CULTURE

建築、写真、アートなど、"窓"をめぐるコラムやレポート

July 19, 2017

第13回 タシュクルガン「天窓の記憶」(後編)

翌朝、予定通りダンディの家に行くと、彼と同い年くらいのもう一人の男が合流した。タバコを一本吸い終え、3人で家を出る。

到着したのはダンディの家と同じような石造りで黄土色の泥を塗った家であった。そこには様々に着飾った老若男女がおり、なにやら祭りでもはじまりそうな雰囲気であった。

  • 右が訪れた家の外観。左はコンクリート造の家だが、色や文様は共通している
June 28, 2017

第12回 タシュクルガン「天窓の記憶」(中編)

フロントガラスにひびのあるダンディの車に7分ほど乗って着いたのは、先ほどまでの菜の花畑の広がる集落とは全くちがう湿地帯であった。なめらかでモコモコとした草原のなかを川が流れている。

一部は景勝地として観光客に開かれているようで、その日は観光客らしい人影を見なかったが、さながら日本の「尾瀬ハイキングコース」で見かけるような通路や休憩スペースなどがつくられていた。ダンディの背中について、湿地帯の奥の方へ歩いてゆく。

  • モコモコとした湿地帯をゆく
April 19, 2017

第10回 トルファン「海より低い砂漠」(後編)

ぶどう干し小屋から教えられたトルファンにおける建築のつくりかたのエッセンスは、レンガとポプラと少しの枝葉で影をつくり、風を通すことだった。

トルファンでは、7軒のウイグル人の家を訪問した。以下がそのうち6軒と、前回のぶどう干し小屋群の位置をプロットした図である。格子状の広い道が広がる中心部には漢民族が多いらしく、その周りの緑が多いところにウイグル集落は位置している。

  • 訪問した家のプロット(Google Earthの航空写真に筆者プロット)
March 22, 2017

第9回 トルファン「海より低い砂漠」(中編)

集落の外れの丘に発見したぶどう干し小屋群は、実はトルファンに到着した日の早朝、10時間ほどの電車移動に疲れたままバスで宿の近くに向かう時に見たものだった。朝日に照らされた丘の上に、同じ方向を向いて立つ穴ぼこだらけの建物群は、寝ぼけまなこの僕を引きつけた。

ウイグル集落を抜けて、小屋群の待つはげた丘に向かう。斜面の上に整然と並ぶそれらの多くが、日干しレンガでできている。足元に広がる丘と同じ色だ。水と太陽によって、丘が小屋に変形したのである。一部、焼成レンガを使うものもあり、基礎だけを残している跡も見つかった。

  • ぶどう干し小屋群。水と太陽による、丘の変形
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January 26, 2017

第7回 張村「地下の都合」(後編)

100歳の古老のヤオトンを訪問して、なんだか奇妙な部分のあることに気がついた。ヤオトンの部屋の入り口は、通常は先の少し尖ったアーチ型をしている。しかし、よく見ると、穴の隅のほうでは綺麗なアーチが成り立っていない。

  • 100歳の古老のヤオトン。隅のほうで、アーチの半分が埋もれている
January 5, 2017

第6回 張村「地下の都合」(中編)

やはり、村を見るにはまず老人に出会うことだ。これまでの旅で培ってきた自分流の方法論を組み立てながら、木々の緑が美しく映える黄土色の大地の中を歩いた。そして、頭にハンカチを乗せて木かげで休む婆さんに出会った。

この人はヤオトンに住んでいるのだろうか。とりあえず、スケッチを見せて興味を伝える。もちろん、言葉は少しだけしか伝わらない。

何分か経って、どうにかこちらの意図は伝わったようである。すぐそこに婆さんが今も暮らしているヤオトンがあった。地下へは、中庭の四角い穴とは別の、少し離れた場所につくられた小さな穴から入るようになっていた。膝が悪い婆さんは、杖をつきながらゆっくりと僕を案内してくれた。

