September 6, 2016

テクノロジーが変える窓の未来

ナデール・テラーニ (デザイナー) × 能作文徳 (建築家)

世界各地で数多くの建築設計のプロジェクトを手掛ける一方、2010~2014年にはマサチューセッツ工科大学 (MIT) 建築学部 学部長を務め、現在はクーパー・ユニオンのアーウィン・S・チャニン建築学部で教鞭を執るデザイナー、ナデール・テラーニ氏。2016年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の出展作家としても注目される建築家 能作文徳氏が、テラーニ氏に窓とテクノロジーの未来を問う。

能作文徳 (以下:能作)  新しいテクノロジーと新しい材料によって、窓はどのように変わるとお考えですか? 建築的な知性は、人類の歴史を通じて培われてきましたが、窓は現代の技術とどのように繋がることができるでしょうか?

ナデール・テラーニ (以下テラーニ)  色々な回答の仕方があると思いますが、まず、テクノロジー的な観点から言うと、冷温熱の熱伝達は既に様々な進化を遂げており、それらは外部と内部を分離することに寄与するものですが、とても大きなインパクトがあります。そして、エネルギーがより大きい文化的大義の重要な要素であり、その影響を受けやすい現在においては、エネルギー使用の削減は、より一層根本的な影響を与えます。

建物内での熱損失の大半は、壁断面ではなく開口部で起こります。なぜなら、壁断面には断熱材、あるいはどっしりとしたマッスのいずれかが設けられており、それらはいずれも潜在的な熱損失を軽減するからです。だから、テクノロジーの一端として、窓が果たす役割の重要性を軽んじることはできません。

同時に、窓を単なるガラス板ではなく、概念的な空間と見なすこともできます。従って、その空間をどのように定義するかによって、また別の文化的な可能性がもたらされるかもしれません。

例えば、イギリスのベイ・ウィンドウは単なる窓ではありません。それは暖炉を囲む小空間のように社交の場であり、内と外の間の出入り口です。それは、内部にいながらも街とかかわりをもつという社会的な礼儀作法にかかわることでもあるのです。本質的には違うものですが、イスラム文化において、それに相当するマシュラビーヤ (mashrabiya) というものがあります。模様で構成されたこの格子状の窓は、室内を日射から守りつつも、プライベートとパブリック、男性と女性の空間、あるいはそういった独自のプロトコルを分離する、文化的慣習の延長としての守られた空間をつくりだしました。

他の文化において言い換えるなら、開口部という観念には慣習、儀式あるいはその他の社会的な要因との関係において機能する部分があります。そしてそれはしばしばパブリックとプライベートの間を媒介する役割を果たします。ですから、開口部を考えるとき、文化について触れることは重要なことだと思います。

テクノロジーの関わる範囲は、材料科学の伝統的な分野からナノスケールまで拡大しています。実際には、現代の壁の断面を構成する複合材料であるシート状のプロダクトを使用せずに、どのようにウィンドウ・ウォールの機能を湿度から光の侵入、通気経路、断熱などに関連づけながら転換させるか、というところまで及んでいます。まさにそれが現在進行中の研究の一端であることは明らかです。

能作 そうですね。新しいテクノロジーに関連して、ナノスケールに言及されましたが、私は窓のかたちそのものも変えることができると考えています。どのようにして、窓が今とは違ったかたちで形成されうると思いますか?

テラーニ ナノスケールでの操作をおこない、新素材を導入することにより、新製品をつくる上で、例えば細胞のレベルで冷温熱に反応するような、限りなく小さな関係性を発展させることもできるでしょう。こういった材料の挙動の性質に関心のある人々のなかでも、スカイラー・ティビッツと彼のセルフ・アセンブリー・ラボ (Self-Assembly Lab) の研究の一環を見てみると、この領域ではやるべきことが多くあることがわかります。

我々はいずれ、ある材料の特性、そしてそれらがどのように風、湿気や温熱に反応するかを測定できるようになります。そして、さらに高度な照準機能をもつマイクロレンズを通じて観察すれば、多くのものが最適化されうることを想定できるようになるでしょう。

現在の飛行機の窓で採用されている技術について考えてみましょう。それらはシェードをなくすことによって、「見えない」という物理的な状態をなくしてしまいました。この窓ガラスは、エレクトロニクスの誘導によって、自動的に暗くなったり明るくなったりします―リアクティブ、あるいはインタラクティブな、デジタル・カーテンのようなものですね。

能作 こうした研究のプロセスによって、窓は歴史的・文化的な形態を継承するのでしょうか、あるいはテクノロジーによって窓のあり方はどんどん変わっていくのでしょうか?

