される空調の音が大きくなり小さくなり、掛け時計の秒針は大げさに鳴り響くように一秒一秒を真っ当に刻む。窓からは茶色がかった山々の稜線と、出所も知れないどこからか漂う煙突の煙が流れているのが見える。視線を部屋に戻し、もう一度窓の外に目を向けたとき、その煙は跡形もなかった。

彼女は、いつだって唐突だ。ある日突然に彼女のソーシャルメディアから、この世の美しさを正しく凝縮したような景色がポストされる。そして私はまた、彼女が創作の旅に出たことを知る。

“窓”。この旅で写されたそのどれもがペーソスにあふれて見えるのは、冬だったからかもしれないし、風邪をひいていたからかもしれないし、もう私が彼女の側にはいないからかもしれない。

これは、彼女と巡った雪の残る東北での記録であり、その前後を彩った旅先での思い出と、共に過ごした10年と少しの軌跡だ。

唐突に沈黙を破り聞こえてきたのは、少女のような甘やかさを含んだ彼女の声だ。糸番を読み上げるその一声で、曖昧だった輪郭が徐々に形を表し始める。二階の応接室。刺繍糸を自然光のなかで選定するのは時間との戦いだ。既に日は沈みかけ、暗がりの面積を増やす部屋のなかにあって、窓だけがその在処を知らせるように、くっきりと姿を浮かび上がらせていた。

彼女は、訪れる先々の工場で、平均よりも小さいその身体からは想像もできないほどに大きな声で挨拶をする。私が見たことのない表情と聞き慣れない声が、そこにあった。そしてそれは、私をとても動揺させた。ただ、仕立てられた洋服に袖を通すだけの私にとって、それが完成するまでの彼女の努力の片鱗を垣間みた瞬間でもあったからだ。

気が滅入るほどに繊細で惚れ惚れとする洋服も、生まれる瞬間は魔法などではなく人の手から生み出されている。図案を広げ、色見本を並べ、彼女は頭のなかにあるイメージを素早く、けれど丁寧に手繰り寄せる。一見すると大雑把にも思えるほどにアナログな行為は、けれどその全てが予め決められていたように、それぞれにしっくりと嵌っていくのだった。

彼らもまた、彼女の要望にアナログに答えていく。図案を見せながらペンを走らせメモをとり、仕様書にまとめる。そうして一点一点、パーツごとに最適な表現が施されることで、いくらか後に用意される特別な舞台で、ようやく日の目を見ることになるのだ。

その舞台に二本の足でしっかと立つ彼女は、数えきれないほどの人々に肩を借り支えられ、はじめて立ち続けることができる。それは同時に、彼女の背負っている責任の大きさだ。

「長野の山のなかを駆け回って育ったから。」

それは気立てが良くて礼儀正しく、義理堅い彼女の口癖のように思われた。ともすると、彼女が受けてきた賞賛への謙遜のようにも聞こえ、また自分自身を戒めるための詛呪のようにも聞こえる。そしてそれは、歴史に名を刻んできた先人たちもそうであったように、誰もが皆、生まれ育った故郷での幼き頃の記憶があり、彼女もまた、人の子であることを知らしめる。

東北の冬は白い。私たちは、その巨大な無垢の前では縮こまることしかできなかった。車窓を流れる限りのない白い世界を目の前に、ただ黙ることしかできなかった。そうして、その白のなかに一点の澱みを見出だして、はじめて会話の糸口を掴む。

不思議なもので、並んで同じ景色を目の前にしていても、私の目に映るものと彼女のそれは、まるで違う。見ようとしている風景が違うのだ。それは、彼女のフィルターを通すことで如実に表れる。

彼女が切り取る物事は、表層的な美しさではなく、もっと対象物の移ろいのような、呼吸や鼓動で上下する微細な振動だ。そこに生命の育みがあることを、あるいはそこにあったであろう営みを、僅かながらでも感じられる最小単位を見逃さない。彼女にとって、時の経過とともに変わり続ける景色の全て、存在の全てが背景であると同時に主役でもある。

とても敏感に、空気の振動とか、人が意図せず滲ませる波動のようなものすらも瞬時に察知しているのだ。だから、彼女が表すものは、どこか悲しみを孕んでいる。

それは、あるいは不幸なのかもしれない。鈍感であることができなければ、この世界はあまりに理不尽が多く、雄大な山々に囲まれて育った彼女は、あまりに素直すぎる。

そう。これは、輝きを加速させながら、瘡蓋が剥がれ落ちるのを待たずに生傷を増やし続ける彼女を遺し、異なる運命を背負い別離を覚悟した、最愛の友人からのエールであり告白である。

 

 

  • 写真: 新津保建秀

黒河内真衣子/Maiko Kurogouchi
1985年、長野県生まれ。2010年、25歳で自身のブランド「mame (マメ) 」を立ち上げ、黒河内デザイン事務所を設立。ウェアと同時にポリ塩化ビニル製のバッグを発表して話題に。2014年、第32回毎日ファッション大賞にて新人賞・資生堂奨励賞を受賞。
www.mamemamemame.com

RELATED ARTICLES

NEW ARTICLES