  • ヤオトンへのアプローチ
November 8, 2016

第4回 烏鎮・「景区」外の家 (後編)

「あなたの家」「あなたの家」と繰り返しながら、景区外の町を爺さんと40分ほど歩いたと思う。その間に何やら新しい大きな建物の建設現場を見たり、舗装されていない細い道を歩いたりと、観光地とは違った生活のシーンをたくさん見た。ついに爺さんの家らしい場所にたどり着いた(あとで気付いたことだが、僕は「あなたの家」という単語さえ間違えていた)。
その家は平屋で、レンガを積んだ壁を白く塗った閉鎖的な家であった。屋根の瓦は景区で見た古い建物と似たようなもので、よく見るとレンガの積み方も似ている。景区外といってもそこに共通点はあるように思えた。ここも一気に建てられたのだろう、周辺にも同じような家が並んでいる。

  • 案内された爺さんの家の正面
September 21, 2016

第2回 上海・窓から生える鉄の棒 (後編)

見るものが決まると、足取りは一気に軽くなる。鉄の棒を探す旅のはじまりである。といっても、10歩も歩けばすぐに見つかる。さっそく、当然のように無数の鉄の棒が生えている集合住宅を発見した。鉄の棒の下には何台か車が停まっているが、落ちてきたりしないのだろうか、少し不安になる。

  • 無数の鉄の棒の下には、車が停まっていた
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September 6, 2016

第一回 トーベ・ヤンソンの窓

写真家ホンマタカシが自身の写真とテキストで切り取る、気になる窓。連載第一回目は、作家・トーベ・ヤンソンへのオマージュとしてささげられた最新の写真集 『A song for windows』から、写真集未収録作品を含む5枚の写真とスケッチをお届けします。

舞台の小屋は、ムーミンで有名なトーベ・ヤンソンが、毎夏20年以上を過ごした、フィンランドの群島にある小さな島にあります。島は、グルリと周囲を歩いて7分くらいの無人島で、小屋のサイズは幅4メートル×奥行き5.45メートル、高さ2.2メートル。

June 28, 2016

第3回 アラブ世界研究所

ひとりの建築家が彗星のごとくこの世に現れ、人々を驚かせることがある。今回取りあげる建築、「アラブ世界研究所」もまた、フランス人建築家、ジャン・ヌーヴェルの存在を世界に知らしめた、初期の代表作である。国際コンペを勝ち抜いたヌーヴェルの提案は、あらゆる人々の度肝を抜かせたことだろう。前回取りあげたル・コルビュジエが窓を横長にぶち抜いてみせたのに対して、ヌーヴェルは建物の正面全身に、不思議な採光窓を纏わせた。意味と敬意と、美しさをもって。

  • photo: James Mitchell
June 13, 2016

第3回 華やいだ通りの情景

パリの街を散歩するのは楽しい。異なる時代に異なる理由で生まれた道が交錯し、通りを行けば幅の違う道に様々な時代の建物やカフェやショップを発見することができる。通りにはショーウィンドウが連続していて季節によって様々な華やかさ賑やかさ楽しさがある。通りから一歩人通りの少ない路地へ入り込むと、陽の光は弱まって通りにあった喧騒は遠く離れていく。通り抜けに使ったパサージュは美しく、またそこも季節によって彩られている。中心部を少し離れると、変化に富んだ道が現れ始める。かつてパリの外側の村だった時代の名残である。坂を登り切った場所から今来たパリの街を一望することができる。

  • Passage Jouffroy のショーウィンドウ
June 9, 2016

第2回 サヴォワ邸 (フランス・パリ)