テラーニ もちろん、両方ともありえるでしょう。私からあなたにお聞きしたいのは、どうして我々は歴史と現代の世界をそのように二項対立的に見てしまうのか、ということです。人は未来を想定して文化を取り入れる能力を尽くして、私たちが着る洋服、住む環境、そして身につける習慣などを通じて新しい表現を探求するべきなのです。

  • Hinman Research Building  ©Johnathan Hillyer
  • Hinman Research Building  ©Johnathan Hillyer

塚本由晴氏が発表したばかりの、東京工業大学のキャンパス内にある『地球生命研究所』 (ELSI) について考えてみましょう。室内のスクリーンを使うことによりカーテンをなくすというここでのアイディア、あるいはその他の様々な考えは、その本質と同様のものだと思います。

それが、スクリーンを用いて建物を即座に環境的に保護するヴェールを構成する、という日本の伝統の一部であることは明らかです。しかし、それらは懐古主義的な手法でおこなわれたのではなく、社会的な機能も有しており、この場所に今日的な空間を構築しているのです。また、それは木ではなくアルミで製作されており、建築の全般的な特徴や言語とよく一致しています。

能作 そのスクリーンとは、我々が「障子」と呼ぶ日本の伝統的な紙製のものです。現在、その枠はアルミに置き換えられ、障子紙もワーロン製のものに置き換えられています。紙は非常に弱いので、プラスチックで保護することで、摩耗や破れを防いでいます。昔の人はプラスチックという素材がないかわりに、障子紙を張り替えることで対応していました。

次の話に移りますが、金物、気密性、水密性などの機能的基準を統制するため、窓は主に工場で製造されています。新しいテクノロジーや材料は、窓の製造業をどのように変えることができると思いますか?

テラーニ 現代の建物を見てみると、建設業界の細分化された分野はどんどん崩壊しはじめていることがわかります。例えば私たちは、もはや壁の材料を窓、防水や断熱とは区別しないことが増えています。より高度な建物のなかには、これらをひとつの集約的な方法に統合しはじめているものもあります。結果、現場外でのシステム全体のプレファブリケーションと、最適化された設置方法が実施されています。

これによって、建築のある部分は、元来製造するためにかかるはずだった特別なコストをかけずにカスタマイゼーションすることが可能になります。しかし実際には、それによって、異なる業界がそれぞれの分野を最適化するために独自に尽力する、という考え方に終止符を打つことになります。

こういった統合的なシステムのアプローチは、テクノロジーがもたらす変化のひとつのあり方であることは確かだと思いますし、いくつかの建物の製造された方法からもそのことを見てとれます。例えば、MITにあるスティーブン・ホール設計の『シモンズ・ホール』や、その通りの向かいにあるフランク・O・ゲーリー設計の『MITレイ&マリア・スタータ・センター』を考えると、両方ともこのプロセスを考慮しながら着想、製造、設置されています。

インタラクティブな環境という観点から考えると、ウェアラブルなテクノロジーやスマートフォンに反応し、帰宅する前に自分の家の空調をプログラムすることができるような環境は、明らかに現実化されはじめています。自分の環境をカスタマイズするアプリをもっているのは、もう珍しいことではありません。

従って、窓をとりまく空間の内部、例えば、午前中あるいは午後に熱の蓄積があるとわかっている箇所にスマートシステムを埋め込み、遠隔操作で家を熱から護るということもそのひとつでしょう。あなたが窓に話しかけ、窓が答えてくれることも、既に起こりつつあるテクノロジーのシフトの一環なのです。

現在のペアガラスは、アルゴンが充填された中間層によって内部と外部が分離されています。ガラスの細胞構成において、それ自体に「気泡」が含まれていたら、さらに断熱性の高いガラスがつくられるのではないでしょうか。また、そのことが一体どれ程このシステムを最適化できることでしょう。NASAが共同開発をおこなったエアロゲルやシリカの混合物などは、その根拠になるものと言えます。

従って、ナノスケールにおいてもガラスは断熱できるという考え方は、 (A) より少ない材料を使う (B) 従来の場合よりもずっと空気を有効に機能させることができる、これら二つの理由から、材料を最適な方法で使えることを意味します。

私の理解では、日本の法律は他の国々の全てのエネルギー効率レベル要件 (あるいは防火規制) にまだ追いついておらず、そういった面でも尽力すべき点があると思います。

能作 産業社会が肥大化することで、科学的な根拠をもつ高度なテクノロジーが、ときには人間の生活を損なわせることがあります将来、高度なテクノロジーがより大きな役割を果たすであろうことを考えると、人間の生活の質を高めるために、建築家は何をすべきでしょうか?