建築の革命とは様式の変遷と思われがちだが、実はすべてを材料が決めてきた。木や石といった天然素材から、鉄やガラス、コンクリートといった工業製品へ。ヨーロッパに産業革命の波が訪れると、建物の様相もガラリと変わった。それまでの伝統的な、重厚でデコラティヴな建築から、人が暮らす機能のために合理的に、最小限にまで装飾をそぎ落とした、全く新しい建築、モダニズムの時代へ。その建築の姿は、当時を生きる人々は誰も、見たことすらなかった代物であったに違いない。建築の工業製品化は、見た目をガラリと変えただけでなく、富める者のみならずあまねく全ての人々に、美しく快適な建物が行き渡る時代の幕開けでもあった。この輝かしい20世紀の到来を建築界で高らかに宣言した人物こそ、近代建築のゴッドファーザー、ル・コルビュジエであった。

しかし産業革命以後の素材を用いた建築を設計していたのはコルビュジエだけではないし、実際コルビュジエ自身、鉄筋コンクリートの建築をいち早く手がけた建築家、オーギュスト・ペレの事務所に学んでいる。なぜコルビュジエだけが、そんなにすごいのか。その理由のひとつは、単に新たな素材で美しい建築物を作っただけではなく、自身の建築理念こそが、これからの全人類が暮らすものであることを予言し、それを多くの人々に知らせるべく運動を起こし、簡潔にまとめ上げ、スタンダードを自ら編み上げたことにある。つまり革命だけでなく、新たな時代の普遍という、とてつもなく広大な風呂敷を、世界に対して明快に広げてみせたのだ。

May 23, 2016

第1回 パンテオン

驚異のドームに、一筋の光 パンテオン(イタリア・ローマ)

建物には、いくつかの穴が開いている。そのうち私たちが日常生活の中で触れている穴が、ふたつある。ひとつは「誰か」が出入りするための穴、出入り口。ひとつは「何か」が出入りするための穴、窓。

March 8, 2016

第2回 奥行きがもたらす生活の深み

朝の空気が冷たくパリッとするようになり、サマータイムの終了がいよいよ秋の終わりを告げ、長い冬の訪れを知らせてくれた。ヨーロッパ各国で実施されているこのサマータイムという制度は、3月末から7ヶ月の間、標準時間を1時間進めるというもので、その起源は20世紀初めの英国人建築業者ウィリアム・ウィレットの提言に遡る。彼はある夏の朝、とっくに太陽が昇っているにもかかわらず、街の人々が家の鎧戸を閉めたまま眠っている状況を見て、せっかくの日光が浪費されているように感じたという。やがてウィレットは“The Waste of Daylight”と題したパンフレットを刊行し、標準時間の調整によって日照時間を有効活用することの意義を説いた。実際に制度として導入されたのはその十数年後の1916年のことであった。
第一次世界大戦が始まると資源の節約が英国政府の切実な関心事となり、石炭の消費量の抑制を目的として日光の活用が採用されたのだ。

  • ハイドパークもすっかり秋模様。夏には日光浴を楽しむ人々で賑わっている。
December 21, 2015

第2回 恐怖と歓楽、そして劇場として

パリの街は20の行政区に分けられている。1区はルーブル美術館があるあたりの地区で地図上でもパリのほぼ真ん中に位置する。その地区から外に広がるように時計周りに螺旋を描いて番号がつけられ、最後の20の番号はパリの東部に位置する。その最後の20区内、ベルヴィル地区にある大学で私はパリでの建築活動を始めた。モンマルトルに次ぐ小高い丘の上にあるこの地区は、現在移民街となっている。学生が集う安く飲めるバーの他に多くの中国系や北アフリカ系の人々が営む店舗があり、あるいは東欧系の人々が多く生活していて、昼夜パリの中心部とはまた違う賑わいとにおいを感じることができる。ベルヴィル通りの坂を登っていけばパリの街を見晴らせるベルヴィル公園がある。ここの公園からのパリの眺めが美しいことから、「美しい街」という意味のベルヴィル(Belleville)がこの地区の名前になったと言われている。

  • パリの行政区
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October 5, 2015

記憶を切り取る象徴 あるいは表象の出入口

エアコンから吐き出される空調の音が大きくなり小さくなり、掛け時計の秒針は大げさに鳴り響くように一秒一秒を真っ当に刻む。窓からは茶色がかった山々の稜線と、出所も知れないどこからか漂う煙突の煙が流れているのが見える。視線を部屋に戻し、もう一度窓の外に目を向けたとき、その煙は跡形もなかった。

彼女は、いつだって唐突だ。ある日突然に彼女のソーシャルメディアから、この世の美しさを正しく凝縮したような景色がポストされる。そして私はまた、彼女が創作の旅に出たことを知る。

“窓”。この旅で写されたそのどれもがペーソスにあふれて見えるのは、冬だったからかもしれないし、風邪をひいていたからかもしれないし、もう私が彼女の側にはいないからかもしれない。

これは、彼女と巡った雪の残る東北での記録であり、その前後を彩った旅先での思い出と、共に過ごした10年と少しの軌跡だ。

September 17, 2015

第1回 煉瓦色のシークエンスを辿って

意外に感じるかもしれないが、ロンドンという都市の良いところは“乱雑”さにあると思う。実はロンドンでは、街のいたるところで異なる時代背景をもつ要素が、互いの領域をオーバーラップさせながら共存している。例えば、個々の建物のスケールで見てみれば、その多くが度重なる改築や増築によって更新されていて、新旧の境界を見極めるのは難しいことがわかる。また、街区の構成を取ってみても、歴史的に都市全体のプランニングが実施されることがなかったこの街には、グリッドや幾何学的な軸といった基本的ロジックは存在せず、それぞれの場所をつなぎ合わせるように有機的な街路のネットワークが広がっている。

人間のスケールを超えた高層ビルが建つシティ・オブ・ロンドンの金融街を歩いていても、街路自体は18世紀ジョージアン時代の曲がりくねった構成のままで、不思議なミスマッチ感を覚える。この街のイメージは、曖昧な境界を持つ個々の要素の無造作な連続体、つまりシークエンスとして形成されているように感じる。ロンドンが「村の集合体」としばしば言われるのにも納得がいく。

  • 新旧が共存するロンドンの街並み
September 17, 2015

第1回 フランス窓 ─パリの呼吸と眼─

私がパリで生活を始めて6年が経った。自身の日々の生活が常に変化する中で、パリの街並みは変わることなくそこにあり続ける。通りやセーヌ川の向こう岸に見える小さな窓が並ぶ壁の風景は、私がここにくるずっと前から変わることなく、また室内から窓越しに見える通りの往来は非日常のような賑わいを感じさせるが、それはパリの営みの中で何度も繰り返されている。

窓はパリという都市の歴史や文化の中で、建物の一要素でありながら決して小さくはない役割を持ち、一つの象徴として存在してきたことに疑いはない。一方でパリの生活の中で窓の周りで起きていることのほとんどは、日常的なことであるかあるいは日常の中のほんの些細な変化にすぎないのも事実である。

パリの窓とは? 今現在その本質を率直に答える準備がない。その答えが本当にあるかもわからない。ひとまず、立ち止まってしまいそうなこの問いを前に進めるべく、様々な「パリの窓」の断面を一つずつ切り開いていこうと思う。パリの窓の浮上を期待し、それへの接近を目指して。

June 30, 2015

第3回 チロエ島 カモメが舞う場所

今回はチリ本土とは異なる文化を有するチロエ島 (Isla de Chiloé) について書こうと思う。チロエ島はサンチアゴから南に1,100kmほど南に位置し、面積8,400k㎡は日本の四国の半分の大きさにあたる。島内の人口は約10万人で、そのうち4万人が島の中心の街カストロに住んでいる。古くから木造文化が発達しており、特に島内の町々に点在する木造教会群は「チロエの教会群」として世界遺産にも登録され、その数は全部で159棟に及ぶ(そのうち世界遺産に登録されているのは16棟)。