テラーニ 科学と人間性の両方の力を内在化するような方法で、技術的進歩を図ることはできると思います。それらは、一方では私たちの最適化への要求に対応する能力、また他方では、より個人的な欲求や快楽に対する感覚はもちろんのこと、自分たちの文化的なニーズによって仲介された欲求を研究するためのパイプ役としての役割を果たすことができるでしょう。

これらの技術的変化は抽象的なものではありません。それらには目的があり、必要に応じて様々なかたちで我々の生活にかかわってきます。ですから、この相関関係において考えるとき、この対話で語られていることの一部を除けば、科学が必ずしも優勢ではないかもしれませんよ。文化には技術を巧みに操る確固たる方法があると、考えてみませんか?

能作 グローバリゼーションによって我々は遠くにあるものにも手が届くようになり、モノのネットワークはより複雑になりました。高度な技術を備えた管理社会から自分自身を取り戻し、自らの手でより良い生活の質を築いていくために、我々には地元や小規模なネットワークも大切だと考えます。

テラーニ 日本やアメリカのように産業が非常に発展している場所において、特に新しい発明の可能性のある分野では、プロダクトの役割が建築的な可能性を凌駕してしまう傾向があります。

それに対して、発展途上国では大規模な製造業があり、しかし同時に、ニーズに合わせてつくることができる地元の小規模な企業もあります。アメリカでは、手工業へのアクセス、あるいは世界の発展途上にある場所では取り組むことができる思索の領域へのアクセスが欠如しているとよく感じます。

建築家が、もし新しいディテールを発明したいならば、それらはさらに生産的な活躍の場となるでしょう。私からすると、あなたが質問のなかで言及された状況における建築家の力とは、単に抽象的なデザインをする能力というよりも、むしろ施工の手段や方法を主導する能力にかかっていると思います。

日本で該当するかは分かりませんが、アメリカの法律上の構成としては、建築家、建設請負業者、クライアントがいて、建築家は設計主旨については責任を負うものの、製造手順については最終的な決定権をもちません。かわりに、建設請負業者が施工の手段や方法の責任を負います―これによって建築家はディテールを確実に施行する技能から切り離され、建築的思索のおそらく最も力強い領域から疎外されてしまいます。

私の意図がうまく伝わったかどうかわかりませんが、あなたの質問で言及された状況において、このことは最も重要な議論だと私は思っています。

能作 あなたがプロジェクトで用いた最も重要な窓の特徴についてお話しいただけますか? そしてあなたが各プロジェクトで設計をおこなったとき、それらの窓についてどのように考えたのでしょうか? 例えば、『Melbourne School of Design』のトップライトは非常に特徴的だと思います。

  • Melbourne School of Design ©John Horner
  • Melbourne School of Design ©Roland Halbe
  • Melbourne School of Design ©Roland Halbe

テラーニ 窓あるいは開口部が機能する様々な方法を挙げてみると、わかりやすいかもしれません。

窓はゆるぎない「型」、あるいはプロダクトを示唆するのに対して、開口部はもっと抽象的な観念を示唆し、解釈、変換、そして発明の余地があります。設計をする際には、従来どおりの考え方をするべきか、何かコンセプチュアルな考え方が求められているのかを判断するためにも、こういった思考の転換が必要です。

例えば、メルボルンのプロジェクトには、メインホールの上部に広い範囲を占めるトップライトがあります。しかし、我々はガラスと必要な窓枠が空間の性質に与えるインパクトを最小限に抑えたかったのです。なぜでしょうか? それは、主に木でできた構造によって空間を定義するだけでなく、その構造や開口部、そして建物の核となる特徴を決定づけたかったからです。

  • Melbourne School of Design ©Roland Halbe
  • Melbourne School of Design ©Peter Bennetts

水を一方向に流して雨水だめに集めるようにするには、ガラス部分の精度の高いディテールが必要でしたが、前面の格間を強調したことにより、ガラスをなくしてしまったかのように見えます。

また、私たちは姿を消す窓を設計しました。『Sumsung Model Home Gallery』 (2012) の基壇部において、隣接する公園を建物の内部空間まで拡張したかったからです。この窓は標準的な、あるいは規則的なフレームとしては設計されていません。