April 1, 2015

第2回 窓の本棚

「窓の本棚」プロジェクト第2回。私たち窓研究所は建築事務所o+hに、小さな書店やギャラリーなどで、本の全国巡回展を開催するための什器の制作をお願いしました。作品のコンセプトは、“小さな建築のような本棚”です。今回は、大西麻貴さん、百田有希さんからの提案内容を、ご紹介したいと思います。

大西:今日は模型でお見せします。まだ途中ではあるのですが、広がっていって空間を作る「屏風 (びょうぶ) 案」と、「建物案」の2つをデザインしています。

March 23, 2015

第2回 バルパライソ ─瞳の奥の楽園─

2回目の今回は、チリ第2の都市バルパライソにおける開口部のあり方について考察してみようと思う。まずはこのバルパライソという街について簡単に説明する必要がある。"Valparaís=バルパライソ" はスペイン語の "valle=谷" と "paraiso=天国" が合体した言葉で、つまり直訳すると「天国の谷」という事になる。

チリの細長い国土の沿岸中央付近に位置し、内陸の首都サンチアゴから車で2時間弱。約200年前からゴールドラッシュに沸くアメリカ西部とヨーロッパをつなぐ寄港地として重要な位置を占め、街は大いに繁栄した。しかし1914年のパナマ運河開通と共に港としての権威は徐々に失墜し、今ではかつての栄華も100年にわたる太平洋の潮風によって色褪せてしまった。

March 18, 2015

窓の彩りを考える

テキスタイルコーディネーター/デザイナーの安東陽子さんは、ベテランから若手まで多くの建築家が手がけた作品において、窓まわりのテキスタイル演出を担当。窓に彩りを加えると、空間がより表情豊かになります。安東さんのこれまでの作品の一部を振り返り、窓の彩りについて考えてみましょう──

  • 「SUS福島工場社員寮」2005年 (株式会社布 在職中作品)
    設計:伊東豊雄建築設計事務所、 写真:阿野太一
March 9, 2015

庭園美術館の窓

Sumally (サマリー) 』とは、“Want(欲しい)”、“Have(持っている)”の2つでモノを分類していく「この世界に存在するすべてのモノの"百科事典"」をコンセプトに誕生した、ソーシャルネットワーキングサービスだ。そのSumallyの立ち上げ人でCEOの山本憲資氏は、ファッションカルチャー誌で編集者として活躍した経歴を持つ。現在でもトレンドカルチャーを体感することは欠かさない山本氏が、2014年11月にリニューアルオープンした東京都庭園美術館に足を運んだ。アール・デコ様式の建築が生み出す、窓と光の関係についての考察──

December 17, 2014

第1回 窓の本棚

建築家の大西麻貴さん、百田有希さん夫婦の若き建築事務所o+hに、「本棚」の制作を依頼。そこからスタートしたプロジェクト。作品完成までを追う、連載コンテンツの第1回目です。

 

“小さな建築のような本棚”をつくってください…!

私たち窓研究所は、「窓は文明であり、文化である。」の思想のもと、窓に特化した研究活動“窓学”を2007年より開始。その研究成果として、これまでに国内で5冊、海外で3冊の書籍を出版いたしました。

しかし、これらの書籍が書店で並ぶ「建築」コーナーは、一般的には“理系の専門書籍が並ぶエリア”。アカデミックな印象が強いため、多くの人に手にとってもらいたいと願う私たちにとって、そのハードルはひとつの課題でした。

こどもから大人までが手に取りたくなる、きっかけづくりが必要。その、プロジェクトをカタチにするパートナーとして、最も適した人は誰なのか。私たちが考え制作を依頼したのが、大西麻貴さん、百田有希さんの建築事務所、o+hでした。

  • 二重螺旋の家(2011)
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December 11, 2014

衣食住の窓

マガジンハウスのクオリティライフ誌『& Premium』エグゼクティブディレクターで、編集者の柴田隆寛氏。著書『TOOLS』、『リサ・ラーソン作品集』や、ウェブマガジン『LIFECYCLING』『ONE DAY -犬と僕たちの生活』のディレクションなど、これまでに数々のライフスタイルの提案をおこなってきた柴田氏が感じた、「衣食住の窓」とは──

December 5, 2014

第1回 アンデス山脈水平事情

この窓に関するコラムをどう展開していくべきか、少し戸惑っている。というのも柱、床、階段、屋根などなど数ある建築を構成する要素の中で、僕はこれまであまり「窓」というものについて注意を払ってこなかった。なので、ありたいていの手法かもしれないが、まずは言葉の起源から探ってみることにする。

僕が今暮らしているチリは公用語はスペイン語。スペイン語で窓は「Ventana=ヴェンタナ」。これはラテン語の「Ventus(風)」から来ているとされている。それに付随したスペイン語の単語だとViento(風)、Ventilacion(換気)なども挙げられる。なので、やはりスペインでは窓は風や空気にまつわる言葉なのだ。とりわけ、アラビアの影響を強く受けた歴史深いスペイン南西部アンダルシア地方の強烈な日差しと、砂埃の舞う強風が吹く痩せた土地においては。この辺りは、ペドロ・アルモドバルの映画 "Volver" などを見ると、その窓の語源についても、イメージが喚起される。

しかし幾ら語源を探求してみたところで、ラテンアメリカ諸国の多くは既にオリジナルの言語を放棄し、16世紀の大航海時代に押し寄せた外来のスペイン語に上書きされてしまった。ここ500年ほどの文化的歴史を紐解いてみても、あまり深みのある含蓄は得られそうにない。だから、もっと自分がこのチリと言う国で暮らしてみて、旅してみて感じたことからこのコラムを積み立てていこうと思う。つまり、3年弱この国で過ごして窓について感じたこと。それは窓のごく基本的な作用のひとつ、風景を切り取るということへの執念だ。

  • 圓通寺、京都、1678年
November 25, 2014

猫とファッションと窓

猫とクリエイターをテーマにしたウェブマガジン『ilove.cat』を主宰、また、東京スタイルを提案し、いまやファッション業界を代表する媒体のひとつとなったウェブマガジン『honeyee.com』、『.fatale』などでフリーランス編集者としても活躍する、服部円さん。愛猫のスカイ、そして自身も現地に取材へと出向いた2015S/Sパリコレクションを通した、猫とファッションの“窓”の風景について──

July 15, 2014

堀江敏幸『戸惑う窓』

窓の前に立ったとき、ふと浮かんだ感情から内なる宇宙にとびたつエッセイ集。

筆者は初めの章でこう述べます。『窓とはいったいなんだろうか? (中略) 窓について考えるたびに私は戸惑う。それどころか、とまどう、という音のなかに「まど」の響きを聞いてしまうのだ。』一瞬、こんなにも窓について考えた人がいるのかと驚きますが、窓の前に立ったときに感じる様々な気持ちを振り返れば、私たちも筆者の戸惑いに共感できるのではないでしょうか。

筆者はこの戸惑いに対して、『主導権は窓に渡しておけばいいのである。』と言い、窓を意識した文学作品、絵画、写真、映画、詩歌、科学の知識まで、次々と思い浮かべながら、宇宙空間とも言える無限の思考をただよっていきます。万葉集、サン=テグジュペリとレオン・ウォルト、ヒッチコックの映画「裏窓」、マチスの絵画、リルケの詩、毛細血管の「有窓性」・・・筆者の幅広い知識を愉しみながら、読者は窓とそこに生じる「何か」を追って行くことができます。