  • Samsung Model Home Gallery ©John Horner

逆に、南方向における太陽光の増加に連動して密度を上げることができるように幅に変動をもたせた寸法になっており、北側では開放的になっています。つまり窓のマリオンの縦のラインは、場所によって変動するコンセプチュアルなバーコードのような、抽象的な領域になっているのです。

同時に、窓の下部は地盤面のなかに埋め込まれ、存在を消したかのように見えるようにしています。それを強調するため、ロビーの内部には歩道の舗装と同じ花崗岩を使用し、内部と外部が同じランドスケープの延長として見えるようにしています。

  • Samsung Model Home Gallery ©John Horner

これはもちろん新しいディテールではないですし、ミース・ファン・デル・ローエをはじめとする建築家たちが同じことをやっているのを、私たちは見てきました。しかし、窓が内部と外部の繫がりを促すことは、建築をランドスケープの延長とすることにより、具象的、あるいは象徴的な意味でも、建築的なオブジェクトの自律性を乗り越えるための効果的な方法です。

このことは、サントロペにある住宅 (『Dortoir Familial』, 2011) でも取り入れています。そこには長さ20mのガラスウォールがあり、これらのパネルは全て片側にスライドさせることができます。そのことで内部のリビングエリアを外部に延長し、広さを倍増させています。

1年のうち、6ヶ月から8ヶ月間が快適な気温である環境においては、暖かい時期に面積を倍増させることができるとわかっていれば、比較的小さな建築面積で設計することが可能です。こういう状況においては、窓のシステムを見えなくすることができるように設計します。

これに対して、ニューイングランドの家 (『New England House』, 2002) 、あるいはニューハンプシャーの別荘 (『New Hampshire Retreat』, 2014) のプロジェクトのようなケースでは、窓のゾーンは内部と外部を繋げるためだけでなく、双方の領域の間の居場所となる移行的な空間でもあります。

別の言い方をすれば、そのゾーンの厚みを増すことで、窓そのものが部屋になります。プロジェクトのなかには、ポシェ (poché [仏]  建築図面などで黒く塗りつぶされる躯体の部分) のような、空間に接する家具と窓を結びつけようと試みた明確な事例があります。

例えば、ワシントンD.C.の住宅 (『Rock Creek House』, 2015) ではシェーズ・ロングが窓の内側に埋め込まれており、実際に窓のなかで眠るのです。窓を通して見るのではありません。窓のなかで眠り、窓に住まうことができるということは、また違った経験をもたらします。

  • D.C. House ©John Horner
  • D.C. House ©John Horner

能作 私たちはインドでそれととても似たコンセプトの窓を見つけました。その窓はガラスが嵌められているのではなく木のルーバーが設けられていて、ベッドと窓が融合したものです。私たちはそれを「スリーピング・ウィンドウ」と呼んでいます。スタジオ・ムンバイが設計したものです。

テラーニ ええ、とても美しくて素晴らしいですね・・・・・・偉大な建築家です。

能作 ぜひNADAAAの窓も研究したいです。

 

ナデール・テラーニ/Nader Tehrani
ナデールテラーニはクーパー・ユニオンのアーウィン・S・チャニン建築学部の学部長。また、デザイン・イノベーション、分野を横断するコラボレーション、そして建設業界との徹底的な対話の推進に取り組む建築事務所、NADAAAの代表。最近の業績として、自身の物質文化への関心を活かして、特にオンライン教育と、新たなテクノロジーが最先端の教育のあり方に影響を与える現代における、学びの空間の活性化に取り組んでいる。これらの業績には、ジョージア工科大学のヒンマン研究棟 ("Hinman Research Building", 2015) 、メルボルン大学のデザイン学科棟 ("Melbourne School of Design", 2014) 、そしてトロント大学のダニエルズ・建築・ランドスケープ・デザイン学科棟 ("Daniels Faculty of Architecture, Landscape, and Design", 進行中) の3つのデザインスクールが含まれる。
http://www.nadaaa.com/

能作文徳/Fuminori Nousaku
1982年、富山県生まれ。2005年、東京工業大学建築学科卒。2007年、東京工業大学大学院建築学専攻修士課程修了。2008年よりNjiric+Arhitektiに勤務。2010年、能作文徳建築設計事務所設立。2012年、東京工業大学大学院建築学専攻博士課程修了。2012年より東京工業大学大学院建築学専攻助教。
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