窓とはどんな存在なのか、窓から与えられる不安、期待、さまざまな感情・・・。著者の文章・思考をたどって行くうちに、窓が明るく、みずみずしく見えたり、不気味に見えたり、まるで白昼夢を見ているような気持ちになります。

装丁家・間村俊一による美しい装丁、読む者を夢想へいざなうページの余白も素晴らしく、何度も窓の前に立ちながら、ゆっくりと読みたい一冊です。

 

『戸惑う窓』
著者|堀江敏幸
出版|中央公論新社
出版年|2014年
定価|2,200円+税

November 18, 2013

ベルンハルト M. シュミッド 『世界の窓』

写真家である著者が、世界中を訪れ180の窓を写真に収録した「世界の窓」。この一冊でヨーロッパ、アジア、アメリカなどあらゆる国の窓を巡る世界旅行が楽しめます。

収録してある窓の写真は、すべて外観、正面から撮影されており、人の姿はありません。180もの「窓の立面写真」は、まるで世界の窓を採集したカタログのようです。鮮やかな赤や青色の窓枠、通風とプライバシーを両立する木製の格子、細かい桟にはめ込まれたガラス等、個性豊かな窓がページをめくる度にあらわれ、各地固有の窓の素材や形式が、明快に比較できるようになっています。

同時に、著者が切り取った窓の写真には様々なしつらえがあらわれています。室内にかけられたレースのカーテン、窓辺を彩る花々やまわりを囲う蔦、子供がいるとわかる小さな洗濯物等が、窓を生活の一部として大切に扱う住人の姿を想像させてくれます。著者が切り取った窓辺の写真からは、街の顔としての側面と、家族の大切な所要物としての側面、2つの窓の性格が示されています。

本の最後には各写真の撮影地がすべて掲載されています。「世界の窓」を片手に、お気に入りの窓がある街を訪ねてみると、新たな発見があるかもしれません。

 

『世界の窓』
著者|ベルンハルトM.シュミッド
出版|ピエ・ブックス
出版年|2006年
定価|1,800円+税

September 16, 2013

qp、 柴崎友香、 中山英之 『窓の観察』

アーティスト、小説家、建築家、三者三様の窓の創作がおさめられた本書は、長島明夫が編集発行人をつとめる建築雑誌『建築と日常』の別冊として2012年に発行されました。

アーティストのqpは、写真という手法で、どこにでもあるような住宅の「窓」を室外から観察し、 日常を坦々と羅列することで作品を作り上げています。

小説家の柴崎友香は、室内や室外からみた日常の「窓」を小説空間の中で主人公に視覚的に記述させていきます。

また、建築家の中山英之は、世界を内と外に明確に隔ててきた建築に新しい「窓」を挿入することで、その二つをイコールにする試みを自作からポエティックに例示しています。

室外からみた窓、室内外からみた窓、内外のない窓といったそれぞれの視点の土台となるフォーマットには私たちの「日常」が選ばれています。

2011年3月11日以降、当たり前にある「日常」というものが当たり前ではなかったことに気付き、この世界に対する畏怖や疑念が強まった人は私も含め非常に多いと思います。

今和次郎の考現学や、赤瀬川原平の超芸術トマソンの文脈を引き継ぎながらも、想定できない今ここにある日常とどのように対峙するのかという命題に対して、2012年に出版された本書は、当たり前にあった日常を「窓」を通して観察することで日常をとりもどす、言い換えれば

 

『窓の観察』 (『建築と日常』別冊)
著者|qp、柴崎友香、中山英之
編集発行者|長島明夫
出版年|2012年
定価|900円+税

July 8, 2013

中野正貴『東京窓景 TOKYO WINDOWS』

東京の風景を“窓”越しに捉えたこの写真集は、さまざまな東京の“窓辺”へと私たちを誘い、その部屋の住人だけが目にしている東京の日常風景を見せてくれます。いわば、住人それぞれが持っている「個人的な東京」を“窓辺”ごと、切り取って集めた1冊です。

“窓”の向こうにあるのは、私たちがパソコンやTV画面を通して何度となく目にしている、あるいは通行人として実際に紛れたことのある、よく見慣れた東京の姿です。しかし、“窓”の内外を合わせて目にする東京の姿には多くの発見があり、とても新鮮に映ります。例えば、私たちが意識している風景と、見えていても見過ごしている風景との対比。目まぐるしく変化し続ける都市の時間軸と、そこに暮らす個人の時間軸との対比。“窓辺”にあふれる住人それぞれの個性の対比もあります。

ところで、この写真集に収められた東京の風景が、どこかよそよそしく、私たちに不安な感情をも呼び起こすのはなぜでしょう。とある部屋の住人になり代わって“窓”を眺める私たちの目には、東京に暮らす無数の人々の存在が、都市のエネルギーとなって感じられます。その存在は、まぎれもなく私たちの生活の一部となっているのですが、“窓”を隔てた別世界の住人模様として眺めることも可能なので、フィクションのように感じます。実際に私たちは、“窓”の内外を行き来しながら、確かな自分とおぼろげな自分とを演じ分けているのかもしれません。

作者は巻末でこう述べています。「人々はパソコンや携帯電話の画面の中の仮想現実の風景に、より親近感を覚え始めた。内側へ内側へと侵食する腐食物は、人々の現実味を鈍麻させる。虚構から虚構を創り出すその根拠のない連鎖反応は、人々をニヒリズムへと導く。いつの頃からか我々東京人は、混沌とした都市全体を正視することを拒否した。」

“窓”は本来、私たちと現実の都市とをつなぐものでもあります。しかし、この写真集には“窓”に隔てられた「2つの東京」の姿があります。現実味ある内側の東京と、仮想現実化して見えだした外側の東京。“窓”越しに2つを重ね合わせ、「1つになった東京」の姿を想像することが、都市に生きる私たちにとって必要なのでしょう。さあ、あなたの住む“窓辺”は、あなたの街とどのようにつながって見えますか?

 

『東京窓景 TOKYO WINDOWS』
著者|中野正貴
出版|河出書房新社
出版年|2004年
定価|2,900円+税

May 24, 2013

浜本隆志『「窓」の思想史 日本とヨーロッパの建築表象論』

“窓”を切り口に建築から風景・風俗・政治支配にまで及ぶ思想史を探求する一冊。産業史、技術史の具体的な内容をふんだんに盛り込みながら、その根底にある思想をわかりやすく解説してくれます。

主題は日本とヨーロッパの思想の根底にある水平志向と垂直志向。近代建築の高層化、“窓の増殖”化は、かの有名な『バベルの塔』と同じ垂直志向ではないか―というスタートから、“窓”の思想史の旅に惹きこまれます。その相対する志向は、窓の形状、開閉、操作部品、さらにはノコギリや、お寺や教会の鐘まで脈々と流れているのです。読み進めれば、きっと自分のバックグラウンドの水平または垂直志向に思い当たることでしょう。 後半では、多文化が混在する現代で、文化の共生への水平志向の可能性が示されます。進歩主義により“垂直”に“積み上げて”きた文明が果たして“未開の生活”より優れているのか。ここで紹介される文化人類学者レヴィ=ストロースの言葉「文化そのものには優劣はない」 (なんとも刺激的なおことば!) 。垂直志向から水平志向へ―という提言には、希望があふれています。

読み終わった後には、私たちのそばには確かに“窓”があり、なにか大切な思想を表しているのではないかと思い至らせてくれる一冊です。これを読めば、何気なくみた“窓”からいつでも壮大な思想へのトリップが楽しめるようになるでしょう。

 

『「窓」の思想史 日本とヨーロッパの建築表象論』
著者|浜本隆志
出版|筑摩書房
出版年|2011年
定価|1,600円+税